037.白銀


「アイストライデント!」


 空中で三叉槍を生み出すとそのまま落下する勢いを利用してギガントボアの脳天に突き刺した。ギガントボアは絶命し、大きな音をたててその場に横たわる。


「とまぁ、こんな感じで高低差を活かすことで威力を増すことができる、って、流石に基本過ぎて言うまでもないか」


 と助言するが、どうも先ほどから受験者の反応が悪い。


『……おい、できるか?』


『……んなわけねぇだろ。始めから高い位置にいるならまだしも、いま木を走るように登って行ったぞ』


『木登りというより木走りって感じだったわね。木登りのスキルを極めても無理じゃないかしら。あんなスキルあった?』


 そんな声が漏れ聞こえる。


『もしかしてクレア隊長と同じ魔法剣士、いや魔法槍士か?』


「いや、ただの魔法使いだが」


 槍も単に魔法で出しただけで、通常は装備していない。しかし、そう答えて返ってくるのは疑いの眼差しだけだった。うーん、どうしたものか。


 小隊に付き添ってた吹雪隊の隊員からは、


『なるほど。クレア隊長が目にかけるのも納得だ。同じ吹雪隊として戦える日を楽しみにしている』


 なんて満足げに言われたが、正直なところ大変申し上げにくいのですが、こちらとしましては別に楽しみではありませんっ。



 さておき、これで手助けに入った小隊は十ばかりになった。ビースターズの全体から言えば隊の半分ほどだ。エイプキングを倒して以降、山を登っては小隊を見つけたが、どの小隊も例に漏れず受験者のレベルには厳しすぎるAランクの魔物達と交戦していた。


 どう考えても異常事態だ。即刻、試験を中断してもいいレベルじゃないだろうか。しかし、何も連絡が行き届いていないということは、全員が身動きとれない膠着状態に陥っているということかもしれない。


 少なくともこれまで助けた小隊は行動を共にし始めたため、監督役の吹雪隊に余裕ができはじめるだろう。いずれクレア隊長にも一報が届き何かしら動き始めるかもしれないが、結局のところ中腹に向かって小隊を救助していくことになるだけか。


 そう思い至ると、助けた隊をおいて目的地の中腹に向けて再び駆け登っていくのであった。



 その頃、モンアヴェールの中腹、視界が開け、崖下を一望できるちょっとした広場では普段の穏やかな光景は影も形もなかった。


「くっ、こんなのがいるなんて聞いてない」


 苦悶の声を漏らしたのはフェリィだ。


 十メートルはある巨体。白く輝く体毛。噛み合わせに並ぶ巨大な牙。鋭利な爪と太い尾を器用に操り、獲物を追い詰めるかの如く攻め立ててくるのはSランクに指定されるミスリルウルフだった。

 

 その特徴的な美しい毛並みは見るものを魅了するだけでなく、簡単な魔法を無効化してしまうという魔法耐性も兼ね備えている。


「っ!下がって!」


 フェリィの指示で間一髪、振り回された尾を躱す。


 指示に従った小隊は三つ。既に中腹に到達していただけあって戦闘に心得のある小隊だったが、それでも命からがらミスリルウルフの攻撃を凌ぐことで精一杯になっていた。


(一体何がどうなって、こんな高ランクの魔物が中腹に?)


 至極当然の疑問を浮かべるフェリィだが、全く見当がつくはずもなかった。そもそもSランクの魔物とこうして遭遇すること自体が滅多に無いためだ。


 フェリィの頭の中は対応策を考えるのにフル回転していた。


(現時点では足手まといな受験者たちを後ろに守ったまま、一人で討伐するにはリスクが高すぎる。クレア隊長や他の隊長たちも近くにいる現状ではやっぱりここは時間稼ぎが得策)


 即座にそう判断し、持久戦に持ち込むことに決める。


「とにかく、応援がくるまで粘るよ!」


 ミスリルウルフから目を逸らさずに後ろにいる小隊に激をとばす。


「フェ、フェリィ隊長!」


 すると後ろから慌てた声が聞こえた。


「どうしたの?」


「あ、あれ……」


 尋常ではない雰囲気に後ろを振り向くと、そこには同じく白銀の体毛で覆われた巨大な熊、ミスリルベアがゆっくりと歩いてきていた。


(あ、ありえないっ…! Sランクに相当するミスリル系の魔物が二体?!)


 何とか声に出すことは抑えたものの、フェリィは心のなかで悲鳴をあげるのだった。


 



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