047.鈍痛


 時は少しだけ遡る。


「何か、やけに魔物のレベルが高いわね」


 二次試験で魔物の討伐とは聞いていたが、想定したのはCランクの魔物だったはずだ。それが登山を始めて以降、遭遇するのはBランクの魔物ばかりだ。数の上では有利だが受験者たちには少し荷が重い。大丈夫かな、ソウちゃん。


「大丈夫でしょ。少なくともソウはね」


 私の心の声に反応したのはある意味、今一番気になる相手と言ってもよかった。ここ最近のソウちゃんの旅に同行していたカスミだ。そして今はモノクロームの副隊長でもある。ちなみに年はソウちゃんの一つ上らしいけど、呼び捨てでいいと言われている。その代わりと言っては何だが向こうからもフランクな言葉遣いとなっていた。


 というか、私、そんなに分かりやすい顔してたかな。


 そう考えているあいだにカスミは近くに現れたBランクの魔物を易々と葬った。


 魔法で一掃するような派手さこそないものの、彼女の身体能力には目を見張るものがある。対人戦であれば、まず私に勝ち目はないだろう。隊長としてそれでいいのかとも思うが相性の良し悪しはあるので仕方ない。特に闘う状況にはならないはずだ。少なくとも、腕ずくでは。


「調子良さそうね」


 そう言って声をかけてきたのは紅蓮隊のエンコ隊長だった。獣人であり身体能力で言えば私の知る中では最も優れている。


 カスミと比べるとどっちが上だろうか。かなりいい勝負になりそうだ。タイプが違っていて、力はエンコ隊長、速さはカスミ、というところだろうか。興味はあるが知る機会はなさそうだ。とりあえず世間話がてらに懸念点を伝える。


「少し魔物が強すぎないですか?ほとんどBランクですよね。数も多いし…」


「うーん、隊員たちが事前に間引いたはずなんだけどねぇ…」


 どうやらエンコ隊長も原因はわかってないらしい。


「まぁ、いいんじゃないの?余裕みたいだし」


 そう言ってカスミを見やると、カスミもにこやかに返して談笑をはじめる。いや、規格外を基準にされても困るのだけど。一応、隊を率いる長としては。


 まぁ、紅蓮隊の隊員たちが小隊についてるし大事になることはないだろう。おそらくエンコ隊長もそれで安心しているところはある。とりあえずこの山の中腹で受験者たちが無事に辿り着くことを祈ることにしよう。



 主にエンコ隊長とカスミが和気あいあいと会話しながら、気づけば中腹までたどり着いていた。しばらく待ったところで最初の小隊が現れた。


 「ご苦労様」


 そうねぎらって治癒魔法をかけてやると、受験者たちは揃って感動の声を上げた。


『おいっ?!三姫の治癒魔法だぞっ?!』

『なんというご褒美!』

『あぁ、優しく包まれるみたい』

『厳しい視線と温かい施しのギャップ!たまらん!』

『俺もうしばらく風呂に入れないわ』



 いや、お風呂には入って欲しい。




「あれ?ウチの隊員がついてなかったか?」


 そんな出迎えムードのなか、違和感に気づいた。


『…?見てませんが』


「おかしいな…そんなはずは…」


 訝しげに辺りを見回したところで、とある方向から一つの小隊が現れた。


「おや、あれはガライ隊長じゃないか。どうし…?!」


 話しかけようとした途中で気づいた。ガライ隊長の後ろについてきていた雷鳴隊の隊員に自分の隊の一人が担がれてぐったりとしていた。


 雷鳴隊の隊員がゆっくりと地面に下ろしたので駆けていった。


「おい!どうした?!何があった?!」


「……た、隊ちょ……」


 よかった。まだ息はある。耳を近づけてるようにして話を聞く。


「危……逃げっ……」


 そこまで聞き取ったところで、後ろから殺気を感じた。反射的に身を捻ったが、側腹部に鈍い痛みが走った……。


「……ガライ…?」


「フン、さすがに勘は鋭いな」



キャァアアアアアア!



 事態を飲み込めた受験者が叫び声をあげた。


 痛みを堪えて重傷の隊員を脇に抱えると、少し離れたところで様子を見守っていたミハルとカスミの元へと下がった。




「くっ……!」


「エンコ隊長!」


「私はいい!先にこいつを!」


 指示通りを受けて重傷の隊員に治癒魔法をかけ始めると、エンコは自分の腹部の治癒を始めた。そのあいだにカスミは腰の小太刀を抜き雷鳴隊を牽制する。


「ミハルはこのまま治癒を頼む。お前は動けるようになったらクレアの方へ救援を依頼しに行ってくれ」


 エンコ隊長が先の指示を与えたところで、雷鳴隊がじわりと周囲を囲み始める。


「私はガライをやる。他は任せたぞ」


 エンコ隊長は腹部が充分に治癒する間もなく、雷鳴隊の間を突っ切ってガライの方へ向かっていってしまった。


「……まだかかるわ」


「あたしが引き受けるから治癒魔法に集中しなさい」


 エンコ隊長が去ったあと、カスミはそう言って雷鳴隊との戦闘を始めた。


 治癒が終わってエンコ隊長の指示どおりに隊員がクレア隊長の方へと向かうころには、雷鳴隊の半分が戦闘不能になっていた。


 ここまで強かったなんて…一体何者なの……?


 カスミに加勢して残りの雷鳴隊を戦闘不能にするまでにそう時間はかからなかった。



 そして時は現在へと戻る。



 ガキィィィイン!



 一瞬のうちに背後にまわったカスミの小太刀による一撃に、ガライも反応して同じように剣で防いだ。


 しかし、カスミもそれは予想していたのか、すぐに二撃目、三撃目と、攻撃をやめない。ときおり蹴りや肘打ちも織り交ぜた変化の多い攻撃にもガライはうまく合わせて防御し、逆に反撃を交えてくる。


 「なんて戦いなの…」


 さすがにガライ隊長はさっきまでの雷鳴隊の隊員達とは格が違ったが、カスミもひけをとっていない。


 と、ゆっくり見ている場合ではなかった。


 「今のうちにエンコ隊長の手当を…」


 ミハルはエンコの元へ駆け出した。

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