030.少待

「では私達はこのあとクレア隊長たちと会議があるので、お先に失礼しますね」


「また明日。遅刻厳禁」


 そう言ってリリアとフェリィは校舎の方に戻っていった。


 クレア隊長たちと会議ということは明日の準備か。リリア達は受験生の実力を見てなかったはずだから受験生の実力を伝えたり、明日の行動シナリオ、採点基準の確認といったところだろう。先に駆けていったミハルがちゃんとその会議に出席してくれればいいんだが。


 他の受験者はもう皆解散しており、カスミと取り残された状況だ。


「さて、この後どうする?」


 明日も試験が続くとは言え、特に疲れていないしまだ休むには早い。 


「そうね。ひとつ、ソウが行っておいた方がいい場所があるわ」


 カスミがそう言って正門の方へ歩き出したので後ろをついていくことにした。




 見慣れぬ道をしばらく歩いていった先、やや大きな建物の前でカスミが立ち止まった。


 ここは集合住宅…か?


「こっちよ」


 そう言うとカスミは階段を上がってとあるドアの前に立った。


 誰の家だ?それともこれからの拠点か?


 道中、ここまでの道順以外、何の説明もなくやってきていた。


「おい、カスミ……」



 コンッ!コンッ!



 問いただそうとしたところでカスミがドアをノックした。


 するとドアの向こうから物音が聞こえ、それが徐々に大きくなってきたところで眼前のドアが開かれた。


「はい、どなたかしら…?……あら?」


 その顔には見覚えがあった。それは目の前の女性も同じだったようだ。


「もしかして…ソウちゃん?」


「………ミナツさん」


 三年ぶりになる、ミハルの母との再会であった。




「はい、どうぞ」


 ミナツからお茶を受け取る。


 正面に幼馴染の母、隣にカスミという混沌とした状況だ。


「本当に久しぶりね。元気そうで何よりだわ」


「はい。ミナツさんもお元気そうで安心しました」


「ミハルは知っているの?」


「実は先ほど士官学校の入学試験を受けてきて、そのときに」


「泣かれたでしょ?」


「え、えぇ……まぁ…」


 ミナツが笑う。


「三年前、ソウちゃんがいなくなったときも大変だったのよ?」


「……すみません」


「それが、こんなに格好良くなって可愛いらしい女の子まで連れて帰ってきたら動揺するわよね」


 隣でカスミがニヤニヤしている。


 ……泣かれたポイントが少し違う気もするが。


「どういう関係なのかしら?」


「こちらは最後に訪れた村で知り合ったカスミです。明日の試験でミハルが担当する隊の一員でもあります」


 そう説明するとカスミが頭を下げた。


「初めまして」


「よろしくね。カスミちゃん。出会いはわかったわ。それで関係は?」


 う。関係か。改めて聞かれると返答に困るな。


 少なくとも恋人ではないが、友人と言うには少し距離が近い気がするし家族というには近すぎる。戦友というほど、戦いに明け暮れてたわけでもない。自分にとっては修行をつけてもらったヒエイの娘であるから、師匠、あるいは、恩人の娘といったところかな。うん、最後のが一番しっくりくるな。


 そう結論づけてミナツに答える。


「カスミは恩人のむす……」


「嫁候補です!」


 遮るようにカスミが嬉々として答えた。

 


 昔の格好良い人は言いました。



 ちょ、待てよ!



 昔でもないし、使いどころもちょっと違うな。


 そもそも嫁だの後継者だのというのはヒエイが勝手に言ってただけで、どちらかといえばカスミ自身はそのことに納得していなかったと認識していたが。本当のところはどうなのだろうか。


「やっぱりそうなのね。まだミハルに機会チャンスはあるかしら?」


「はい。まだ候補なので」


「ソウちゃんってば両親がいないでしょ?だから最初はてっきり親代わりの私達に結婚相手を紹介しにきたのかと思っちゃったわ。でも、そうなのね。手強い好敵手ライバル出現でミハルも大変だわ」


 当人は置いてけぼりで二人の談笑が続くのだった。



 ひとしきり話に花を咲かせたところで気になっていた本題に入った。


「それでミナツさん、……ジュンさんは?」


 この話題になることは察していたのだろう。少し寂しそうな表情を浮かべて立ち上がった。


「………こっちよ」


 廊下を挟んで隣の部屋に案内された。


「……ジュンさん」


 そこにはベッドの上で静かに眠るミハルの父の姿があった。


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