第7話 地球最後のアンドロイド

「んん~!」


 ダクトテープのせいで喋る事もできない。

 どうにかして抜け出さなければならないが、タイラップは素手では絶対に切れない。

 どうするか、今までに得た知識と経験を総動員して考える。

 ブリキの塊が目に入った。

 カイザーをどうにかして再起動するしかない。

 スイッチはどこだろうか。

 タローは芋虫のように這いずり回り、カイザーに近づいた。

 カイザーは横倒しになり、微動だにしない。

 完全にシャットダウンされている。

 ロボットの電源は、頻繁に入れたり切ったりするものではない。

 基本的に入れっぱなしなのだ。

 たとえばアビゲイルはうなじのへこみを十秒以上長押しするとシャットダウンするが、あくまでも知識としては知っているだけだ。

 一度もやったことがない。

 カイザーのスイッチも似たような場所のはずだ。

 どうにかして背中に回り込むと……すぐに見つかった。

 ダクトテープで口を押さえられているので、鼻からため息を吐く。

 ナイフスイッチだ。

 管ヒューズや真空管などの古くさい部品を使っているので、不自然ではない。

 とにかく、縛られたままの手でもどうにか操作できそうだ。

 仰向けに倒れていたら少し大変だっただろう。


「んんっ」


 やけに固いスイッチを押し上げる。

 ハンドルを持って、軸に沿って反転させ、三つ並んだ接点を押し込む……。


 早く! 早く! 早く!


「ピポッ。……前回、OSが正しく終了されませんでした。スキャンディスクを実行します。ガガッ! ガガッ!」


 早くしてよと思ったが、カイザーはタローの焦りとは裏腹に数時間たってもガーガー言い続けるだけだった。


「ピ~ギョロロロロロ~プピ~」


 とてもうるさかった。


 *


「起きろ」


「ん……」


 目を開けると、カイザーが覗き込んでいた。

 タローを縛っていたタイラップとダクトテープは外されている。

 もう、夜は明けていた。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 読み込みの遅いパンチカードや磁気テープだったら何日かかった事だろう。

 ランダムアクセスができる磁気ディスクだからこそ、一晩で済んだのだ。


「グッド・イーティング(良い食事を)」


「カイザー。これはいったい何事? 君は事情を知っているんだろう?」


「うむ。そもそも我輩は、アビゲイルを回収する命令を受けてここに来たのだ。しかしモタモタしているうちに増援が来て、そいつらが連れて行った。人間どもはせっかちでいかんな」


「カイザーがアビゲイルを? だったらいくらでもチャンスがあったじゃないか」


「そうだな。チャンスはいくらでもあった。だが、アビゲイルにはオーナーがいたのだ。タロー、おぬしだ」


 カイザーは蛇腹の腕を組むと、口から煙を吹き出した。

 まるで葉巻を吹かしているおじさんのようだ。


「未成年の子供から、育ての親にも等しいアンドロイドを取り上げたら、きっとおぬしはひどくショックを受けるだろうな」


「そりゃそうだよ。でも、どうして無理矢理連れて行かなかったの?」


「おぬしの精神に危害が及ぶ恐れがあってな。それは三原則第一条に違反する。Aドライブに専用ソフトを入れて再起動しなければ、原則は破れぬ」


 戦闘ロボットは人間の定義をオーナーに限定することで、対人攻撃をも可能にする。

 事実上の三原則逸脱である。

 タローはカイザーのメンテナンスハッチの中に、二つ並んだ五インチフロッピーディスク・ドライブがあったことを思いだした。

 当然ディスクは空で、今カイザーは内蔵の大容量ハードディスク・ドライブから六四〇キロバイトものランダム・アクセス・メモリに基本プログラムをロードし、そこから起動している。

 ハードディスクの容量は三〇〇メガバイトも入るらしい。


「そもそも我輩の任務に期限は無かった。おぬしが老いて死んでから、堂々と連れ帰るつもりだったのだ」


「気が長いなぁ」


「我輩のオーナーは複数の人間の集団――つまり『法人』なのでな。寿命の概念は無い」


「う~ん?」


 わかったような、わからないような。


「あの三人は『法人』に雇われた外注のフリーランスだろう。我輩の動きが鈍いので、フォローに来たようだ。いずれにせよ、おぬしには辛い思いをさせてしまったな」


 そこでタローは違和感に気付いた。

 フォローに来たのなら、なぜカイザーはここにいるのだろうか。


「置いて行かれた訳ではないっ!」


「何も言ってないよ! それはいいから、『法人』って?」


「以前も言ったが、マイヤー・オフィスだ。アーコロジー・ピラミーダ第三層Aブロック一の八」


「ん、わかった」


 それだけ聞けばじゅうぶんだった。

 タローは袋にありったけのコロッケと水筒、ナイフ、オイルランプ、マッチなどを詰め込んで、肩に紐をかけた。


「ニワトリ小屋の扉も開けておかなきゃな」


「何のつもりだ、タロー」


「決まってるじゃないか! アーコロジーに行って、アビゲイルを取り戻すのさ!」


 タローは勢いよく家を飛び出し、数歩歩いたところで立ち止まった。


「……アーコロジーって……どこ?」


 後ろから、少し油の足りない駆動音が近づいてくる。


「やる気ばかりが空回りしているようだな。若いうちにはよくある事だ。勢いに任せてがむしゃらに突き進むも、やがて壁にぶつかり、行き先を見失って立ちすくむ。……思ったよりも早かったな」


「イヤミなやつだなぁ。確かに十歩で道を見失ったけどさ」


 カイザーは蛇腹の腕で器用に腕組みすると、口から煙を吹き出した。


「多くの者は、そこでジ・エンドだ。だがタローよ、うぬは運が良い。我輩のような偉大な指導者が、目指す場所への道を示してくれるのだからな」


「このポンコツロボットめ! 偉そうだな~!」


 *


「しかしお嬢、やりますねぇ!」


「お黙りヨーゼフ。アンタは運転に集中しな」


「うっす! ククク、五十万か……何を買おうかな。トレーニングマシンのカタログ、どこだっけ……」


 イソポーダ号の後部座席。

 セリーヌは隣に座る銀髪の少女人形の髪を撫でてみた。

 もちろん、何の反応も無い。


「どーして男ってのは、こういうの好きなのかねぇ……」


 こうしてまじまじとアビゲイルを見るのは初めてだった。

 ケン・シミズの理想の女性像として造られた人形。

 セリーヌの目から見ても、確かに美しかった。

 見た目だけなら人間そのものだが、しょせんはアンドロイドと油断していた事が失敗だった。

 ハナコの事からすっかり目をそらされてしまったのだ。

 レオンシオが振り向く。


「しかしお嬢様、あの少年をそのままにしてよかったんですか?」


「アタシたちの任務は何? このお人形の強奪でしょ。持ち主は関係ないわ」


「そりゃあ、そうですが。持ち主が居ないとあまり役に立たないでしょうに」


 基本的に、他人のロボットを好き勝手に使う事はできない。

 しかし、三原則第二条を単純に読めば、そんな事は書いていないのだ。

 ここでも人間とは持ち主を指している。


「知った事じゃないわ。それに、どうせ説得しても無駄よ、無駄」


「と、言いますと?」


「母親代わり、姉代わり、友達代わりのアンドロイドを渡せなんて言われて、はいそうですかは無いでしょ。これで良かったのよ。あのブリキもいるし、死にはしないわ」


 あるいは恋人代わりでもあるかもしれない。

 しかし、セリーヌはそこに触れるのを避けた。

 あの少年、タローは父親のケンに瓜二つだ。

 悲恋に終わった初恋を否応なしに思い起こさせる。


「なるほど。でも、殺してしまえば否応なしに所有権は空白になります」


「あのねえレオンシオ。アタシらは――」


「殺しはやらない。ですよね? わかっています」


 エクスプレス所属のフリーランスは、ある程度自由に仕事を選ぶ事ができた。

 それに、一応規約で殺人を含む違法行為は禁止されている。

 仮にオーナーの殺害が依頼されていた場合、規約違反を盾に拒否ができた。


「ま、あのマヌケな依頼人が知らねーのも仕方ないっすよ! たぶん異変の時、五歳とかそのくらいじゃないっすか?」


 ヨーゼフの言う事はもっともだ。

 ちゃんと話は聞いていたらしい。

 セリーヌは横で微動だにしないアビゲイルの頬を撫でた。

 動力が停止しているため、体温は無い。

 しかし、滑らかできめ細かい肌だった。


「……別に今さら。どうこう思っちゃいないけどねぇ」


 人間と見分けの付かないアンドロイドは、いやあらゆるロボットは、今ではもう造られていない。

 時期的に、アビゲイルが最後に造られたのかも知れなかった。

 あの頃、セリーヌはアビゲイルをせいぜい動く等身大美少女フィギュア程度に思っていた。

 ケンは全く女性に縁が無かったからだ。

 実際にアビゲイルを見ても、セリーヌはその欺瞞を続けた。

 現実から目をそらし続けた。


 そして、十五年前の異変。

 あの混乱の最中、誰もが自分の事だけで精一杯だった。

 目も眩むような破壊と炎、そして混乱。電気や上下水道といったライフラインの途絶は、多くの力ない者たちが犠牲になった。

 何が起こったのか、セリーヌにも正確な事はわからない。


 ピラミーダ内部における力の均衡を目的として運営されていたピラミーダ・エクスプレスは、当時ももちろん存在していた。

 ケンがアビゲイルを購入できたのはエクスプレスでの活躍が大きかっただろう。

 彼の家は決して豊かではなかった。

 リスクがあっても手っ取り早く稼げる仕事といえば、エクスプレスしかない。

 まさかセリーヌ自身がエクスプレスに所属するなどとは、夢にも思わなかった。

 セリーヌの両親が残した莫大な借金を返す手段は、現実的に他には無かった。


「そうねぇ。やっぱり若い子がいいわよねぇ……」


「はあ?」


 イソポーダ号の正面モニターに、巨大な三角形が映っていた。

 アーコロジー・ピラミーダに着いたのだ。

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