第7話 ルクス達の戦場



 切りがない。

 カマキリと甲虫を合わせたような虫型の魔物が地平線を埋め尽くしている。

 圧倒的な物量を前にルクス達は立ち続けていた。

 もうどれだけ時間が経ったのか分からない。

 数時間か、それともまだ数分か。



「離れすぎるなよ!飲み込まれるぞ!!」


「言われなくても!!」

「分かってるっつーの!!」



 こんな状況で生き残れると思う者は間違いなくイカれている。

 かといって諦めるのは勇者として論外だ。

 彼らは人類の希望なのだから。



(住民の避難時間を稼がねば!)



 そのためにやることはただ一つ。

 魔導士のマナを死守すること。

 今彼らが戦い続けていられるのはマナのおかげだ。

 ルクスやザンが時間を稼ぎ、マナの極大魔法で一気に薙ぎ払う。

 先程からこれの繰り返しだ。



 次の群れが押し寄せる合い間に、マナが回復と支援魔法を飛ばす。

 聖女カタリナほどではないが、マナは初級回復魔法を扱える。

 マナがいなければ長く持たないだろう。

 ルクス達はマナを中心にして離れすぎないように戦い続ける。



「オラオラっ! こんなもんかよ雑魚どもが!!」



 血で真っ赤に染まりながらもザンは叫ぶ。

 少しでも恋人のマナから注意をそらすために。



「マナ! まだ余力はあるか!?」


「誰にモノを言ってんのよ! 余裕に決まってんでしょうが!!」



 気丈に叫ぶマナだが、顔色は悪い。

 彼女だけは無傷だが、極大魔法の連続使用でその疲労は相当なはず。

 限界は近いだろう。



 マナだけではない。

 ルクス達全員の疲労はピークに達している。

 一瞬の気のゆるみ、油断が全滅につながるだろう。

 まさに崖っぷちだ。



 ルクス達の奮戦で魔物の死骸は山のように転がっている。

 だが押し寄せる魔物の数は一向に減らない。

 それが三人の心に重くのしかかる。


 この状況で敵を全滅できるとは思っていない。

 彼らはそこまで無謀ではない。

 住民の避難と軍の迎撃準備が整うまでの間だけでいいのだ。

 そこまで時間を稼いだら逃げればいい。

 もっとも黙って逃がしてくれるはずがないが。



 同胞が殺され、虫の魔物も学習したのだろう。

 取り囲むように、散開して襲ってくるようになった。

 明らかに前衛のルクス達ではなく、後衛のマナを狙っている。



(マズい!)



 数が多いうえにこの魔物はなかなか手ごわい。

 体は鋼より硬く、その一撃は音より速い。

 おまけに体を真っ二つにしても向かってくる生命力。

 群れれば竜ですら彼らの餌食となるだろう。



 そしてついにルクスやザンの防衛線が破られた。

 数匹の魔物がマナへと押し寄せる。



「おおおぉぉっ!!!」



 雄たけびを上げるするザンが背中を切り裂かれながらマナを守り切る。

 だがその代償は高くついた。

 ザンの出血が酷く、顔色は死人のようだ。

 回復魔法で治せるのは傷だけで、失った血液までは戻らない。

 彼はいま気合だけで立っている。

 もう戦えないだろう。



「すまねぇ、マナ。お前を守り切れなかった」


「……いいのよ。最後にカッコいい所見せてくれたしね」



 ザンとマナの会話を黙って聞いていたルクスは悲壮な決意を固めた。



「逃げろ、二人とも。僕はこれから聖剣の力を解き放ち、自爆する」



 その言葉にザンとマナは呆気にとられる。



「お、お前……何考えてんだ!?」

「そうよ! アンタだけは聖剣を持って帰らないと!」



 2人の言葉を無視してルクスは走る。

 敵陣深く切り込んだルクスは全魔力を聖剣に込める。

 ルクスがなにかを仕出かすことが分かったのだろう。

 魔物は一斉にルクスへと飛び掛かった。



「よせ! ルクスゥゥッ!!」

「やめなさい! バカ勇者!!」



 ルクスが自爆しようする直前。

 凄まじい轟音が響いた。

 ルクスも魔物たちも爆風に吹き飛ばされ、転がっていく。


「な、なんだ!? 何が……」



 狼狽するルクスの前に見慣れたものが映った。

 ひらひらと風に躍る黒い布切れ。

 よく鍛えられた、見事な筋肉。

 その肉体美は芸術家が作り上げたかのようだ。



 その肉体の主は夕暮れの光の中、満面の笑みでサムズアップした。



「待ぁたせたな!!」


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