第11話 マッチポンプでいこう

「すごいなぁ。立体テレビだ。本物を観るの、初めてなんだよね」


 ひときわ高い建物の壁で、白いローブを身に纏った中年男性が何かの演説をしていた。

 後ろには十人の同じような服装をした老人が並び、うち四人がハゲている。


「すなわち! 我らのアーコロジー・ピラミーダは! 全世界のアーコロジーの最後の一軒であり、人類の未来を運ぶ『方舟』なのです! 皆さんもご存じでしょう、伝説に語られる大破壊を! 十五年前の異変を! 大破壊をもたらした悪魔たちは他のアーコロジーを支配しており、それどころか奴らは着々と支配領域を広めています! 全ては彼らの陰謀であります! 我々は団結し、この難局を乗り切っていかなければならないのです!」


「へえ、そうだったんだ。でも、なんか変だな」


 タローにとって、無人の廃墟がどこまでも続く世界は当たり前のものであり、疑問すらわかなかったのだ。

 同じ映像は小さな街頭テレビでも繰り返し流れていた。

 十四インチのブラウン管式で、チャンネルはダイヤルを回して決めるらしい。

 綺麗な女の子が歌ったり踊ったりする映像を期待していたのに、どこのテレビもおじさんの演説ばかりだった。


「もっとこう、面白い番組をやればいいのに」


 やがて商店街に戻ってきたが、途方に暮れてしまう。


「う~ん」


 前を歩いていた女の尻を無意識に追いかけていると、スイングドアが揺れるのが目に入った。


「……酒場……かぁ」


 情報収集の基本だ。

 少なくともタローが読んだ漫画ではそうなっていた。

 建物はくすんだ再生材料で出来ていて、窓には鉄格子がはまっている。

 中は賑わってるようで、時折大声で笑う声が響いていた。

 店内に入ると、一瞬静かになり、客たちの視線がタローに集中した。

 思わずたじろぐ。


「あ~ら、かわいいボウヤじゃない」


 やたらに化粧の濃いおばさんがキセルを灰皿にポン、と叩きつけた。

 かわいいとは心外だったが、シティーボーイはいちいち人の言う事に構わない。


 ……はずだったが、自分など場違いではないかと顔が真っ赤になってしまう。


 客層はいかにも労働者ふうの人たちで、別にチンピラのたまり場といった感じではない。

 絡まれて返り討ち、といった展開にはならなそうだ。

 いかにも事務員っぽいおじさんでも、タローよりは強そうではあるが。

 タローはカウンターの空いた席に座ると、さっきもらった小銭を置いた。


「いらっしゃい。何にする?」


「ターキー。ロックで」


 タローは椅子の上で足を組むと、右手で顔を半分隠すカッコイイポーズを付けた。

 この間読んだ漫画で、主人公が同じように頼んでいたのだ。


「アホか。ボウヤはこれでも飲んでろ」


 アロハシャツにドレッドヘアー、サングラスの店員が出したのはミルクだった。

 周りの客は大笑い。

 恥ずかしかったが、それでもタローはミルクを飲んだ。

 お金は払ったし、出された物を残すのは失礼だと思ったからだ。

 なんのミルクだろうか。

 味は悪くないが、牛乳ではないようだ。

 怖くて聞けなかった。

 タローは一時期、牛を飼ってた事がある。

 野生の牛が迷い込んできたのだ。

 一週間くらいで逃げてしまったが。


「あの……人を探してるんだけど」


「銀髪で赤い瞳の若い女? さあ、知らんな」


 それもそうだ。ホイホイとその辺をうろついている訳がない。


「じゃあ、金髪の偉そうな女の人と、マッチョで陽気な男と、何考えてるかわからない男の三人組は?」


「ああ、それなら――」


 ドアが乱暴に開き、よく通る美声が店内に響いた。


「ターキー。ロックで三つだ!」


「ヨーゼフ。お嬢様のぶんはノンアルにしろ」


 感情のこもっていない男の声が注文を訂正する。


「どっちでもいいから早くおし! レオンシオ、あんたも余計な事は言わなくていいからね」


 いかにもストレスを溜めていそうな女の声。

 この声をタローは知っている。

 忘れてはいない。

 タローは椅子を回転させた。

 すぐ近くのテーブルで酒を待っていたのは、筋肉モリモリマッチョマンの変態、目が死んでて何を考えてるのかわからない男、そして金髪のいつもイライラしていそうな女。

 見つけた。

 タローは勢いよく立ち上がり、三人組に詰め寄った。


「なんだァ? ボウズ、ここは酒場だぜ。ガキの来る場所じゃねぇ。こうなりてえか?」


 マッチョマン――ヨーゼフがこれ見よがしに、片手で爪楊枝を真っ二つにした。すごくも何ともない。


「子供を脅かすのはおよし。あ~嫌だ嫌だ。これだから野蛮人は」


 女――セリーヌが頼んでいたのは、ノンアルコールだったはずだ。

 どことなく頬が赤いように思えた。

 カラフルなドリンクにはハート型をしたストローが刺さっている。乙女だ。


「…………」


 無表情なレオンシオは、興味なさそうにペーパーナプキンで鶴を折っている。

 それはまあいい。

 タローはセリーヌに用があるのだ。

 あの日。

 いきなり現れて、タローの大切なアビゲイルを連れ去った三人組。

 リーダーはセリーヌだ。


「返せよ!」


「何のことかしら?」


「とぼけるな!」


 ヨーゼフが呆れたように額に手を当てた。


「お嬢! まァた借金っすか! オレぁもう知らねぇよ!」


「お黙り! アタシがいつも金借りてばかりみたいに言うんじゃないよ!」


 レオンシオは音も無く立ち上がると、二人に見えないようタローに小銭を差し出した。


「足りないと思うが。できれば待ってやってくれ」


 レオンシオは真面目そうに見えたのに、とんだ肩すかしだ。

 しかも、よく見たらビール瓶の王冠だ。


「あのねぇ、ボク」


 セリーヌが立ち上がり、タローの首に右腕を回してくる。

 柔らかいブロンドの髪が首筋に触れてこそばゆいし、なんか肩に柔らかいものが当たってるし、いい匂いがするのだが……。

 

 色仕掛けになんか乗らないぞ! 言うべき事は言ってやるんだ! と一発奮起する。


「ぼ、ぼくは――」


「アタシらに言われても困るの。ボウヤが恨むべきは、アタシらに依頼をした誰か。違う? だってアタシたち、依頼を受けてそれを遂行する事で報酬を貰う、フリーランスの傭兵なんだもの」


 確かにそうだ。それはカイザーからも聞いていた。確かに一理ある。しかし。


「でも、直接――」


「直接手を下したのはアタシたちね。依頼人はあなたの生死は問わないって言ったわ。でも、さすがに殺すのは可哀想だから助かる道を残しておいてあげたじゃない。カイザーを無傷で残してあげたでしょ? 感謝されてもいいと思うのよねぇ」


 確かにタローはカイザーを再起動できた。おかげで助かったというのはある。


「くそう! ぼくの肩におっぱいを押し当てて黙らせようってんだな!? そうはいくもんか! あのねえセリーヌ、だからといって――」


「そうね、だからといってアタシらに責任が無い訳じゃないわ。謝っておくわね、ごめんなさい」


 おっぱい。


「だ、だったら――」


「ごめんなさいねぇ。依頼人に関する情報は教えられないわ。こっちもプロだし、守秘義務ってものがあるもの」


 おっぱいおっぱい。


「でも――」


「でも、アンタにとってあのお人形は大切なものなんでしょう」


 開いたシャツの胸元から下着が見える。

 色は紫、カップはおそらくE、ないしはFと推測できた。

 いや、興奮している場合ではない。

 タローはセリーヌを押しのけると、アラサー美女を睨み付ける。


「人形って言うなよ。アビゲイルはアンドロイドだ」


「アンドロイドだろうとラブドールだろうと、別になんだっていいわ」


「だからアビゲイルを返してよ」


「アンタが何でもするというなら、手はあるけどぉ?」


 そう言うと、セリーヌはすごく悪そうな笑みを浮かべた。

 恐怖にタローのきんたまがすくみ上がる。


「アンタ、アタシたちが渡した一千万クレジット、まだ持ってるわね? まさか使っちゃったなんて言わないわよねェ」


「う、うん……あるよ」


 ヨーゼフとレオンシオが無言で立ち上がり、タローの後ろ左右に立った。

 何をする気だろうか。

 タローは無意識に尻を押さえていた。

 セリーヌは邪悪すぎる笑みを浮かべながら、タローの頬を両手で挟んでくる。

 目が血走っており、本気で怖い。


「明日、朝一でそれを持って『ピラミーダ・エクスプレス』に行きなさい。それを報酬にして、奪回の依頼を出すのよ。アタシたちにね」


「それ、マッチポンプっていうんだろ。ぼくは知ってるんだ。マッチで火を付け、人間ポンプで消化する事のたとえだ」


 消火である。


「何とでも言うがいいさ――」


 セリーヌは乙女チックなドリンクを一口飲むと、正面に向き直った。


「アンタ殺されるよ。天涯孤独のアンタが死ねば、アビゲイルの所有権は空白になるんだからね。ああ、そりゃあもう百パーセント確実に殺されるさ。それでもいいならご自由に」


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