第7話 幸せな朝
ゆさゆさ。
「うーん、誰だよ……」
ゆさゆさゆさ。
「もう後5分……」
「いい加減起きろボケええええええっ!!」
「いってぇ!?」
耳元に爆音が響く。
驚いて総也は跳ね起きた。
「いっつ……なんだ玲奈、起こすならもう少し手加減を……」
「もう何度も起こしたわよ! 起きないあんたが悪いんじゃない! 遅刻するわよ!?」
そう言われて時計を見ると、時計は朝7:30を差していた。
痛恨だ。
普段朝6時に目が覚める総也は、朝のスケジュールをそれに沿って執り行う。
このままでは学園に遅刻することは避けられなかった。
「ずーいぶんいい夢見れたみたいで何よりですこと。それよりあんた、昨日は風呂入ってないでしょ? さっさと入ってきなさい」
「お、おう……。お前は俺の母ちゃんかよ……」
「あんたがだらしないから私がこういうことやらされる羽目になってるんでしょーが!!」
既に制服に着替えていた玲奈が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「じゃ、私は先に学園行くから。せいぜい遅刻しないように家を出なさいね」
「えっ? 待っててくれるんじゃないのか?」
「……居間に降りれば分かるわ」
そう言って、玲奈はさっさと総也の部屋を出て行ってしまう。
昨日の服のまま寝入っていた総也は、頭に疑問符を浮かべながらもそれに続いて1階へと降りて行った。
すると、そこには――。
「おはようございます。総也くん」
ダイニングに座って優雅に紅茶を嗜んでいた真理亜がいたのだった。
「……どうしてお前がここにいる?」
「さっき家の前に来音さん家の車が来てね……」
真理亜が答えるよりも先に、玲奈がやれやれといった風に答える。
「せっかくですから、一緒に登校しませんか?」
こともなげに、真理亜がそう続けた。
「あー……そういうこと……」
寝ぼけまなこをこすりながら、総也は状況を理解する。
要は、この愛が重い少女は総也の家に押し掛けてきたわけだ。
「……よく『私が総也くんを起こします!』とか言わなかったな」
「言ったわよ。ろくなことしないと思ったから私が無理やり止めた」
「その結果があの大爆音かよ……」
朝からげんなりとした表情を見せる総也であった。
「そうです! 酷いですよ、玲奈さん! 何もあんな大声出さなくたっていいじゃないですか!」
どうやら、玲奈のシャウトは下の階まで響いていたらしい。
さもありなん。
「あー、ちなみに真理亜さん? あなたはどうやって僕を起こすつもりだったのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、その『僕』ってのもう1回お願いします。昔の総也くんみたいでかわいかったです」
「いいから答えろ色ボケ女」
ジト目で婚約者のことを見つめる。
すると、真理亜は頬に手を当てて恥じらってみせた。
「いやですわ。乙女にそんなことを言わせようだなんて、総也くんってば酷い
「……」
ジト目で見つめ続ける。
真理亜は「いやんいやん♡」と言わんばかりに身体をくねらせていた。
「大方、朝フェラしようとか目論んでたんでしょ。ほんと、こんな女のどこがいいんだか……」
対する玲奈もジト目で真理亜のことを睨んでいた。
「そ、そんなっ! 私はそんなふしだらな女じゃありません!」
((図星かよ……))
真理亜の露骨な反応に、兄妹は揃って溜息をつく。
総也ファミリーにバカが一人増えた気分だった。
「じゃ、俺は風呂入ってくるから――」
ガタッと真理亜が席を立つ。
「――玲奈はそいつを部屋から出さないようにな」
「はいはい。分かりましたよー。兄さんの貞操には代えられないからね」
しゅーんと悲しそうな表情をした真理亜が、力なく席に座った。
総也は、やれやれと言わんばかりに寝ぐせ頭をかきながら、大浴場へと向かったのだった。
********************
風呂から上がった総也は、制服に着替えてまたダイニングへと戻ってきた。
そこには――ノエルが用意したのだろう――朝食が用意されていた。
時刻は朝7:50。
車を使えば、まだ余裕はある。
そして、ダイニングでは玲奈と真理亜が、それぞれコーヒーと紅茶を嗜みながらジリジリと睨み合っていた。
「あ、兄さん来た。じゃあ私はもう行くから」
「おう。いってら」
そう言って、玲奈がコーヒーの残りをグイッと飲み干す。
そして、荷物を持って席を立った。
「ところで、俺にはこいつの車で登校しろ、と?」
「そゆこと。んじゃ、後はごゆっくり~♪」
義兄の貞操を守るという発言はどこへ行ったのか、玲奈はさっさと部屋を出ていってしまった。
必然、その場には総也と真理亜と朝食だけが残される。
溜息をついて総也はダイニングの席に着き、朝食を口につけた。
時間もないことだし、しばらく黙々と朝食を胃に流し込んでいく。
真理亜はその様子を、幸せそうな表情で見守っていた。
朝食を全て胃袋に詰め込み、コーヒーで無理やり食道を洗い流す。
「ふぅ……じゃ、歯を磨いてくるからちょっと待っててくれ」
ガタッ。
「待 っ て て く れ」
しゅーん、と真理亜が席に着く。
そして、洗面所で手早く歯磨きを済ませ、総也は居間に戻ってきた。
「んじゃ、行くか」
「はい♪」
荷物を肩に担ぐと、真理亜がそそくさと総也に隣にやってきて、ぴとりと身体を寄せた。
手を取られ、腕に豊満な胸を押し付けられる。
ちょうど、谷間に二の腕が包まれている形だ。
「あー……」
童貞にはなかなか強烈な体験である。
自然、反応するマイ・サン。
そして、色ボケお嬢様は、総也の肩越しにズボンの膨らみに目ざとく気づく。
「処理いたしましょうか?」
「やめてくれ遅刻する」
真顔でそう問う真理亜に、今日何度目かの辟易とした表情で総也は拒絶の意を示した。
********************
腕を組んだまま家を出ると、ロータリーに来音家のリムジンが停車していた。
桐崎家のリムジンとは異なり、自動運転ではないらしく、運転手が恭しく礼をしながら後部座席のドアを開いて2人を出迎えた。
(そういや、運転手がいるなら、なんで昔の真理亜は騙されて連れ去られたんだ……? 普通に考えて、知らない男が運転手のふりをしてたら警戒するよな……?)
恐らく、レイプされたというのは作り話ではないはず。
同情心を誘うための作り話にしては、あの語り口は真に迫っていた。
とはいえ、疑問符は尽きない。
「なぁ、真理亜?」
「何ですか? 総也くん?」
「……いや、何でもない。行こうか」
せっかく、真理亜は幸せそうにしているのだ。
朝からそんな空気をぶち壊すようなことを言うこともないだろう。
(しかし、運転手がいるようで良かった……)
総也はそっと胸をなでおろす。
自動運転のリムジンの中で2人きりにされたら、この娘が何をおっぱじめるのか気が気でなかったからだ。
腕組みしながら、後部座席に乗り込む。
そのまま、ソファに2人で隣り合って座るのだった。
「ではお嬢様。出発いたします」
運転席に乗り込んだ運転手がそう言って、車を発進させる。
真理亜は答えるのも野暮だと言わんばかりに総也にその身を寄せた。
乗車中、真理亜は何も言わずにぴったりと総也にくっついていた。
幸せそうだった。
********************
学園に到着しても、真理亜は総也の腕を離さなかった。
学生指導の教員に見つかっても、スルーされる始末だ。
恐らく、既に根回しは済んでいるのだろう。
腕を組んだまま、教室へと入る。
「はぁ……」
必然、クラス中が静まり返り、視線が2人に集まるのだった。
だが、総也はその群衆の中に3つの影を見つけて、傍らの真理亜に言う。
「おい」
「分かっています」
真理亜は、総也の腕を離して花梨、義人、修の3人のもとに向かう。
どうやら、3人で何やら話をしていたようだった。
ちょうどいい。
3人は、真理亜に近づいてこられると露骨にビクッと怯えた反応を見せた。
無理もない。
昨日の今日だ。
真理亜がすぅっと息を吸う。
3人は、何事かとビクビクする。
「申し訳ございませんでしたっ!!」
そして、綺麗にお辞儀をしながら、真理亜は3人に謝罪をしたのだった。
静寂の中に真理亜の声が響き渡る。
何事か、とクラス中がまたざわざわとし始める。
いまだ怯えたままの3人に頭を下げたまま、真理亜は話し続けた
「昨日のことは全て私が行ったことです。この通り、謝罪いたします」
総也は、教室の入口で4人のことを見守っていた。
――そして、最初に口を開いたのは、意外にも花梨だった。
「いいよ、気にしてないから」
「あ、ありがとうございます……」
恋敵に最初に許されたことに、真理亜は露骨に動揺の色を見せる。
他の2人も、花梨が真理亜のことを許したことで幾分安堵の表情を見せたのだった。
「でもね」
だが、花梨は続ける。
「総ちゃんのこと、幸せにしてあげなかったら許さないんだから……!」
そう言って、ぷいっと花梨は真理亜から顔を背ける。
その声は、何かを堪えるかのように震えていた。
(すまない。花梨)
総也は、そう、向こうを向いてしまった花梨に心の中で謝罪するのだった……。
「あ……」
(……ごめんなさい)
それは、真理亜と言えど同じだった。
彼女も、先ほどとは別の意味で、心の中だけで花梨に謝罪したのだった。
********************
放課後、真理亜がそっと総也にメモ書きを渡す。
そこには。
『今日、一緒に帰りませんか?』
と書いてあった。
その下には、真理亜の連絡先も添えられている。
「ああ、いいよ」
軽い気持ちで答えた総也に、真理亜は幸せそうに破顔する。
彼女はいそいそとスマホで自宅に連絡をするのだった。
――それが罠だと気づいたのは、何もかもが手遅れになってからだった。
********************
「で、どうして俺がここにいるのか説明してくれるかな? お嬢様?」
帰りも2人で来音家のリムジンに乗った総也は、自分が嵌められたことにやっと気づいた。
何も言わずに車を発進させた真理亜は、総也のことを自宅に拉致したのだった。
「ディナーをご一緒しましょう」
ガッチリと総也の腕をホールドした真理亜が、メイドの大群を侍らせながら答える。
否、そもそも質問に対する回答になっていない。
無理やり振りほどけば逃げることもできるだろう。
追い縋るメイドたちを振り切ることも簡単なはずだ。
だが、そこまでして真理亜を傷つける理由が総也にはなかった。
「はぁ……もういいよ。俺の負けだ」
「やった♪」
真理亜は勝利の言葉を口から滑らせながら、心の中で小さくガッツポーズをする。
そして、総也の腕を引くようにして玄関へと総也を連れ立っていった。
「あ、
「かしこまりました、お嬢様。桐崎さま、お荷物をお預かりします」
「あ、ああ……」
言われるがままに、総也は自分の荷物をメイドに渡す。
――それが二度目の罠だったと気づくのは、それから程なくしてのことだった。
洋風の大豪邸の中を、メイドが先導する。
真理亜は総也の腕を取りながら、彼女の後ろを歩いていた。
そして、メイドが館の中の一室のドアを開け、ぽーんと総也の荷物をその中に投げ入れる。
「あっ、おい! 何をする!?」
慌てて総也は真理亜の腕を振りほどき、その部屋の中に走って入る。
その部屋は、ピンク色を基調とし、ぬいぐるみや人形などが多数置かれた、どこかファンシーな「寝室」だった。
しまった、謀られた! と気づいた時には、もう既に真理亜が後ろ手に部屋のドアの鍵を閉めていた。
つまり、そこは真理亜の寝室だったわけである――。
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