055.会撃

 カスミっ!?


 「これは……少し驚きましたね……」


 ルウラも驚きを口にしてカスミを振り払うように鉄扇を振るうとカスミはあっさりと後退して躱した。


 ルウラのシャツに血が滲み出て滴り落ちる。人間と同じ赤い血の色だった。


 それよりも気になるのはカスミだ。流石にクレアとエンコの二人の得意魔法で挟撃されて平気ではいられなかっただろう。正直言って絶体絶命の危機だったところを助けてもらったのだが、流石に出来すぎじゃないだろうか?タイミングにしてもまるでずっと見ていたかのような劇的な間だった。


 そんなふうに考えていると、ルウラから離れたカスミがそのままこちらまで退いてきた。



「ま、ずっと見てたからね」 



 つっこみどころが多すぎて困る。


 当然のように心の声に答えることはさておいたとしても、ずっと見てただって?そんなはずはない。カスミの傷口は間違いなく致命傷だった。仮に九死に一生を得ていたとしても、そう簡単に動ける状態じゃなかったはずだ。


 まさかハルが神がかった回復魔法を使ったとか?


 そう思って、ハルがカスミを手当てしていた方を向くと、そこには変わらずにカスミを治療し続けるハルの姿を捉えてぎょっとした。


 ハルの方を指差しながら横にいるカスミの方に顔を戻して、何か喋ろう口を動かすも驚きすぎて上手く声が出ない。


「あぁ、あれ?あたしの分身ドッペルちゃん」


 いや、そんなかわいい感じで言われても。


 しかし、転生前のクールジャパンで鍛えられた想像力をもってすれば理解は難しくなかった。つまりはあれだ。いわゆる影分身だ。予想だがかなりレアなスキルではないだろうか。さしづめ奥の手と言ったところだろうか。


 それにしてもますます忍者じみてきてるな。そのうちカスミ連弾とか喰らいそう。


「ま、あまりスキルを知られたくはなかったけど、ソウも助けられたし、相手に一撃いれたし、見合ったリターンはあったかな?」


「ああ、助かった」


「惚れたでしょ?」

 

「ああ」


「えっ?!」


 間髪入れずに返事をすると予想外の反応だったのか、逆にカスミが驚いた声を上げた。いつもからかわれる意趣返しのつもりだったが、…まあ全くの嘘というわけでもない。かといって、結婚だの付き合ってどうこうだの、というつもりもない。忘れているかもしれないので再度言っておくが、こう見えても中身はいい年したおっさんなのである。


 カスミが訝しそうな視線を向けてくる。言葉の真偽を確かめようとしているのだろうか。


「……まあいいわ。じゃ、後は任せたわよ?」


 しかしそれ以上追求することはなく、突然カスミがその場でくずれ落ちそうになったので手を伸ばして慌てて支えた。


「――っ!この傷」


 よく見るとカスミの腹部からも血が滲んでいた。ちょうどカスミの分身が剣を受けたのと同じような位置だ。


「ああ、…これね。分身ドッペルちゃんと完全に別の存在ってわけでもないのよね」


 慌てて回復魔法をかけようとするがカスミに遮られる。


「大丈夫。ミハルの魔法がこっちにも効いてるから死にはしないわ。それよりも向こうに全力を注ぎなさい」


 カスミはそう言ってルウラの方を向いた。

 

「…わかった。待ってろ。すぐに終わらせる」

 

  カスミをゆっくりと地面に横たわらせるとルウラの方を見据えた。カスミの攻撃が深かったのか再びエンコやクレアを操る様子はないが、まだルウラの横にはガライがいた。


「……ムクヒメ、いけるな?」


『もちろんじゃ』


 頼もしい返事が返ってきた。


 もう小細工はなしだ。


 多少躱されても関係がないぐらい周囲を巻き込んだ一撃をお見舞いしてやる。


「……最大出力!」


『うむ!』


 右腕に魔力を集中するイメージを強めると右腕に光が集まり始めた。これまでにないほど一際明るい光で密度の高い魔力だった。同時に強く地を蹴ってルウラの方へ駆け出す。


 対するルウラも逃げる様子はなく鉄扇を片手に迎撃体勢をとった。



 接触まで七秒、六秒、五秒…。



 接近してもうすぐ間合いに入るといったところでルウラの一歩前に出たのはガライだった。さきほどと同じように剣に光を帯びさせている。


「上等だ!二人まとめてブッ飛ばす!」


 速度を緩めることなくそのまま間合いに入り、異常なほどに高まった魔力を帯びた鉤爪をもってして大きく振り下ろした。


 同時にガライもそれに合わせて剣を振るう。



「サンダーウェーブ!」


「アースディザスター!!」



 互いの掛け声と同時に辺りが光で包み込まれた。


 そして一瞬遅れて爆音とともに激しい衝撃が周囲に広がった。


 大地が割れ、砂煙が舞い上がって周囲を覆い尽くす。



 カスミが腹部を押さえながら上半身を起こして成り行きを窺った。


 徐々に立ち込めた砂煙がはれていくと、そこには二つの影が見えた。



「……勝負あったわね」



 そこには地面に横たわるガライ、鉄扇ごと左腕を切り落とされながらその場に立ちつくすルウラ、そして大地をしっかりと踏みしめてそびえ立つ見慣れた背中があった。



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