第39話 過去

 結婚式を終え、それにまつわる諸々のバタバタも落ち着いてきた頃――。


「うーん、結局分かんねーなぁ」


 総也はパソコンのキーボードを叩きながらうんうん唸っていた。


「名前までは特定できた。……というか、そこに関しては真理亜自身から聞いたことなんだけどさ」


 独り言をつぶやきながら、総也は情報を検索する。

 今、彼は警視庁のデータにハッキング(もちろん不法)をして、とある犯罪者の情報について調べているところだった。


「行方不明……行方不明なぁ……。普通、凶悪犯罪者を釈放した後にそいつの行方を見失うなんてことあるかぁ?」

「なーにぶつぶつ独り言言ってんの? キモいわよ?」

「うわぁっ!?」


 背後から突然話しかけられ、総也が素っ頓狂な声を上げる。

 思わず後ろを振り返ると、そこには何やらレポートのようなものを手に持った玲奈が立っていた。


「はいこれ。頼まれてた資料」

「あ、ああ。ありがとう。あのな、玲奈。部屋に入る時はノックくらいしろ、と……」

「したわよ。兄さんこそ、人と話す時くらいヘッドホン外したら?」


 総也はヘッドホンで音楽を聴きながら作業をしていた。

 なるほど、だから玲奈のノックの音や、部屋に入ってくる音を聞き逃したのだろう。


「ああ……すまん」


 総也はヘッドホンを外し、玲奈の持ってきた資料に目を通す。

 特に不審な点は見当たらなかった。

 件の男が行方不明となっていること以外は……。


「で、なんでこんなこと調べさせられたのか教えて欲しいんだけど。刑務所から出た連中がいま何をしてるかだなんて……」


 玲奈は露骨に機嫌が悪そうだった。

 どうも、いつも以上に機嫌が悪い。

 総也の勘が、何かあったなと直感した。


「ああ、いやな? この時期にこの刑務所から出所した受刑者の消息について調べてもらったわけだが、今この男の消息について調べててさ……」


 総也が、パソコンの画面を玲奈に見せる。

 それは、とある凶悪犯罪者のプロフィールだった。

 犯した罪は、強制性交等罪――即ち、大昔で言うところの強姦罪だ。

 加えて、彼は真理亜をレイプした張本人でもあった。


わたくしの膣内に残存していたあの男の精液からDNAを採取して、以前に服役していた受刑者の遺伝子と照合をしました。その結果、あの男が何という名前だったかまでは分かったのです。ですが、それ以外の情報は全くの不明でした。家族構成すらも分からなかったのです……』


 総也は、ずっと前に真理亜が言っていたことを思い返しながら続けた。


「名前は、岩山いわやま 忠司ただし。まぁ、その、なんだ。昔、真理亜をアレした……」

「ああ、そいつ」

「ん?」


 玲奈の反応は、多大に侮蔑を孕んだものだった。

 ゴミを見るかのような視線で、玲奈はパソコンのディスプレイを睨みつける。


「そっかそっか。あいつ、来音さんのことまでレイプしたんだ……」

「なんだ、玲奈……? 知ってるのか……?」

「知ってるも何も――」


 玲奈は、最大限の軽蔑を込めながら、言葉を吐き捨てた。


「こいつ、私のパパだもん」


 空気が、凍り付いた――。


「は……?」


 総也が、再び素っ頓狂な声を出す。

 玲奈のパパはそもそも七也であり、こんな男のことをパパと呼ぶ理由が――とまで考えたところで、総也は気づく。

 この男は、もしかしたら玲奈の生みの親なのではないか、と――。


「そう。こいつは私の本当のパパ。そして――私の最初のオトコ」

「は、え……?」


 総也は、三度素っ頓狂な声を出す。

 玲奈の発言は、いちいち総也の想像の斜め上を行く内容をしていた。


「私のバージンはこいつに奪われたって言ったの。ロリガキだった頃の私のこと、こいつはレイプしたのよ」


 淡々と、事務的に玲奈は過去を語る。

 総也は、玲奈の語る真実に言葉も返せない。


「ママは私と違っておっぱい小っちゃかったけど、こいつがママを結婚相手に選んだ理由、今なら分かるわ。見た目がロリータだったからよね。あのロリコンめ」

「れ、な……」


 玲奈が訥々と語る。

 その瞳は闇を反映していて、なにか憎悪のような、諦観のような、絶望のような色が混ざり合ったものを孕んでいた。


「で、私の殺人バージンもこいつよ。行方不明なんて書いてあるけど、こいつの行方が明らかになることは永遠にない。だって、私が殺したんだもの」

「え……?」


 都合四度、総也は素っ頓狂な声を出した。

 その事実はそれほどまでに衝撃的で――絶望的だった。


「何があったか知りたいって顔してるわね。……いいわ。気分は最悪だけど、兄さんの顔に免じて話してあげる。あの日、何があったのかを……」


 そして、玲奈は真実を語り始めた――。


********************


「なぁっ? 本当なんだろうな? 俺の玲奈に会わせてくれるっていうのは……!?」

「ああ、本当だとも。この部屋の中に、玲奈はいる」

「おおっ、ありがとう……!」


 どこか分からない闇の中を、2人の男が歩く。

 1人は岩山 忠司。

 玲奈を犯し、そして昨日、真理亜を犯してきた大罪人だ。

 そして、もう1人の男は――。


 忠司は、闇の中、手探りでドアノブを探り当て、その部屋の中に入る。

 果たして、部屋の中から光が差し、その光に照らされながらその少女は立っていた。


「おお、おお……! 玲奈……! 俺の玲奈……!」


 男が、感極まったかのような声を上げながら、よろよろと少女――玲奈に近づいていく。

 玲奈は、男を――自分の実の父親のことを、無感情な視線で見つめていた。


「玲奈……ああ、会いたかったよ、玲――」


 パンッ……!


 その、乾いた音が部屋に響く。

 紫煙が立ち上る。

 男は、何が起こったのか分からないといった顔をした直後、激痛に顔を歪めた。


「がっ、ああああああああっ!?」


 地に伏し、激痛にのたうち回る。

 何が起きたのか。男には分からなかった。


 玲奈が、とぼとぼと男に近づいていく。

 その足取りは幼く頼りないが、しかし、着実なものだった。

 愛する娘が――最も、彼の愛とは酷く歪なそれだったが――今は死神となって彼に近寄ってきていた。


 そして、玲奈はそれをのたうち回る男に向ける。

 男は、わけがわからないと言わんばかりの視線を愛娘に向けた。


「れ、な……? なん、で……?」

「そっか。わかんないんだ。パパは最期までおバカさんだったんだね」


 そして、玲奈は容赦なく拳銃の引き金を引いた。


 それきり、男の身体は動かなくなった。


 男は、2発目の弾丸によって、事切れていた――。


「パパー!!」


 玲奈が、部屋の入口に姿を見せた、自分の父親へと駆け寄っていく。

 そして、その腰に玲奈は思い切り抱き着いた。


「おお、玲奈。よくできたな。偉いぞ。よしよし」


 新たに現れた男――即ち、桐崎 七也は、義理の娘の頭を優しく撫でる。


「えへへー♪ ぜんぶぜんぶ、パパのおかげだよ。パパがぜーんぶ教えてくれたから、あたしはこいつを殺せたんだ♪」


 玲奈は、七也の身体に顔をすりすりしながら甘える。

 それは、とても幸せそうな姿だった。

 七也は、憐憫を込めた視線でその死体を眺めながら、いつまでも義理の娘の頭を撫で続けていた――。


********************


「いや、待て。なんでそこで親父が出てくる?」


 総也が、真理亜の話を遮った。

 今の話じゃまるで、玲奈が自分の生みの親を殺すための舞台を、七也がセッティングしていたかのようではないか。


「そりゃそうでしょ。お父さんくらいの権力でもないと、娘をレイプした父親を、その被害者の娘に会わせることなんてできるわけないじゃない」


 玲奈の言うことは一理ある。

 普通、強姦の加害者が被害者と面会を許されるなんてことはあり得ない。

 加害者が執念で被害者を見つけ出すことはあったとしても、だ。


「だが、だとしたら――いや、待て、玲奈。お前、岩山 忠司のことを殺した日がいつか、思い出せるか?」

「ええ、もちろん。忘れるわけないわ。私があのクソ親父の鎖から解き放たれた、記念すべき日だものね――」


 真理亜が、初めて笑顔を浮かべる。

 それは、獲物を前にした、獰猛な肉食獣のような笑みだった。

 そして、その日にちが告げられる……。


「そんな……じゃあ……!」


 岩山 忠司は、刑務所を出所したその日に真理亜をレイプしに行き、そして、次の日の明け方に玲奈に殺害されたことになる。

 そうでないと、今の今まで総也が調べてきた彼の出所の日のデータとつじつまが合わない。

 だが、そんなことが果たして可能なのだろうか?

 誰かの手引きがなければ、そんなことは不可能だ。

 絶対に、できない。

 出所したばかりの無一文の受刑者が、その日の内に真理亜を拉致してレイプするなど、不可能なのだから――。


「……親父に会いに行ってくる」

「ええ、いってらっしゃい。多分、兄さんが考えてる通りの話になると思うわ」


 玲奈が、笑みを浮かべながら答えた。

 総也は、少しだけ逡巡した後、金庫を開けて拳銃とサバイバルナイフを取り出す。


「着替えるから出ていってくれ」

「いいわよ。健闘を祈ってるわ」


 玲奈が、総也の寝室を辞する。

 総也は、軍服に着替え終わるとスマホで真理亜に電話をかけた。


「もしもし、真理亜? 今から至急、戦闘準備をしてくれ。大事な話があるんだ――」


 総也は、いつになく鋭い視線で中空を睨みつけていた――。

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