031.集中
ベッドに横たわるミハルの父。
目立った外傷はなく傍目には少し眠っているだけに見える。
「前の戦いのときにミハルをかばって…ね。最初は外傷もひどかったんだけど、それはミハルのユニークスキルの
そう言ってミナツはジュンの前髪を整えながら続ける。
「でも意識が戻らないの。今にも目を覚ましそうなのにね」
ムクの町で見つけた日記によれば重傷を負ったとあったが、こんな状況になっていたのか。
「自分の娘を守ってこうなったんだもの。私は納得しているし、むしろ夫が誇らしいわ。でもね。ミハルが自分を責めているのよ」
ミナツの声が少し震える。
「今もね、時々見るの。夫にミハルが
おこがましいかもしれないが自分がいれば別の未来があったかもしれない。そう思うとやはり後悔が押し寄せる。またカスミに怒られるかもしれないけれど。
ミナツの頬に一筋の涙が伝うが、すぐに涙を拭って笑顔に戻った。
「ごめんなさいね。もっと強くもっと魔法が上手くなればきっと治るってミハルが頑張っているのに、私が落ち込むわけにはいかないわよね」
……強いな。ミハルも、ミナツさんも。
本当につらい二人が諦めていないんだ。俺も自分のできることをやろう。
「でも少し心配していたのよ。強くなるのに根を詰めすぎてミハルが孤立していないかって。ムクの街と違ってガリオンには知らない人ばかりだし…、周りからは魔法の才能があるって言われてはいるけれど、まだ十六になったばかりの女の子だから」
そこで急に両の手を握られた。
「でもでも、今日でそれもおしまいかしら。戻ってきてくれたんでしょ?ソウちゃんがいれば安心だわ」
「信頼されすぎな気がしますが…、三年前にハルを置いて出ていった身ですよ」
多感な年頃にずっと会わなかったのだ。興味を失っていてもおかしくないし、もっと仲のいい男が出てきていても不思議ではない。そう、例えばあの日記の主とか。
「そんなことないわ。会えない時間が愛を育てるのよ!」
あ、何かスイッチが入ったぞ。
「そう思います!現に先ほど会ったときも早速ミハルさんとじゃれ合っていましたよ。同じ士官学校の方もあんなミハルさんを見たのは珍しいって言ってました!」
カスミが煽るように同調する。って、カスミはそっち側か。嫁候補じゃなかったのか。
それにじゃれ合ってると言うか一方的に攻撃を食らっていたのだが。まぁ湿っぽい空気が明るくなってきたところに水を差すなんて野暮なことはしないけど。
「そうよね!そうよね!ミハルったら小さい頃からソウちゃんにベッタリでね?もう毎日のように…」
また二人の会話が盛り上がりはじめ、談笑しながら先ほどの部屋の方に戻っていった。
これもスパイの技術の一つなのだろうか。幼少期の情報がカスミに漏れてなにか弱みを握られないことを祈るばかりだ。
ため息をつきながら二人の後に続こうと思ったところでふと思いついた。
「
ジュンの足元から頭にかけて、ゆっくりとなぞるように手をかざしていく。
イメージは前世でのCTやMRIだ。体を輪切りにしていくように体内の魔力、あるいは生命力のようなものを捉えようとすると血液のような体内を流れるのものをうっすらと感じた。
「さすがに初めてだとかなりボヤけるが、何となくはわかるか、…ん?」
頭の一部分にさしかかったところで、何か淀みのようなものを感じた。
「ここだけ流れが悪いな」
前世が医者だったわけではないから詳しいことは分からないが脳挫傷か何かだろうか。いずれにせよ脳内に良い影響はないだろう。
普通の治癒魔法の場合、対象が外から明らかに分かる場所であればそこを狙って治癒できる。しかし、目に見えない場所――例えば脳内が傷ついているとなると狙いを定めることができない。そうなると対象全体に治癒をかけるしかなく効力が分散されてしまうと予想される。おそらくそのせいで脳内の一部の傷ついた部分が治癒されないままとなったのだろう。
あくまで、全て推測ではあるが。
昔の偉い人は言いました。
駄目で元々、と。
「
そう唱えて淀みのある頭部の、更に一部だけに集中して魔法を行使する。
すると淡い緑の光がジュンの頭部を包み込んだ。
クラッ。
光が止むと同時に身体がフラついた。
「くっ……かなりもってかれたな」
久しぶりの魔力切れの感覚だった。倒れる前に休んだ方がいいな。
ジュンのいた部屋を後にしてカスミたちのところへ戻った。
「カスミ、そろそろ帰ろうか」
「え?夜ご飯も食べていったら?」
「いえ、明日も試験ですので。それにハルが帰ってきたら少しややこしいことになるので」
…まだ怒らせたまま、まともに会話していないしな。
「そう?じゃあ、また遊びに来てね。カスミちゃんも」
「はい!またソウの小さい頃の話、聞かせてくださいね!」
どこまで聞くつもりだ…。
ミナツに見送られてミハルの家を後にした。
総司とカスミがミハルの家を後にして暫く立った頃。
「ここは……俺は…?」
そこにはベッドから起き上がり、自分の手足が動くことを確認しているジュンの姿があった。
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