第31話 世界のひみつ

「さ~てタローさま。世界の秘密を知りたくて仕方がない、ってお顔ですね~」


「あ、わかるの? 知りたい知りたい!」


「どこから説明します? 私、全部のアーカイブファイルにアクセスできちゃうんですよ。すごいでしょ」


「もちろん、最初から全部だよ」


「長くなりますよ~。お弁当作りますか~?」


「早く早く!」


 五百年前。

 地球に直撃するコースを取った小惑星が発見された。

 大きさは直径十五キロ。

 六五〇〇万年前に落下し、恐竜絶滅の原因となった『チクシュルーブ衝突体』とほぼ同じサイズであり、人類、いや地上のあらゆる生命体を絶滅させる大規模な災害の発生は不可避であった。

 各国の政府はこの危機に協力し、惑星開発基地の設計を流用したアーコロジー――完全環境都市――を各地に建設しはじめた。

 これは、空気や水、食料や廃棄物なども全てリサイクルし、内部のみで生態系を完結させるシステムだ。


「なんで惑星基地?」


「地下に掘るより早く建設できたからです。それに下手に改設計するよりも、そのまま流用したほうがテストも省略してたくさん作れたんですね~。部品も流用が効き、量産効果でコストダウンも見込まれました」


 しかし、机上の計算通り物事が進むとは限らない。

 ピラミーダをはじめ、各地で建設が進むアーコロジーは工事が大幅に遅れた。

 工期を優先しコスト削減の圧力が高まる中、手抜き工事や未熟な職人の杜撰な仕事が増え、事故も相次いだ。

 費用も慢性的に不足していた。

 大規模需要による資材の高騰だけではない。

 権力者と業界が癒着しており、多重下請けによって中抜きが横行し、実際に掛けられる費用は計上された予算の一割程度であった。


 間に合わないのであれば、取れる手段は一つ。

 建設の遅れている国から進んでいる国への軍事侵攻をきっかけに、再び世界は戦乱と混乱の地獄へ変わっていった。


「そ、それでどうなったの?」


「戦乱によってますます工事が遅れ、完成したのはこの『ピラミーダ』をはじめ八十八カ所でした。これは計画の〇・一パーセントにも満たない数で、とても全人類の避難は不可能でした。いくつかの国は軍備を全てアーコロジーの建設に流用していたので、なすがままに蹂躙され、国民は殺されるか追い出されてしまったようです」


「そうなんだ……」


 ある国に、一人の天才が現れた。

 彼の出したアイデアに、いくつかの国は興味を示した。

 月面の資源採掘用マスドライバーは、地球では貴重な資源を送るためにフル稼働していたが、その頃には能力を活かせずにいた。

 射出された資財の受け入れ施設が戦乱で破壊され、受け入れができなくなっていたからだ。


「それで、こう!」


 アビゲイルは机に上半身を伏せ、右手で棒をしごくような動きをした。


「なにしてるの?」


「宇宙ビリヤードですよ~。マスドライバーで打ち上げた岩入りの十万トンコンテナを、ボッコボコ小惑星にぶつけたんです」


「十万トン? そうか、月の重力は地球の六分の一だから……」


「おっと! 重量が変わっても質量は変わりませんよ~。太陽電池で電磁投射に必要な電力が無尽蔵だからです。月は発電を妨げる空気も雲もありませんからね。ビリヤードというのも正確じゃないです、ごめんなさい。衝突で解放されたエネルギーが表面の岩を溶かして、気化したガスの反作用で動かしたんですよ~」


「……? ……?」


「コンテナの速度を調整して、一千個のコンテナを一度にぶつけた結果、小惑星は衝突コースを逸れ、宇宙の彼方へと飛んでいったんです」


 原理はいまいちよくわからないが、とにかくそれで地球は救われたらしい。


「そりゃよかった。昔の人は頭が良かったんだなあ」


「さて。果たしてそうでしょうか? 私にはそう思えません」


「え?」


 小惑星の軌道を逸らす事には成功した。

 しかし、誰かが余計な事に気付いてしまった。

 隕石にぶつけていた岩入りコンテナを地上に落とすと、核兵器に匹敵するエネルギーを持つ質量兵器として流用できたのだ。


「コンテナ一つあたり、平均してTNT換算で七メガトン。これは大型の核兵器に相当するエネルギーです」


「うわぁ……」


 重力に引かれ加速するコンテナは迎撃も困難で、まさに虐殺兵器だった。

 いくつもの街が消滅し、マスドライバーの管制を巡って電脳空間でも過酷な戦いが繰り広げられた。

 サイバー戦争の余波は現実世界にも及び、いくつものインフラが機能を停止してしまった。

 発電所、上下水道、そして病院……。


「小惑星が衝突していた場合、一年以内に当時の人口九〇億人のうち九〇パーセントが死亡すると予測されていました。しかし、十年が経つ頃には……やっぱり同じくらいの人が亡くなりました。コンテナを落としまくったせいで、巻き上げられた粉塵が太陽光を遮り、世界的に寒冷化する『衝突の冬』が、結局起こってしまったんです。植物は枯れ、それを餌にしていた草食動物がまず死に、その草食動物を餌にしていた肉食動物も多くが死に絶えました。人類も例に漏れず、飢えと寒さに追い込まれていきました」


「……バカだ」


 バカとしか言いようがない。


「街が無人になったのは、そのためか」


「はい。人類が建設していたアーコロジーは、結果的に本来の用途に使われたのです。外の環境が回復するまで、最短でも五百年と推測されました。生き残った人々はアーコロジーに逃れ、政治腐敗の反省から人工知能に統治を任せる事になりましたが、なにぶん時間も物資も無かったので、アンドロイドが流用されました。それがソフィアちゃんです」


「ソフィアが? あの子、ロボットだったの?」


 あのやたらに食い意地の張った女の子が。


「はい。人間にしか見えないでしょう? 同じABG二〇〇〇型といっても、当時と私の頃では技術力がまるで違います。私はいわば、劣化コピーに過ぎません。太っちょですもんね。メンテナンスサイクルもソフィアちゃんは二千年です」


 アビゲイルの体重は八十キロあり、メンテナンスも五百年ごとに受けなければならない。


「……そんなこと言うなよ」


 頭を撫でてやると、アビゲイルは目を細めた。


「それはきゅんきゅんです、タロー様。十八禁です」


「あっ、ごめん」


「……ソフィアちゃんが来ます。あとはあの子にお任せしましょう」


 扉が開き、ソフィアが姿を現した。

 みすぼらしい服は着替えられ、身体にフィットした白いレオタード状の服を着ている。

 アビゲイルと同じものだ。おそらく、制服か作業服なのだろう。


「お兄ちゃん、元気? もちばをはなれてごめんなさい。みんなの暮らしをしりたかったの」


「みんなの暮らし?」


 ソフィアは頷いた。


「うん。ピラミーダを出ていった人も、けっきょく戻ってきちゃうでしょ。この間環境パラメータをさげたのに、まだそんなにここがいいのかなー、って」


「この間? どれだけ調べてたのさ」


「ほんの十五年だよ」


 タローは呆れてしまった。

 どうもロボットはのんびりしすぎていけない。

 とはいえ、限られた命しか持たない人間と比べれば、時間の感覚が違うのも仕方がない。


「人間の服をきて、人間にまじって、おなじもの食べたり飲んだりしてみたけど……やっぱり、よくわからなかったの。幸せそうなひともいれば、苦しんでるひともいたし」


 外の村での暮らしは、やはり大変だと村長は言っていた。

 しかし、タローは生まれてからずっと外で暮らしてきたのだ。

 雨が降り、風が吹き、時折日照りもある外が当たり前だった。

 だから、村長の言う事に今ひとつ実感が沸かない。


「ぼくにはよくわからないけど……たぶん、色んな環境で人は生きていけるんだよ。まあ、限度はあるだろうけど。外だって、死ぬほどの環境じゃないしね。とりあえず、ぼくは幸せだったよ。そう思う」


 ソフィアはしばらくの間タローをまじまじと見ていたが、やがて深く頷くとコンソールへ向き直った。


「そう……だね。アビゲイル、もういいよ。あとはあたしがかわるから。あたしはもう少し、かんがえなきゃ」


 アビゲイルと席を替わると、目の前のモニターに無数の文字列とグラフ、モニター画像が次々と移り変わっていく。

 このコンソールは人間が操作するには少し不便そうだ。

 ソフィアはやはりアンドロイドだったのだ。

 それも、タローにも見抜けないほど完全な。現代では失われた、より人間に近いアンドロイドを造る技術がかつては確かにあり、ソフィアこそがその最後の一人なのだ。

 技術のベクトルは違うかもしれないが、かつて星の世界でビリヤードをやったというのも納得が行く。

 がやがやと賑やかな声が響き、セリーヌたち三人が入ってきた。

 タローの顔を見ると、笑いながら親指を立てる。


「元気そうね、タロー! とりあえず、これでアタシらは依頼達成! いい?」


「うん! ありがとう!」


 服装はボロボロで顔中煤だらけだったが、どうやら三人とも無事のようで安堵した。


「ほら、アンタも入りなさいよ」


 セリーヌに背中を押され、入ってきたのはなんとタチアナだった。

 タチアナはいかにも落ち込んだ様子で、足を引きずりながら入ってくる。

 両手は前で縛られている。


「あれ? タチアナまで一緒?」


「うん……」


「良かったあ! 無事だったんだね!」


「……」


 タローが手を握ると、何やら意外そうな顔をして、顔を傾げた。


「あたし……あなたの敵なのよ。それにもう、生きていたって、どうしようも……ない」


「どうして?」


「カイザーも死んで……あたしはもう、独りぼっち。カイザーだけがあたしをわかってくれたの。でも……死んだのよね」


「……」


 何となくだが、タローにはタチアナの気持ちがわかった。

 カイザーはタチアナにとって、アビゲイルと同じなのだ。

 何があっても絶対に裏切らず、いつも味方でいてくれる。

 いつも身を案じてくれるし、いつも励ましてくれる。

 タチアナにとって、カイザーはただのロボットではなかったのだ。


「ねえ、ソフィア。第一層のエアロックの横に、小さな事務所があるでしょ。あれは何なの?」


「資材搬入係の事務所だけど、もうつかわれてないよ。なかになにか欲しいものがあったら、お兄ちゃんにあげる。エレベーターもタダでつかっていいよ」


「ありがとう」


「どういたしまして。ところで、お兄ちゃんにおねがいがあるの」

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