センチメンタル

 自分の母が授業を受け持つという、哲太にとってなんとなく気恥ずかしい2時間目の音楽が無事終わる。音楽室から教室へ戻ってきた途端、クラスの女子達が皆幸人の周りに集まりだした。


「幸人君楽譜昨日もらったばかりなんでしょ!一日であんなに弾けちゃうのすごい!」

「未知もピアノやってるじゃん」

「レベルが全然違うよ!あんな伴奏一日で弾けないもん!幸人君凄すぎる」

「1日じゃないよ、幸人昨日これ初見で弾いてたぜ」

「しょけんてなに?」

「初見てのは、初めて楽譜見て弾くってこと」

「え?なんで哲太がそんなこと知ってるの?」

「だって俺も一応ピアノ習ってるし」

「嘘!似合わない」

「なんだよそれ!」


 訳知り顔で女子達の会話に加わる哲太に、学級委員の未知が思い出したように言った。


「そうそう、哲太も登喜子先生のところ行ってたよね、でも三年生から発表会出なくなったから辞めたのかと思ってた、今年は発表会出るの?」

「一応、出ろ出ろ親がうるさいから出ようと思ってるよ、未知や幸人も出るんだろう?」


 未知は頷いたが、幸人はうーんと困ったように苦笑いを浮かべる。


「幸人君は冬もコンクール?」


 未知が幸人に聞くと、女子の一人が尋ねた。


「何コンクールって?」

「コンクールってのはピアノの全国大会みたいなものよ」

「全国大会?順位とかあるの?」

「幸人君なら顔だけでもぶっちぎり一位でしょ!」

「いやいや、ジュノンボーイコンテストとかじゃないから、ピアノのコンクール!」

「…」

「幸人、俺ら休み時間サッカーやろうって言ってんだけどおまえも来る?」


 幸人の反応を見ていたら、なんとなく、コンクールの話にはあまり触れてほしくないように感じて、哲太は幸人を誘う。


「ちょっと、幸人君球技はいつも見学なの知ってるでしょ」

「サッカーなら手使わないだろ?」

「ぶつかりあったりして幸人君が怪我したらどうするのよ!あんたらみたいな図太い男子と違うんだから!」

「はあ?」

「俺、やりたい!」


 哲太と女子が言いあうなか、幸人がはっきりとした声で言った。


「ほら見ろ、大丈夫じゃん」

「幸人君無理しないでね!」


 勝ち誇る哲太を無視して、女子達が心配そうに幸人に声をかけたが、幸人は笑顔で大丈夫だよと答えると、行こうと哲太の手を掴み教室を出た。



「おーい、幸人もサッカーやるって」

「おー珍しい、藤原が休み時間外で遊ぶなんて」

「な、ピアノのために球技やらないとか少女漫画みたいだもんな、手加減しないけど大丈夫か?」


 昌樹や武達の問いかけに、幸人は深く頷く。


「これからはなんでもやるから、俺キーパーやりたい」

「え?滅茶苦茶手使うじゃん?いいの?」

「ああ、大丈夫」


 そう応える幸人の顔には、ただ昼休みにサッカーするだけとは思えない、強い決意が漲っているように見えた。








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