049.悲鳴
「ちっ、エルフのメスガキか」
ミハルを狙った攻撃は結果的に失敗に終わり、ガライは舌打ちした。人間至上主義では獣人ほどではないがエルフという種族も例外ではなく蔑視の対象だ。
「まあいい。標的が増えただけだ」
それにしても使えない同志たちだ。いくらガリオンの手練たちが集まっているとは言え不甲斐ない。クレストを占領したところで先が思いやられる。
――なら、私が使ってやろうか?
「?!」
姿は見えず、どこからか声だけが聞こえたのだった。
「リリア……ありがとう」
事態を飲み込めたミハルはリリアに礼を言う。
「どういたしまして。ふふっ、ソーシさんにもそう素直に言えるといいですね」
わずかな呟きのつもりだったが聞こえていたのだろうか。リリアがバッチリとウインクを決めた。美形のエルフがやると様になる仕草だ。
カスミとエンコも一旦ミハルのもとに集まってきていた。
「大丈夫か?!」
エンコはミハルに外傷が無いことを確認する。
「…無事みたいだな。助かったぜ、リリア」
「はい。まだ状況はわかっていませんが、少なくともガライ隊…いいえ、ガライはガリオンの味方はなかったのですね」
「ああ、やつはクレストの手のものだ」
「クレストの……なるほどそうでしたか…。世界は人同士で争っている場合ではないというのに」
「いえ、こんなときだからこそ、ね。今ガリオンには多くの避難民が集まり始めてるわ。この混乱に乗じて街に入りこむのは普段よりも簡単なはずよ。既にクレストからかなりの数が潜入していると見たほうがいいかもしれないわね」
カスミが説明する。もう少し調べる時間があれば……ね。と、最後は心の中で付け加える。
「なるほど……よくも悪くも広く受け入れるガリオンの方針があだになっていたかもしれない、か。しかし、街のことを心配する前に今はガライを何とかする方が先だ」
エンコが頭を切り替えると、ミハル、リリア、カスミが頷いた。
「リリアはそのまま受験者たちを保護しながら、隙があったら魔法でガライを攻撃してくれ。ミハルも同じだ」
リリアとミハルが頷く。
「カスミは前衛で近接戦闘……でいいな?」
この場にいる誰もがカスミのスキルを把握していなかった。これだけの立ち回りをしながら魔法の方が得意ということはないと思いながらも、念のためにエンコが確認した。
「いいわ。……ところで」
カスミが不敵な笑みを浮かべる。
「
そう確認したカスミの雰囲気にリリア、ミハルはおろか、エンコですらうすら寒いものを感じたのだった。
「じゃ、お先」
そう言ってカスミはガライの方に向かっていった。
「ったく、頼もしいこった!」
エンコが続こうとしたときだった。
『ウワァアアア!』
『キャアアア!』
受験者の方から悲鳴が上がった。
何事かと確認すると、戦闘不能になっていたはずの雷鳴隊の隊員達が立ちあがり受験者を襲い出していた。
「そんな?!」
ミハルが声をあげた。カスミの攻撃を受けていてとても動ける状態じゃなかったはずだった。
「ウインドバレット!」
反応が遅れたミハルに代わり、リリアが風の弾丸を飛ばすした。しかし雷鳴隊の一人がそれをいとも簡単に素手で弾き飛ばした。
「なっ!?」
今度はリリアが声をあげた。
「様子がおかしい」
雷鳴隊の隊員には人間らしい意識が感じられなかった。ウインドバレットを弾き飛ばした手は、あらぬ方向に曲がっていたが痛みを訴えることもない。アドレナリンが過剰に出ている、あるいは精神が肉体を凌駕しているといった方が正しいだろうか。さながら
「まるで魔物みたい……」
つい口を出た言葉が真実だったとミハルが気づくのはもう少し先のことだった。
「ちっ、仕方ねぇ。ミハル、リリア、一気に行くぞ!」
エンコは瞬時に判断した。見たところ雷鳴隊は意識があるときよりも打たれ強くなっていて魔法だけでは心もとない。カスミには悪いが何とか持ち堪えてくれることを祈って先に雷鳴隊を片付けるべく受験者の救出に向かったのだった。
一方、カスミは一人でガライと対峙することになっていた。
「まだあんな手があったのね?」
ちらりと後ろを振り返ってカスミが問う。
「ふん、俺の与り知るところではない」
「へぇ…?」
「だが、この機会を逃すほど愚かでもない。すぐに楽にしてやろう。まあ、俺の女になるというのなら話は別だがな?」
「しつこい男は嫌われるよ」
カスミは笑って答えた。
「しつこくなくても嫌いだけど」
ガライも笑みを浮かべた。
「その態度がいつまでもつかな」
そしてガライは剣を構えた。
「……今なら雷鳴隊の対処でこっちは注目を浴びないのよね」
カスミは独り言のように呟きながら再び小太刀を抜いて腰をおとす。
「さて……
カスミとガライは同時に大地を蹴った。
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