010.帰省

「なんてこった…」

 

 眼前に広がる光景は無残だった。建物が倒壊し瓦礫の山となっている。


 思わず膝をつき茫然としてしまう。


 遅かったのか? 手遅れだったのか?

 街を出る前のワイルドボアの群れ、もしかしてあれは予兆だったのではないだろうか。もし俺が旅になんか出ずに街に残ってれば?


 あらゆる可能性が頭に浮かんでは取り返しのつかない後悔が襲い目の前の景色がぼやけ出した。五年ほど過ごしただけだが、間違いなく故郷だったのだ。特によくしてくれたミハルの顔が浮かぶ。


 「こりゃ派手にやられてるわね」


 隣にいたカスミがどこか軽い口調で達観したように言った。確かにカスミにとっては見知らぬ他人の街のことかもしれないし、スパイという性質上どこか冷めた面を持っているのかもしれない、でも言い方ってもんがあるだろ…、と文句の一つでも言い返そうと睨みつけたところでカスミが続けた。


「でも、別にみんな死んだとは限らないわ。死体が転がっているわけじゃないし」


「あ…」


 あまりの光景に気が動転していたが、確かに目に見える範囲に人はおろか死体もない。確かに街ごと放棄して避難した可能性もある。もちろん既に埋葬された可能性もあるが、辺りに何か掘り起こした様子も墓が建っている気配もない。まだ死んだと決めつけるには早計だ。


「諦めるにはまだ早いんじゃない?」


 優しい笑顔で慰められた。ときどきいい女感出してくるから困る。大きく息を吐き出すと、つかえていたものが霧散したようだった。


「取り乱して悪かった」


 睨みつけたことを内心謝る。


「気にしてないわ。今度、服でも買って貰うから」


 気にしてますよね!ちゃっかり者と書いてカスミと読めそう。


 気を取り直して手分けして街の調査にあたることにする。俺は自分の住んでいたあたり、カスミは街の奥からだ。


 行く道もある意味で景色は変わらず、倒壊した建物が並ぶだけだった。自分の家だったものにたどり着いたがそこにはどこか懐かしい記憶が残るだけだった。


 「ここも、ミハルの家もダメか」


 唯一の救いは人の痕跡がないことだけか。


 「ん?」


 ふと、近くの瓦礫の山から本のようなものが目についた。このあたりは誰の家だったけか。何度か遊んだことがあったような。


 おもむろに手にとってみると、中には日付とともにとりとめのないことが綴られていた。


 日記だ。


 少しは状況が分かるかもしれない。はやる気持ちを抑えながら次々とページを巡っていく。


 一年近く前の日付にたどり着いた時だ。


 『今日は珍しく街にビッグベアが現れた。どこからか迷い込んだのだろうか。街の衛兵によって討伐されたので、これからお祭り騒ぎが始まる』


 さらにページを巡っていく。


 『今日は十匹ほどのワイルドボアの群れが街に押し寄せた。この状況は二年ほど前にあった青い流星の奇跡を思い出す。もっとも、あのときは百匹以上いたらしいが』


 ちょうど街を出た時期だ。青い流星はなんの事かよくわからないが、あの日のスタンピードのことだろうか。

 当時を思い出していると気になる続きが目に入った。


 『衛兵が苦戦しているところに現れたのは近くに住むミハルちゃんだ。彼女の魔法によって見事に討伐されたらしい。彼女がスキルに目覚めた日からもう完全に街のアイドルだ。何はともあれ、そんなわけで今夜もお祭りだ』


 探し人の思わぬ登場に思わず日記を落としそうになったのだった。

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