第14話 派閥

 高遠たかとお 未来みらいと名乗った少女。

 彼女は明日香を思い起こさせる眼で、ソウのことを見上げた。


「てなわけでー。ボクはお姉ちゃんのことを殺した総也のことを許しません! 必ずこの手で殺します!」


 そして、くるくるびしぃっとソウのことを指差す。

 どうにも調子が狂うノリだった。


「よく言う。殺せるならとっくの昔に殺しに来てるだろう。俺を殺すチャンスなどいくらでもあったはずだ。なのに殺してないということは、何らかの理由で殺すことができないか、殺す気がないかのどちらかだ」

「にゃははー。バレたか。そうだね。ボクは総也のこと殺す気はないよ。今のところは、だけどね。今日も、総也だけは記憶を消すに留めるつもりだったし」


 ミリィは、ちらっとソウの後ろにいるメアリーを見遣る。

 雰囲気だけで分かった。

 メアリーは明らかに殺気を放っている。


「メアリー、落ち着け」

「ですがっ……! ソウくんは殺されかけたのですよ!? そんな小娘の言うことを信じるんですか!?」

「おおっ? 総也、ソウっていうんだー。ソウ。ソウ。いいね、ソウ!」


 無邪気な笑いを浮かべるミリィに対して、憤怒の表情を見せるメアリー。

 一触即発の空気となっていた。


「もう一度言う。メアリー、落ち着け。ここで争っても何にもならん」

「こうなったらログアウトを封じて――」

「落ち着けと言ってるだろう!!」


 メアリーの方を振り向いて、叱りつける。

 途端、メアリーは露骨に動揺してみせた。


「あ……ごめんなさい、ソウくん……。お願いですから、私のこと嫌いにならないでください……」


 何もそこまでは言ってないのだが。

 相も変わらず情緒不安定なメアリーなのであった。


「ふーん? ソウ、そのメアリーって女と付き合ってるんだ? 他人の大事な大事な姉貴を殺しておいて、幸せになろうなんて随分薄情な奴だねー」


 ミリィがニヤニヤと笑う。

 流石のソウも、その言葉には不快げに眉をひそめた。


「次会った時に死にたくなければ、その口をしっかり縫い付けておけ」

「おお、こわいこわい」


 お口ミッ○ィーのポーズをして、ミリィが茶化す。

 食えない女だった。


「それで? なんの用でここに来たんだ?」

「……」


 お口ミッ○ィーのポーズのまま、ミリィは何も言わない。

 正直、イラッと来た。


「話していいぞ? お前も、ここに来た目的を果たさなきゃ帰れないだろう」

「ぷはーっ! 息、苦しかったー!」


 お口ミッ○ィーしてた間、息を止めていたらしい。

 一々癇に障る少女だった。


「うーんとね。あのね。挨拶だけにしようかなって最初は思ってたんだけど、用事がないわけでもないし、色々お話ししよう!」

「おー、是非そうしてくれ。で、どんな話をしてくれるんだ?」

「そーだなー。まずは、ボクたちが今なにをしようとしてるか、かな?」


 いきなり、大本命の話題から入ってきた。

 ソウも、先ほどまでのぞんざいな態度を改めてミリィと向き合う。


「最初、ボクらは元凶の桐崎 七也を殺して、記憶消去をすれば事態は収拾すると思ってました。でも、その計画は失敗したのです」

「親父がそっちの予想以上に強かったからだよな?」


 それに対して、ミリィは腕組みして深刻そうな表情でうんうんと頷いてみせた。


「その通り! 七也おじさんは予想外に強かった! 今の体制では七也おじさんを殺せないと気づいたボクたちは、やむなく撤退をしたのでした」


 そこまでは、ソウたちも知るところだ。

 魔法使いたちの攻撃は、お世辞にも統率のとれたものとは言えなかった。

 恐らくは、魔法使いたちは七也のことを舐めてかかっていたのだ。

 しかし、どれだけの人員を送り込んでも敵将の首を取れない。

 このまま闇雲に攻め続けても兵力を無駄に消耗するだけだと気づいた彼らは、仕方なしに撤退を決めたということだ。


「で、いまボクらは大きく2つの派閥に分かれています。1つは、再軍備してあくまで桐崎 七也を殺し、事態の収拾を図ろうという強硬派。もう1つは、七也おじさんのことは諦めて、魔法の存在が公表された世界でどのように生きればいいかを模索しようという穏健派です」

「なるほどな。こちらとしては、穏健派に優勢になってもらいたいものだが――」

「残念。頭の固いおじいちゃんおばあちゃんの多い魔法協会は、強硬派の方が未だ優勢です。ですが、ここにいるミリィちゃんは実は穏健派なのです」


 ソウは訝しげにミリィを見つめる。

 「何が言いたい」と目だけで答えた。


「ボクらは協力できます。それをソウのおとーさんに伝えてください」


 それを聞いて、ソウは「はっ」と鼻で笑う。


「いいだろう。伝えるだけ伝えておいてやる。だが、俺も親父もお前の言うことなんか信じねーぞ? お前が俺たちを殺しかけたこと、まさか忘れたわけじゃあるまいな?」

「そのことだけど……」


 今までおちゃらけた様子だったミリィが居住まいを正す。


「ボクらにも命令ってものがある。上の人の言うことには逆らえないんだよ。上の人に『桐崎 七也を殺せ』と言われれば、ボクらはそう動くしかない。それに、あれはあれでもボクなりの配慮をした結果なんだよね」


 真剣な表情で、ミリィはソウの目を見上げた。


「別の人に総也のこと任せて、殺されたくなかったから。総也の命だけは護りたかったから」


 そして、くるりと後ろを向いた。


「総也を殺すのはボクだもん。ボク以外の人に殺させるわけにはいかない。だから、ボク自身が総也に会いに行き、ボク自身の手で護り、あるいは殺そうとした」


 すると、我慢ならないといった様子で、メアリーがミリィの下に迫る。


「小娘が。さっきから黙って聞いていれば言いたい放題ですわね。私のことを殺そうとした事実に変わりはないではないですか」

「うん」


 また、くるりとこちらを向いてこともなげに答えた。


「だって、命令だったし。七也おじさんを殺す上で障害になる存在を、理由もなく生かしておくわけにもいかないでしょ」


 あっけらかんと言う。

 何が悪いのか? と言わんばかりだった。


「このっ――」

「やめろ」


 メアリーがミリィに掴みかかろうとする。

 それを、ソウは片手で制した。

 ミリィが、それをあきれた様子で見る。


「あのねぇ……今の状況を何か日常的なそれと勘違いしないでくれる? 今、この国は内紛状態なんだ。ボクら魔法協会と、君たち政府側で内乱状態にあるんだよ。その状況で、いちいち殺した殺されたでカッカしてたら命がいくらあっても足りなくなるよ?」


 ソウがミリィを睨む。

 言いたいことは分かるが、ミリィが口にしていい言葉ではない。


「お前も煽るな。あと、それは殺そうとした側が口にしていい言葉じゃない」

「うーん、まぁそうなのかな?」


 ミリィは、いまいちピンと来てない様子だった。

 ああ言えばこう言う。

 ミリィは見た目通り、子どもだった。


「とーにーかーくー。ボクは他の人に総也のこと任せたくなかったのです。分かった?」

「それは分かった。が……」


 今もミリィを睨みつけているメアリーを手で制したまま、ソウは続ける。


「俺はお前の実の姉を殺した張本人だぞ? その俺を、どうしてお前が護ろうとする?」


 当然の疑問だった。

 ミリィ――高遠 未来が桐崎 総也の命を護ろうとする理由がない。

 自分の手で殺したいというのなら、他の誰かに殺される前に、自分の手で殺しにくればいいだけなのだから。


「うん。まぁ、ふつーはそう思うよね」


 すると、ミリィは難しい表情をしてみせた。

 それは、まるで――。


「ボクにも分からないんだ。総也を憎く思う気持ちはある。そのはずなのに、総也のこと殺したくないって気持ちもあるんだ」


 まるで、自分でも自分の行動理由が分からないと言わんばかりのようだった。


「話は終わりだよ。七也おじさんには、くれぐれも和解の件、伝えておいてね」


 ミリィの後ろに、空間の歪みが、闇が生まれる。

 それは、今日見た転移魔法のそれと酷似していた。


「伝えるだけ、だからな。罠の可能性も、俺は考えている」

「それでいいよ。今はそれでいい。……それじゃ、またね」


 そう残して、ミリィは闇の中に脚を踏み入れた。

 すぐに闇は収束し、中空には空間の歪みだけが残される。

 そしてそれもすぐに消え去り、後には静けさだけが残った。


「ソウくん……」


 傍らのメアリーが、心配そうな様子でソウを見る。

 ソウは、ミリィが消えた虚空を睨みつけたまま、答えた。


「全員、ログアウトするぞ。向こうで話をまとめる。ここも安全とは言えなくなった。……メアリー、後で会おう」

「――! はいっ♪」


 途端、メアリーの表情が明るくなる。

 相も変わらず情緒不安定なメアリーなのであった。


********************


 総也はログアウトすると、玲奈の寝室に向かう。

 それは玲奈も同じつもりだったらしく、彼らは廊下でばったり出くわした。


「兄さん……」


 玲奈が心配そうな表情で総也を見上げる。

 憮然とした様子で総也は答えた。


「俺のことは心配するな。それより、未来のことだ」


 親指で自室を示し、玲奈はそれに頷く。

 2人は総也の寝室の方へと歩いていった。


「どこまで信用する?」

「全面的に」


 玲奈の回答は、総也の予想を超えたものだった。


「……正気か?」

「本気だよ。未来ちゃん……かどうかは分からないけど、彼女は信用できると思う」


 もっとも――と玲奈は続ける。


「彼女は嘘をついていないってだけだから、お父さんや来音さんの命は保証できないけどね」


 総也の寝室に入りながら、玲奈は言った。


「それはその通りだな。彼女を警戒しなければならない事実に変わりはない。……それよりも『未来かどうかは分からない』とはどういう意味だ?」

「言葉通りの意味だよ。私、彼女は明日香ちゃん本人なんじゃないかって見てる」

「どういう意味だ?」


 総也は重ねて問う。

 明日香は総也がその手で殺した。

 それは変わらない事実だ。

 生き返ったわけでもないというのが、真理亜との対話で得た結論である。


「あのね。うーんと、難しいな……」


 そこで、幾何か玲奈は思索し――。


「兄さんは、なんであの子が兄さんのこと殺そうとしないんだと思う?」


 ベッドに腰掛けた総也の向かいに座りながら、問うた。

 それに対し、総也は苦虫を嚙み潰したかのような表情をしてみせる。


「いいや、サッパリ分からん」


 総也には見当もつかなかった。

 初対面の敵が、総也の命を救おうとする理由など何一つない。


「初対面だぞ? 初対面の、しかも敵が、どうして俺の命を救おうとする」

「そこだよ」


 玲奈が、指摘する。


「もし、あの子が総也と初対面なんじゃなかったとしたら? あの子が、実は明日香ちゃんなのだったとしたら? あの子が明日香ちゃん本人なのだとしたら、兄さんを殺そうとしないのは当然のことだよね?」


 玲奈の指摘に、総也は無言で考え込む。

 一理ある……が――。


「だとしたら、俺があのとき殺したのは誰だったんだ……?」


 総也は確かに覚えている。

 彼女の頭部から溢れる血と脳漿の生暖かさを。

 彼の腕の中で徐々に冷たくなっていく彼女の体温を。


 今日出会った少女が仮に明日香だというのなら、あのとき彼が殺したあの明日香と瓜二つの少女は誰だったというのか?


「それは分からないよ。明日香ちゃんの姉か妹って考えれば辻褄は合うけど……」

「合わない。あの時、あの子は確かにこう言った。俺のことを『総也』と――」


 総也に殺される前、総也とその少女は会話をした。

 その時、その少女は総也のことを「総也」と呼んだのだ。

 あれは初対面の明日香の身内などではない。

 明日香本人だ。


「じゃあ、生き返った?」

「ないとは言い切れないが、真理亜はないと言ってたぞ?」

「うーん……」


 そして、玲奈は考え込む。

 しばらく、沈黙が2人の間に流れた。


「生き返ったってのが、俺にとっては一番嬉しいんだがな……」


 ベッドに仰向けに寝そべり、伸びをする。

 その様子を、玲奈はどこか寂しそうな表情で見つめた。


「兄さん。今日は疲れたでしょ? もう休んだら?」

「そういうわけにもいかない。これから真理亜と会うと約束した」

「そんなの、明日でもいいじゃない」

「俺が決めたことだ」


 はいはい、と玲奈は席を立ちあがる。

 寝室のドアのところまで行き――。


「私は寝るから。流石に疲れた」

「そうするといい。俺はもう少し頑張るよ」

「うん。分かった。おやすみ」


 そう言って、玲奈は総也の寝室を出ていった――。

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