第23話 牢獄

 闇色のゲートを通り抜けた時、総也は暗い石畳の部屋にいた。

 すぐ傍らに、目元までフードを深く被った黒ローブの魔法使いたちが数人いる。

 彼らは総也の存在を視認すると、すぐに駆け寄ってきて、総也を取り押さえようとした。


「くっ……!」


 総也は身を捩って拘束から逃れようとしたが、それ以上身体は言うことを聞いてくれない。

 何故なら、ギアスによって強制された10メートルの歩行の内、総也の身体はまだ7メートルほどしか歩いていなかったからだ。

 あと3メートル歩くまでは、総也の身体の自由は元に戻らない。


 結局、総也の身体は押し倒され、手枷と足枷が嵌められる。

 それでもなお、彼の身体はあと3メートルの距離を歩こうとジタバタしていた。


「ギアスを解除する」


 恐らくは、総也の後を追って闇のゲートをくぐっていたのだろう未来が、そう言葉を発した。

 途端、彼の身体は歩行しようとするのをやめる。

 ――やめたところで、既に彼の身体は四肢が拘束されてしまっているのだが……。


「無駄なことは考えない方がいいよ。その枷には魔力エネルギーが枷をかけられた人に集中するのを阻害する効果がある。その枷をはめられている間、総也は魔法を使うことができない」


 そう、未来が宣告する。

 丁寧なことだ。

 そんなことをわざわざしなくても、総也にはマトモな魔法など使えないというのに。

 そんなことよりも、手枷を前ではなく後ろ手にかけてしまった方が、何倍も効果的だっただろう。

 そんなことは口に出さず、総也は地に伏したまま未来のことを睨んだ。


「お前は穏健派とやらじゃなかったのか? こんなことして、あの親父が黙って見ていると思うなよ?」


 今の総也にできることはない。

 悔しいが、今は父親の力を頼るしかないのが現状だった。


「前にも言ったじゃん。これは上の人たちの命令だって。ボクはね、上の人たちには逆らえないんだ。だから、これは穏健派、強硬派は関係ない話だ」


 どこか悲し気な視線で総也のことを見下ろしながら、未来が答える。

 しばしの間、睨み合う展開が続いた。


「……花梨に何をした」


 沈黙を破ったのは総也の方だった。

 それに対し、未来は首を横に振る。


「本当にボクは何も知らないんだ。ボクがこの牢屋で花梨を見つけた時、花梨は既に記憶喪失になっていた。恐らく、協会に所属している内の誰かが、彼女の記憶を消したんだろうね。そして、それは恐らく花梨を誘拐した張本人だろう」


 未来が石畳の上に行儀悪く胡坐をかく。

 スカートの間からパンツが見えたが、今はそんなことはどうでもいい。


「花梨のことをお母さんのところに返してやりたいと思ったのも本音だ。ボクがそのことを上層部にお願いしたら、上層部は代わりに総也の身柄を確保してこいと命令してきた。……ボクに拒否権はなかった。ごめんね」


 そう言いながら、傍らに待機していた黒ローブの魔法使いたちに、未来は命じる。


「彼を牢屋に繋いでおいてくれ。くれぐれも、手荒な真似はしないように。大事な大事な捕虜だ。我々最大の敵の息子さまだからね」


 そうして、魔法使いたちは総也のことを立たせて、牢屋の中へと連れていく。

 その様子を、未来はずっと見つめていた。


「こうなるまで気づかないだなんて、ボクはとんだ大馬鹿者だね」


 左の胸を痛そうに押さえながら、未来は顔を背ける。

 その頬には、涙が伝っていた――。


********************


 どこか見知らぬ部屋――。


「話が違うっっ!!」


 未来の怒号が部屋中に響いた。


「総也の記憶は消さないでやってくれ!! 頼む、お願いだ、それだけはやめてくれ……!!」


 それに対し、未来に対峙する複数人の者たちが、何か口にする。

 その内容は、未来を絶望させるに十分すぎるものだった。

 だが――。


「……分かった。その条件を飲むよ……。ただ、1つだけ譲歩してほしいことがある」


 未来がその内容を口にする。

 対峙する者たちは、条件付きでそれを許可した。

 未来は悔しそうに顔を伏せ、しかし、小さく縦に頷いたのだった――。


********************


 この牢獄に囚われてから、いくばくの時が流れただろうか。

 それは、1日かもしれないし、たったの10分程度かもしれなかった。

 何も情報が与えられない状況というのは、精神を苛むのに十分すぎる。

 とはいえ、1日は経っていないだろうと総也は思い直した。

 この状況、経過した時間を長めに誤算することは多々あれど、短めに誤算することはないだろう。

 まだ彼が牢獄に捕えられてから、大した時間は経っていないはずだ。


 他の根拠もある。

 何故なら――。


 カツ。カツ。カツ。


 そう考えていたところで、階段を降りる足音が聞こえる。

 どうやら訪問者のようだった。

 ギイッと音を立てて、牢獄の入口の木戸が開く。

 総也はジロリとその音がした方角を見た。

 そこにいたのは、黒いローブを身に纏った3人の背の低い魔法使いだった。

 特に1人はその中でも一際背が低い。

 恐らくは未来だろう。

 総也は当たりを付けた。

 3人は無言で、総也の捕えられた牢獄の鍵を開ける。

 そして、3人は牢獄の中に入ってきた。


「なんの用だ……」


 石畳の上にあぐらをかきながら、総也がぞんざいに尋ねる。

 手枷から伸びた鎖が牢獄の壁に繋がれていて、牢獄のとびらが開いた程度では彼は逃げることは叶わない。

 時間が解決してくれるのを待つ他なかった。


 ファサッ……。


 未来と思しき魔法使いが、ローブを脱ぎ捨てる。


「なっ――!!」


 総也は、驚愕の声を上げた。

 ローブの下、その姿を現した未来は――。


「ごめんね……」


 ――その身に何も纏っていなかったからだ。

 未来は涙を流しながら総也の下に跪いた。

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