第37話 結婚式

 その次の日、真理亜は学園を訪れた。

 とはいえ、休学はそのままだ。

 単に、顔見せのために登校したに過ぎない。

 が――。


「来音さん……それ……!」


 クラスの女子が、真理亜のそれに目ざとく気づく。

 左手の薬指に付けた指輪に、クラス中がワッと湧いた。


「桐崎の奴、やりやがった!」

「来音さん、おめでとう!」


 クラスのその反応に、総也と真理亜は面映ゆいやらこそばゆいやら、顔を真っ赤にして俯くのだった。

 特に、真理亜の感激はこの上ないものだった。

 自分がクラスに歓迎されてるとは思っていなかった真理亜である。

 そもそも、彼女は特定の友人を作っていなかった。

 そんな彼女が、クラスの皆に祝福されている。

 真理亜はそれがたまらなく嬉しかった。


「いいなー。俺も金欲しいわ」


 奇妙な反応をしてみせたのは、総也の親友の義人だった。


「ん? どういう意味だ?」


 総也も、親友のその発言の意味は図りかねた。


「んにゃ。なんでもねーよ」


 ニヤニヤと微笑む義人の姿に疑問を覚えつつも、総也はまたクラスの皆にもみくちゃにされる作業に引き戻される。


「あと……」


 真理亜が、幸せそうにそっとおなかをさすってみせた。

 その所作に、クラスの女子が「うそっ!?」と口元を覆ってみせた。

 クラス中が、またワッと湧く。

 クラスの男子などは、総也をとっ捕まえて「このこの~!」と総也を弄り倒してきた。


 災難だ。

 総也は思った。

 真理亜が「登校する!」と言い出した時からこうなることは予測できていたが、予想通り酷い目に会った。

 だが、それも心地よい鬱陶しさだった。

 こんなのなら悪くないと、総也は思えたのだった。


「8月に結婚式を挙げる予定です。その……実際に籍を入れるのはまた今度になりますが……」


 その言葉に、女子たちが「マジで!? 絶対行く!!」とまた湧いた。

 男子も男子で「来音さんのウェディングドレス姿かぁ……」と不埒な発言をするのだった。

 男子のそんな反応に総也と真理亜は苦笑しつつ、真理亜は席を立つ。


「じゃあ、真理亜は今日顔見せに来ただけだから……」


 真理亜の休学は取り消されていない。

 当然、授業を受けることは叶わないわけだ。

 その言葉に、クラスの皆はやっとしょぼーんとなってくれた。


「仕方ないだろ、いま真理亜は大変な時期なんだから……」


 総也がフォローすると、主に女子たちの援護が得られた。

 将来、自分たちもこうなるかも知れない。

 そういった当事者感が、女子たちの連携を生んだ。

 結果、特に事件が起こることもなく真理亜は家に帰ることができたのだった。


「総也、やってくれたな……!」


 後に残された総也は、クラスメイト達のおもちゃとされていた。

 真理亜が妊娠したということは、つまりヤるべきことをヤったわけで、総也は主に男子たちにいびられまくったのだった。


 特に、修の弄り方は酷かった。

 普段真面目な彼が、ここぞとばかりに総也を揶揄してくる。

 やれ「俺たちの盟約はどうした」だの、やれ「これじゃ気軽に総也を風俗にも誘えないじゃないか」だの、それはもう酷いものだった。

 総也はそれに対して「ははは……」と乾いた笑いを漏らすだけだった。


 その日の授業は充実したものだった。

 この2ヶ月間、終始上の空だった総也も、どうやら授業や実習に身が入ったようだった。

 そして、放課後は真っ先に真理亜の下に帰って、彼女の面倒を見る。

 実際にできることはそばにいて手を握る程度のことだったが、それだけでも真理亜にとっては、そして総也にとっては幸せなことだった。


「ダーリン、好き……好きよ……」

「俺もだ、真理亜……愛してる」

わたしも……愛してる。いっぱい、愛してる」


 そして、今日何度目かのキスをする。

 2人は見つめ合った。

 そして、2人は視線を真理亜のおなかに落とす。


「ダーリン……その、本当にごめんなさい。でも、もしあなたがよければ……」

「そんな顔するなって。確かに、あの時は辛かったけど、今は真理亜と同じ気持ちだから……」

「ダーリン……本当に、ありがとう……」


 真理亜の顔に、二筋の涙が流れる。

 本当に、泣いてばかりの娘だ。

 総也は思った。


 総也とて、この赤ちゃんができるまでの過程に思うところがないわけではない。

 でも、どんな過程を歩んで生まれたのだとしても、このおなかの中にいる赤ん坊に罪があるわけではない。

 総也は、その生まれてくる命に対して全てを捧げる心意気でいた。


 真理亜がおなかをさする。

 総也は、その手の上に自らの手をそっと重ねた。

 真理亜が総也を見上げる。

 総也が真理亜を見つめ返す。

 そして、2人はキスをする。


 その日は、日が暮れるまでの間、そんなことを繰り返していた――。


********************


 そして、その日はやってきた。

 真理亜の容態も落ち着いてきた妊娠4ヶ月のその日。


「お嬢様、ピッタリですよ」


 マタニティ用の特注のウェディングドレスを身に纏った真理亜が、はるかの称賛を受ける。

 4ヶ月ではおなかもそう目立たない。

 だが、少しでもおなかの赤ちゃんの負担が少なくなるよう、真理亜は特注のドレスを取り寄せたのだった。


 結局、藍殿と史紋の件によって、来音邸の従業員はその大半が退職した。

 遥は事件の際に真理亜と史紋の側に付いていたのもあり、今では立派なメイド長だ。

 とはいえ、遥がすべき仕事は決して増えたわけではない。

 何故なら、新たに購入したメイドロボたちが、大半のことはこなしてくれている。

 今もこうして、家のことはロボットに任せつつ、真理亜のお世話をしに外に出ている次第なのだった。


 姿見の前で、真理亜が深呼吸する。

 肩まで露出したウェディングドレスは、真理亜の深い胸の谷間を強調していた。

 マタニティ用なのでコルセットはついていない。

 ゆったりとしたデザインのドレスは、真理亜の下半身を白で覆っていた。

 これから、この姿を総也に見てもらうのだ。

 真理亜の胸は自然と高鳴った。


 新婦の控室を出ると、ロビーでは総也がマスコミの質問攻めに会っていた。


「総也さまはたいへんお若く、奥さまもお若いですが、奥さまはご妊娠されているとか?」

「事実です。ですが、このことは私たちが決めたことであり、父の関与は一切ありません」

「お若いのでは、今後ともたいへんでしょう? 今後のご予定は?」

「現在、妻は休学中です。私もいずれは休学を取り、育児に勤しむ所存でございます」

「先ほど、奥さまのご妊娠はお二人で決めたことと仰られましたが、それは具体的にはどういうことですか?」

「私たちの親はもう若くはありません。孫の顔を見せるなら、早ければ早いほどいいだろうということで、二人で相談して今回のことは決めました。……来音 藍殿氏が2ヶ月前に亡くなり、結婚式が間に合わなかったというのは痛恨の極みです。可能なら、もっと早くに挙式をしたかった」


 マスコミ対策で事前に考えていた内容のスピーチを、総也はスラスラと述べていく。

 その向こうでは、七也が同じようにマスコミの質問攻めに会っていた。


「息子さまと奥さまのご婚約は、総理自らが仲介なされたという情報筋があります。このような結果になったことに関して、何か思うところはございますか?」

「二人で決めたことですから、わたくしとしては何も申し上げることはございません。一つだけ申し上げるのでしたら、晴れ着姿と孫の顔を私たちに早く見せたいという彼らの心意気は、親としてたいへん嬉しく、誇らしいものではありました」

「総理、次の質問ですが――」


 矢継ぎ早に繰り出されていくマスコミの質問攻めに、七也は的確に当たり障りのない内容の返答をしていく。

 政治家としての年季を感じさせる貫禄だった。


「新婦さま、ご到着ですっ!!」


 その言葉に、その場にいた全員が振り向く。

 果たして、真理亜のウェディングドレス姿は、マスコミですらも見とれるものだった。

 怜悧な美貌は真っ白なドレスによってさらに際立ち、しかし妊娠した成熟した女性としての色気もまた強調されていた。

 真理亜は総也と目が合う。

 すると、総也はマスコミを制して、真理亜の方にやってきた。


「お疲れ様、真理亜。とても似合っているよ」

「ありがとう。あなたも、とても似合ってるわ」


 総也は、白いタキシードを身に纏っていた。

 ガッチリとした細マッチョはタキシードのシルエットを強調していて、頼もしさを感じさせた。

 総也が真理亜の手を取る。

 白い手袋の上からサファイアの婚約指輪が輝いていた。

 すぐに真理亜は総也の腕に抱きつき、式場の外で待機した。


 七也が式場へと入っていく。

 マスコミは披露宴まで待機だ。

 騒がしい披露宴になりそうだな、と総也は苦笑した。


 牧師が開式の宣言を行う。

 今回の挙式にあたり、総也はプロテスタント教会の洗礼を受けていた。

(もちろん、真理亜は信徒である)

 今回の式を取り仕切ってくれるのは、総也に洗礼を授けてくれた安達あだち ひかる牧師だった。


「新郎さま、ご入場です!」

「それじゃ、あなた? いってらっしゃい」

「ああ」


 真理亜が手を放し、総也が式場へと入っていく。

 真理亜はその後ろ姿をしっかりと目に収めた。

 一生に一度しかない、晴れ舞台だ。

 二度と忘れないよう、真理亜はその眼に総也の晴れ姿をしっかりと焼き付けた。


********************


「新婦さま、ご入場です!」


 来場していた全員が礼拝堂の入口を振り向く。

 そこからは、ヴェールを降ろした真理亜がしずしずと礼拝堂に入場してきた。

 白いバージンロードの上を、1人で歩んでいく。

 そして、真理亜はやがて総也の隣まで辿り着いた。


 讃美歌が斉唱され、安達牧師が聖書朗読、祈祷を行う。

 そして――。


「桐崎 総也どの。あなたは今、神の前に立ち、この女性と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなるときも、病める時も、彼女を愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り、堅く操を守ることを誓いますか」

「はい。誓います」


 新郎が誓約の言葉を口にする。

 続いて、安達牧師は新婦の方に向き直った。


「来音 真理亜どの。あなたは今、神の前に立ち、この男性と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなるときも、病める時も、彼を愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り、堅く操を守ることを誓いますか」

「はい。誓います」


 新婦が誓約の言葉を口にする。

 ここに結婚の誓約は成立した。

 2人は結婚指輪を交換し、互いの左手の薬指にはめる。

 真理亜の左手には、2つの指輪が輝いていた。


 新郎が、新婦のヴェールを上げる。

 真理亜の瞳は、感極まったかのようにうるんでいた。

 総也はそっと真理亜を抱き寄せ――。


「んっ……」


 ここに、誓いのキスが成った――。


********************


 披露宴も大盛況に終わり、2人は事前に予約していたホテルの1室へと帰ってきていた。


「あー、疲れた。マスコミの連中がウザいのなんの……」


 総也が、白いタキシード姿のままネクタイを緩めようとする。

 それを真理亜は静止した。


「あなた、そのままでちょっと待っててね?」


 制服姿の真理亜が部屋を出ていく。

 何事だろうかと待たされること数十分。

 やがて、真理亜はその姿を現した。


「あなた……見て……」


 真理亜は、再びウェディングドレスをその身に纏っていた。

 お化粧もバッチリ直し、準備万端といった様子だ。


「うん。見てるよ。とても、きれいだ」

「あなた……ありがとう……!」


 待っている間にネクタイをきちんと直していた総也が、ウェディングドレス姿の真理亜を抱き締める。

 2人は互いを見つめ合い、やがて今日2度目の口づけを行った――。

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