042.衝撃

 再び突進してくるミスリルベア。


 今度は正面で構え、逃げずに相手の動きを見切るとすれ違いざまに右手に装着された鉤爪クローで引っ掻いた。


 グワァァァオ!


 ミスリルベアが声を上げる。


「お、効いた」


 アイスランスが砕け散るほど硬かった表面にあっさりと傷がつき、鉤爪の方には折れたり曲がったりする様子はなかった。つまりはミスリルよりも硬いということだろう。


『フフン。もっと魔力をこめればさらに硬度はあがるからの』


 おいおい。全鍛治師が泣いたぞ。


 白熊の精であるムクヒメは自慢げに薄い胸を張る。


『薄いとはなんじゃ。可愛い胸と言え』


 控えめで可愛い胸を張る。


『余計な修飾語は要らぬ。まあよい。わっちは大人じゃからそんな些細なことは気にせぬからの』


 そう言って些細な胸を……。


『しつこい!』


「…?、むしろ俺はほどよい方が好みだ」


『まさか褒めておったのかっ?!言葉選びが不器用すぎる?!』


 反応がよくて愉快なやつだな…。とまぁ雑談はさておき、これならミスリルベアに遅れをとることはない。


『言っておくが憑依している間はおぬしの魔力を頂いておるからの』


 なるほど。そういうシステムか。


 しかしあれだな、単に魔力が減っていくだけなら、



 くっ…俺の右腕が疼くっ…!



 みたいなことにはならないのか…。



 別に残念がってはないぞ?


「とりあえず時間をかけるとどんどん魔力がなくなるんだな、パッと終わらそう」


 試しに右腕に魔力を注ぎ込むべく集中した。



『くふぅゥ……気持ちぃぃ』



 するとムクヒメが悶えるような艶やかな声を出した。


『ばかものぉ。いきなり力を込め過ぎじゃ!こちとら久しぶりなんじゃ、労らんかい』


 まさか一万年と二千年ぶりとか言わないよな。気持ち良くなられても困るぞ。もっとやりたくなるじゃないか。


 しかし、その心配は杞憂に終わる。


 次第に慣れてきたのかムクヒメの様子が落ち着いてきた。


 ん?むしろ何か様子変わったか?


 サイズはさておき、先ほどまでは少女、もっと言えば小学生ぐらいの幼さの残る風貌だったが、少し成長して中高校生ぐらいになった気がする。大した差ではないと言えなくもないけれど変化と言えば変化だ。ちなみに完全な蛇足ではあるが胸の膨らみにも成長が感じられる。


『ふぅ…、少しは力が湧いてきたかの。では往くぞ!』


「おわっ?!」


 すると己の右腕に半ば引っ張られるようにして身体が動きだして驚いた。もちろん意識すれば自分の思った通りに身体は動くのだが、例えば自分が寝て意識がなかったとしても動く程度に右腕の意志が身体を凌駕している。と言っても導かれるような感覚で嫌悪感は感じない。


『安心せい。わっちは味方じゃ』


 ムクヒメと意志を同じにしてミスリルベアへと向かっていく。


 迎え撃つミスリルベアはこちらを捕まえるように両手を振り下ろすが、その動きを見切って素早く躱し、背後へと回る。そして、がら空きとなったそのミスリルで覆われた背中に鉤爪を勢いよく振り下ろした。


『わっちの方が強いんじゃあ!』


 ついでにムクヒメが声をあげていた。やっぱりそういう理由だったのか。


 魔力におおわれた鉤爪はミスリルを抉り取るように背中に痕跡をつくるとともに凄まじい衝撃を与えた。ミスリルべアはその一撃によってそのまま倒れ込むように絶命した。


 おいおい、Sランクの魔物を一撃かよ…。


 と内心驚いていると、右腕の憑依が解除され、同時に全身の力が抜けるような感覚が襲った。魔力切れとまではいかないが多くの魔力をもっていかれたようだ。具現化されていたムクヒメもそのままうっすらと消えていく。


『ふむ。少し消耗したようじゃな』


 再び声だけが聞こえる状態となった。


『これからは助けが必要になったらわっちの名を呼ぶがよい。気が向いたら力を貸してやるぞい』


「ああ。よろしく頼む」


「ではの」


 そう言うとムクヒメの気配が消えていった。



 色々あったが新しい力を手に入れることができたのは僥倖だった。


 だが、どうやらムクヒメの姿は受験者たちには見えなかったらしい。こちらの戦いの様子を見ていた受験者達はこちらを見ながらヒソヒソと話をしている。突然独り言を発する頭のおかしい人に見えていたかもしれない。大変遺憾である。


 そんな事を考えていたらちょうどフェリィの方もカタがつき、ミスリルウルフは活動を停止していた。倒れたミスリルウルフに片脚をのせ勝利の雄叫びをあげている。


 しかし……どうすんだこれ。


 そんなフェリィは再び受験生に向かって火の息を吐きはじめるのだった。

 

  

 

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