駒たちのダンス ~目覚めたら『飛』だった~

寅吉

第1話 目覚め

「おう、新入り、目覚めたか」


ん?なんだ?


横に立っている額に『金』の刺青をした白髪のオヤジが話しかけてきた。

大工のような恰好をしている。

男は険しい表情をしつつも少し和ますように続ける。

「ここは盤の上だ。そしてお前は飛車だ。盤面をよく見渡せ」


ええええ?


たしかにここは盤の上。周りには額に『金』や『銀』、そして『王』などの刺青が入った男達。

いや、刺青というか文字が浮かび上がっているようにも見える。

そして皆まるで戦場にいるかのような顔つきをしている。


「後ろを向いて空を見上げて見ろ」


うわっ!なんだこの巨人は!?


そこにはバカでかい人間が座ってこちら側を見下ろしている。


「そいつがお前の指し手だ。お前将棋歴は?」


「俺ですか?10年ほど」


「まあまあだな。ここで目覚める奴はみんなその昔将棋をしていた。そして何故かわからんがここで目覚めた」


目覚めた?そういえば、配達中に車が突っ込んできて………。

よく事故の瞬間は記憶が飛んだり無くなったりすると聞くが、まさか。


クビ同然で不動産の営業マンを辞め、仕事を探していた俺は、最近流行の外食配達サービスの配達員をしていた。

次の仕事が見つかるまでのほんの腰掛けのつもりだった。


ピザ屋でピザを受け取り、2キロほど先の客の元へGPSをみながらチャリをはしらせていたはずだ。

まさかこんなことになるとは。


「気が付いたようだな。お前は一度死んだんだ。そんなことより勝負に集中しろ」


冗談じゃねえ。勝負に集中っていったって、指すのは俺じゃねえだろ………。


「来るぞ!」


うおっ!!


目の前に凄い形相をした『歩』がバチン!の音とともに降り立った。


これは………。“叩きの『歩』”か………。

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