エトランゼ⑤

 今日は西野先生の代わりに、教頭先生も含め他の先生達が5年1組の授業をしてくれた。幸い音楽はなかったので良かったが、明日の音楽の時間の事を思うと少し憂鬱だ。


「哲太、今日武が新しいゲーム買ったから遊ぼうって言ってるんだけど、哲太もくる?」

「悪い、今日ばあちゃんの見舞いの日なんだ、また今度な」

「おう、わかった」


 昌樹達の誘いを断り、哲太はそそくさと家に帰る。毎週水曜日は、唯一五時間授業の早く帰れる日で、母も定時に仕事を終わらせる。祖母が入院してから、この水曜日と土曜日に、母と哲太は車で市内の病院へ祖母のお見舞いへ行き、駅近くのファミリーレストランでついでに夕飯を食べて帰るのが日課になっていた。お見舞いの日は祖母に会えるし、ファミレスで好きなものを食べれるしで、哲太は単純に嬉しい。


「ただいまあ」


 玄関からなんの返事もない家の中に入ると、哲太はいつものように宿題を済ませ、洗濯物を取り込み、病院へ持って行く荷物を用意した後、シンと静まり返った部屋で、一人ボーッとする。


(見舞いに行くまで時間あったんだから、武の家行けばよかったなあ)


今まで小学校が終わった後は、毎日のように仲良しの昌樹や武達と遊んでいたのに、最近は断ることも多くなった。別にこれといった理由はないのだが、祖母がいない慣れない日常が続くにつれて、なんとなく、当たり前に普通の暮らしをしている友達と自分との間に、隔たりを感じるようになってしまったのかもしれない。


(ばあちゃん、最近痩せて顔色も悪いように見えるけど大丈夫かな?じいちゃんみたいにいなくなっちゃったらどうしよう?退院できたとしても、今までみたいに元気に暮らせるのかな?)


 一人でいる寂しさも合間ってか、どんどん嫌な想像が膨らみ不安になってきたその時、突然家の電話が鳴り響き、哲太は慌てて起き上がる。病院からか!と急いで受話器をとったが、聞こえてきたのは母の声だった。


「ああ良かった、出た出た、もう!なんでさっき出なかったのよ!」

「はあ?知らねえし、洗濯物取り込んでる時だったんじゃねえの」

「あっそう、ありがとう。それよりあんた、今すぐピアノの上に乗ってる楽譜持ってきて!」

「え?」


 母に言われ、リビングのアプライトピアノを見ると、譜面台の上に、音楽の授業でやる曲の楽譜が無造作に広げて置いてある。


「なんで急に…」

「いいから早く楽譜持って音楽室来なさい!わかったわね!」


 哲太が理由を聞く暇もなく、電話はガシャンと唐突に切られ、哲太は仕方なく、楽譜を持って母の待つ小学校へ向かった。

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