第9話 平穏
その後――。
「……」
「……」
来音邸のダイニングで夕食を共にしているわけだが、気まずい。
真理亜お付きのメイドである
しかも出されたものが赤飯なのだから笑えない。
そこは屋敷の雰囲気に合わせて洋食じゃないのか。
「……」
「……」
互いに無言での食事が続く。
真理亜は、総也にしか聞かれていないと思い込んでいた痴態が、屋敷の従業員たち全員の知るところとなっていたことを知った時、時が止まっていた。
よく考えてみれば当たり前だ。
遥なぞは今回の罠のそもそもの仕掛け人である。
壁越しドア越しに聞き耳を立てていたとしても何ら不思議ではなかった。
「あの……」
「なぁ……」
2人が同時に沈黙を破る。
「あ、お先にどうぞ」
「いやいや、そちらこそ」
お約束のようなやり取りをして――。
「……」
「……」
また沈黙へと戻る。
さっきからこんなことの繰り返しだ。
「なぁ、真理亜?」
「……? なんでしょうか、総也くん」
再び沈黙を破ったのは総也の側だった。
「その……これから、よろしくな」
「……! はい! よろしくお願いします!」
花が開くように、パッと真理亜の表情が明るくなる。
「あー……」
「うふふ♪」
総也は、気まずそうに頬をポリポリとかく。
そんな様子を、真理亜は幸せそうに見つめていた。
「あ、じゃあ、俺は帰――」
「帰っちゃうんですか?」
箸を置いて席を立とうとすると、縋るように真理亜が見つめてくる。
「いや、だって明日も学園……」
「ここから通えばいいじゃないですか」
満面の笑みで遮られる。
「なんでしたら、今日からここに住んでいただいても構わないんですよ? 部屋は余ってますし」
今度こそ、総也は頭を抱える。
ダメだ、この女、強い。
勝てる気がしない。
「あー、そのだな……」
「私は――」
大きく膨らんだ胸の上に手を重ねて真理亜は続けた。
「一度だけでは足りません。もっともっと、総也くんの子種を私にください。――私が、過去を忘れられるまで」
歌うように真理亜の口が懇願の詩を、誘惑の詩を奏でる。
その音色には逆らうことができないような強制力があった。
結果――。
「……今日だけだからな」
「――! はい♪」
結局、2人は朝まで愛し合った――というより、総也が一方的に責め立てられた。
翌日の授業中、総也が爆睡していたことは言うまでもない。
(ちなみに、真理亜もうとうとしていた)
********************
それから約2週間。
2人は驚くほど幸福な時間を共にした。
時に穏やかな時間を共に過ごし、時に獣のように互いを求め合った。
それが彼らにとって、最後に残された平穏な時だったとは、その時の彼らにとっては知る由もなかったのだ――。
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