038.察知

 フェリィは迷っていた。


 自分の力を解放すればSランクの魔物と言えど対等以上に戦える自信はある。しかし、それはあくまでも人がいない場合の話だった。


 その力は一種の諸刃の剣。仲間を守るのには向いていないどころか、むしろ逆に傷つける可能性すらある。今は一時的とはいえ中隊長を任されている身。自ら仲間を危険に合わせるわけにはいかない。しかし、このまま何もせずにいても同じ道を辿る可能性が高い。


(せめて…もう一人…。受験者たちの安全を保護しつつSランクの魔物ともやりあえるような…)


 我ながら無茶な望みだという自覚はあった。Sランクとやりあえる人物となると、クレア隊長やエンコ隊長、ガライ隊長レベルになる。


 さらに刻一刻と状況は悪くなっている。ミスリルウルフとミスリルベア、片方でも手に余るところ、まさかの挟み撃ちされる格好だ。


 小隊の面々にも疲労だけでなく恐怖の色がでている。特に後者はまずい。恐怖は動きを鈍らせ、本来なら躱せるはずの攻撃も受けてしまう可能性がある。


 判断できないでいると、ミスリルウルフが急接近してきてその凶悪な爪で薙ぎ払うように前脚を振るった。


 「くっ!」


 受験者たちをかばうように小型のシールドを顕現させて何とか受け切る。


 しかし、その隙にミスリルベアが突進を始めた。Sランクの魔物なだけあって知能が高い。こちらにとって最悪のタイミングを狙っていたのだった。


 (だめっ…両方同時には防げないっ…!)


 防御の手を緩めるとミスリルウルフ押し切られてしまう。かといってこのままでは受験者たちを守りきれない。


 恐怖からか疲労からか、諦めの境地に達していた受験者たちはもう逃げる気概もなく、呆然と立ち尽くしているだけだった。



 万事休す。



 ミスリルベアの体当たりががまさに受験者たちの一帯を蹂躙する直前、フェリィがその無残な光景を見ないように固く瞑った瞬間だった。


「シールド!」


 ミスリルベアのさらに後方から声が聞こえた。


 同時に受験者達全体を囲むように光の壁が出現した。半球のドーム状に形成された壁はミスリルベアの突進を阻むだけでなくその弾力をもって逆に勢いを弾き返し、ミスリルベアが地に転がった。


 その声の主は我が隊ビースターズの副長だった。




 ―――中腹にたどり着く少し前。


「大層な活躍を見せているようですね」


 あれからさらに五つの隊を見つけ、その戦闘サポートを終えたとき、後ろから声をかけられた。


 クレア隊長だ。どうやら追いついてきたようだ。


「やはり私の見る目は正しかった……いえ、今はそんなことを言っている場合ではありませんね。ここまでソーシさんが助けられた小隊には私の隊員とともに下山を指示しました。残っている小隊たちについても一刻も早く保護したいと思います」


「ええ。後は小隊五つ、そしてフェリィ隊長ですね」


 そう会話していたときだった。


 モンアヴェール中腹の方向からただならぬ気配を感じ、思わず振り返る。


「どうしました?」


 クレア隊長は何も感じていないようだった。おそらく、これはオールマイティによる危険察知か何かのスキルによるものだろう。


「いえ、凶悪な気配を感じたもので」


「気配…ですか」


 しかし、Aランクの魔物でこれまで同じ感じを受けたことはなかった。すると必然的に気配の主はAランクよりも格上ということになる。Aランクでも手こずるような受験者に対して、それよりも格上の魔物となるとかなり危機的な状況である。


「クレア隊長、すみません。一足先に中腹に向かいます。途中で小隊がいたらよろしくお願いします」

 

 そう一言断ると返事を待たずに駆け出した。


「あっ……」


 クレアが引き留めようとしたときには、すでに総司に止まる気配はなかった。


「魔法スキルあって、気配察知ができて、さらに身体能力も高い…とは。彼は一体何者なのでしょう…?」


 小さくなっていく背中を見ながらクレアは呟いた。



 中腹にたどり着くと白銀の狼の攻撃を防ぐフェリィと、その逆側からちょうど突進を始める白銀の熊が視界に入った。


 「シールド!」


 半分無意識で魔法を唱えていた。特に使ったことのない魔法だったが定番ではあるため想像は容易だった。攻撃を受け流すような質感を創造する。


 昔の偉い人は言いました。


 柔よく剛を制す、と。

 

 そう、つまり最強はスライムということである。テンペスト的な意味で。


 白銀の熊はシールドに弾き飛ばされ結果は上々。ざっと見たところ怪我人は…多少はいるが死傷者はいない。何とか間に合ったようだ。


 ほっと一息ついて最後のサポートを始めるのだった。

 


 


 



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