Ⅺ【dedication】諦める朝、夢に逢いに
dedication-01(100)
【dedication】諦める朝、夢に逢いに
キリムが目覚めたのは翌日。陽が昇り始め、景色が色を取り戻し始めた頃だった。
蘇生術の効果が出たのか出ていないのか、分からないくらい遅い目覚めに、珍しくステアが安堵のため息をつく。
「あ……ここは」
「ようやく目覚めたか」
「あれ、俺ってジェランドで」
「ここはノウイだ。宿屋に運んで半日ほど寝ていたことになる」
状況が掴めていないキリムは周囲を見渡し、自分が寝かされていたことに気づく。キリムは装備を脱がされていたが、ステアの恰好はそのままだ。慌てて上半身を起こし、急いでベッドから出ようとする。
「ジェランドは? 町の人は無事!?」
「心配はいらん、片付いた。原因究明はこれからとの事だが」
「そっ……か。俺、神社の前で戦っていたはずなんだ、エンキも無事?」
「無事だ。ワーフも駆けつけ、俺も加勢した。町の者は誰も傷ついていない」
自分が力尽きた後、ステアや他の者に倒してもらったのはこれが3度目だ。もちろん無責任だという訳ではないのだが、キリムは自分の不甲斐なさを思うと共に、もっと強くならなければと決意を新たにする。
「そっか、みんなにお礼も言えなかったね。俺はまだ、助けが来るまでの時間稼ぎがやっとって事だ。強くならないと、とてもじゃないけどデルには……」
「キリム」
キリムはベッドから降りて立ち上がり、装備を着ようとする。一緒に行動を始めてから10か月ほど。こんな時のキリムの思考など、ステアには手に取るように分かる。そんなキリムを制止すると、ステアは座れと言って装備を取り上げた。
「お前が倒れた後、蘇生術を掛けさせたんだが、治癒術士が言う時間には目覚めなかった。通常は1時間も掛からんそうだ」
「蘇生術って……俺、そんな酷かったんだ。酷すぎて俺に効かなかったってこと?」
「いや、そうではない。お前が眠っている間、召喚士ギルドの職員、エンキやワーフ達と色々と確認し合ったが、自己治癒力が著しく低い可能性がある」
ステアから告げられた内容に対し、キリムは自覚がなかった。元々貧乏性で、最近まで体力回復薬を使う事すら躊躇っていた上に、魔力や霊力にいたってはほんの数回瓶を空けただけだ。ヒールを掛けてもらう時も、効き目などそんなものだと思っていた。
「だから俺、みんなよりも長く戦うのが苦手だったって事か」
キリムは肩を落としつつも、自分の体質だとして受け入れる。自己治癒力が低い原因が何か、そこまでは考えが及んでいなかった。
「その点に関してはそうだろう。他にも色々と話したい事がある。まずはシャワーでも浴びて、朝食を済ませてこい」
「分かった」
「それと、今日の戦いは休みだ。無理をさせるなときつく言われている」
「分かった。まあ半日起きれなかったんだし、仕方ないね」
重大な話だと言って怯えさせなかったからか、キリムはのんびりと立ち上がり、着替えを持って部屋を出ていく。木製の扉が軋み、確かに閉まったのを確認すると、ステアはまたため息をついた。
「本当に、これでいいのだろうか」
今がカーズになるため最も条件がいい。それは裏を返せば、これ以上強くなれないという事だ。
キリムが身体の成長を望めばその分弱くなる。それが真実なら、カーズになるのを先延ばしする意味はない。
強さを望んだ場合、キリムは背が高くなる事も体格が良くなる事もなくなる。その強さも現状維持であり、キリムが目指す到達地点よりはうんと低い。
そして、それはステアにとっても辛い事だった。
クラムにとってあるべき主との邂逅は、他に何を捨ててもいいと思えるほどの出来事である。当然それはステアにとっても例外ではない。多少弱くとも、幼くとも年老いていても、そんな事は関係ない。
メルリトのように瀕死の主に無理矢理血を飲ませる訳でもなければ、クラムにとって自身を最も必要としてくれる者、存在価値を与えてくれる者と共に歩むことが出来る。
言うなれば、召喚士が一方的に決断を迫られ、クラムにはデメリットが何もないのだ。心優しいステアにとって、それは主を犠牲にして手に入れる浅ましさでしかなかった。
その時、部屋の扉が2回ノックされた。
「開いている」
返事をすると、木製の扉が軋みながら内側に開く。恐る恐る顔を覗かせたのはエンキだった。
「よう、キリムは……あれ」
「シャワーを浴びに行っている。飯も食えと言った」
「そっか。起きたなら良かった」
エンキはそれだけを確認しに来たのか、それ以上何かを言う事もなく、部屋のカーテンを開けて外を眺めた。1階ながら窓の外に塀などの遮るものがなく、空が良く見える。
「今日はいい天気だな」
「そのようだ」
自分の部屋に帰る訳でもなく、かといってそれ以上何を質問する訳でもない。ステアはそんなエンキに興味もないのか、特に気を遣う事も咎める事もなかった。
エンキはキリムの帰りを待っていた。キリムの姿を見て安心したかった事もあるが、昨日の話でキリムがカーズとなってしまえば、キリムはもう人ではなくなってしまう。その場合、本当にキリムのままなのか、それとも全く別の存在になるのか、それを確認したかったのだ。
ステアはキリムと仲の良い者に対し、無視をしたり面倒臭がることはない。ただ、愛想がないせいでエンキが会話を弾ませるのはハードルが高い。
「あ、あのさ」
「なんだ」
「装備、直させてくれねえかな」
「そうだな、お願いしよう」
ステアが思ったよりも普通に言葉を返してくれた事で、エンキは少しホッとしていた。背中の部分がやや凹み、太い1本のラインで作られた胸当ても中の緩衝材が潰れている。このままノウイを去り、ゴーンに戻るのは気がかりだった。
「3日もあれば直せる。魔窟通いはその間休んでもらう事になるけど、いいか?」
「ああ。もう魔窟に通わせるつもりはない」
さらりと言うステアに、エンキは驚いていた。言い方は悪いが、魔窟に通わないのであれば、旅人にとってノウイに留まる理由がない。
「これから、どうするんだ?」
「次に倒れた時、キリムが目覚める保証はない。キリムの鍛錬がリスクにしかならない以上、通わせられん」
ステアの主張はもっともだ。という事は、魔窟だけでなく戦闘自体を避けるつもりだろう。
「……人は、自分の何に重きを置く」
「え?」
思いがけないステアからの問いかけに、エンキは返事する声が裏返る。
「人にとって最も大切なものは何だ」
「大切なもの……」
ステアの口調はいつにも増して固く、その顔は顎を引いてしっかりとエンキを目で見据え、他愛もない世間話のようには思えなかった。
そこでエンキは悟った。ステアはクラムとして人の全てを知る訳ではない。キリムと血の契約を結ぶことで、失うものがそれに該当しないかを気にしているのだ。
「まあ人を生物として考えるなら子孫を残す事だ。彼女つくって、結婚して、子供が出来て……」
「そうか」
「あとは……そうだな、俺の場合はやっぱり鍛冶だ。最高のもんを造り上げてえな。ああ、これは本当にそれぞれだぜ? 金が欲しい、強くなりたい、権力者になりたいとか」
「キリムはどうだろうか」
キリムは何が大切なのか、と言いたいのだろう。それを直接聞けばいいとも思うが、ステアはその答えを聞くのが怖いのだ。
何と言うべきか分からないというよりも、自分の事を多く語らないキリムが何を本当に大切にしているのか。エンキも思い当たるものがない。
「あいつは何かに拘ってるようには見えないな」
「平穏な生活、両親、キリムは守りたいものを失い、諦めてきた。あれだけ欲しがった金も、今のキリムにとって最重要ではない。俺とカーズとなる事で、キリムは何を諦めるのか。それが知りたい」
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