Responsibility-07(076)
やっとマーゴ達が1体を倒しきった時、ステアはもう2体目を倒したところだった。
今までも強いと思っていたが、目の前のステアの戦いは未だかつてない威力の斬撃を繰り出す。ステアの気迫に対し、ドラゴン達は躊躇い、逃げるような素振りを見せる個体もいる。
とても一太刀で斬れるような太さではないドラゴンが、たった一撃でスッパリと切断される。その見事な切り口は一瞬血が噴き出す事を忘れたかのように時を止め、上半身を失って倒れた。
キリムはその戦いっぷりに圧倒され、固有術を唱える事も忘れて呆然としていた。右手で左手に填めた腕輪を押さえていると、そこから勢い良く霊力が持っていかれるのが分かる。
「キリム!」
「……はっ」
3体目を相手するステアがキリムの名を呼び、キリムはようやく自分がするべき事を思い出して短剣を握りしめた。
ステアがいれば、もうこの場は突っ立っていても無事に収束するだろう。実際に召喚士はそれだけで役割を果たしたことになる。
クラムは勝手に召喚者の霊力を吸収しながら戦うため、霊力を解放し続ける事だけを意識していればいい。
だが、キリムはこれまで自分も魔法や物理攻撃で共に戦っている。この場をステアだけに任せるのは情けないと感じていた。
「ステア!」
キリムが魔法を唱えながらステアのすぐ脇に並ぶ。そして自身の短剣とステアの短剣にファイアの魔力を込めた。
ステアの攻撃は容赦なく、切り裂かれてドラゴンの体表の毒を含んだ粘液が盛大に飛び散る。切り裂いた面を同時に炎で焼けば、飛び散る粘液を最小限にできると考えたのだ。
毒を全員が幾度も浴びれば、治癒を行うダーヤへの負担が大きい。ダーヤが強化の補助魔法や防御魔法に専念できればマーゴ達の討伐スピードも上がる。
「いい判断だ」
キリムの機転に満足したのか、ステアはそのまま「来い!」と叫んでキリムにも同じ動きをするように促した。
「空中で前転しながら両手で風車のように斬りつけろ!」
「え、わ、分かった!」
見よう見まねで瞬時に会得するには難易度が高い。それでもキリムは言われたとおりに動こうと、足をばねの様に縮ませる。
ステアのように高く跳び、ドラゴンの体を真上から斬り裂くにはどうしたらいいか。
直前で足に気力を溜めてジャンプ力を増したニジアスタの事を思い出し、キリムはそれを真似しながら跳び上がった。
「
視界の先でステアは低く淡々と技名を呟き、2本の剣の炎を残像のように漂わせながら、口の中に炎を溜め始めたドラゴンの首を落とした。不発に終わった炎が煙となってドラゴンの口から立ち上る。
キリムは今更止まる事も出来ず、そのままくるりと宙を舞ってから、同じように双剣で胴体を切り裂く。
その攻撃はせいぜい鱗を砕く程度の威力がせいぜいだ、少なくともキリム自身はそう思っていた。
ところが。
「えっ……」
始めての気力を使った跳躍で力加減が分からず、キリムは高く跳び過ぎていた。
掠りもせず、始めてなら上出来だと慰めを言われるか、せいぜい剣先が僅かに粘液を掠るくらいだと思われた。けれど粘液や鱗どころか、ドラゴンの胴体は深く斬り込まれている。
赤黒い血を水たまりのように広げながら、マーゴが倒した1体、ステアが倒した3体のドラゴンが横たわった。残りは1体、もう危機的な状況はとっくに脱していた。
「すげえ、これがクラムの力……キリム君の力なのか」
ステアの強さは召喚主の資質に左右される。つまり、キリムの資質はこの気色が悪いドラゴンに勝っているという事だ。
マーゴ達が10年以上旅人として行ってきた研鑽は、わずか経験数か月の召喚士の才能に負けた。
それは多少なりともショックであり、屈辱的でもあった。
しかし、賢い旅人はそこで嫉妬心を剥き出しにしたり、なんとか優位に立とうと対抗したりしない。才能ある者を敵にするような真似はせず、実力を認めた上で協力を要請する。
そうして旅人として、戦友として、友好的な関係を構築するのだ。
「悔しいが、俺達が間違っていた! 召喚士としての君になら俺達が束になっても勝てない! 君はもっと腕を磨き、下層を攻略し、攻・魔・召喚を極めるべきだ!」
「他の階も気になる、大丈夫だろうか! この1体を倒せば、もうこの階にはいないと思うが」
「キリム君、クラムステア! この1体は俺達が倒す! 上の階の逃げ遅れた旅人を任せてもいいかい! 結界がない今、俺達はここに逃げ込む者を守る必要がある!」
「はい!」
キリムとステアがこの場をマーゴ達に任せ、安全区域の奥から上の階層へと走っていく。と、その時、キリムは確かに意識があるのに動けなくなり、ステアのすぐ後ろで倒れた。
ゴツゴツした洞窟の地面に両手に持っていた双剣が投げ出され、軽鎧が衝撃音を響かせる。
「……おい、キリム? キリム!」
「か、体が動かない」
キリムの意識ははっきりしており、返事もハキハキしている。戦いで疲れたと言っても倒れ込む程の疲労は感じていない。ドラゴンの毒の効果を疑ったが、既にダーヤが解毒しており、痺れがある訳でもない。
チラリと振り返ったダーヤがキリムの様子を見て、そしてまたマーゴへヒールを掛けながらその理由を告げた。
「気力を使い果たしたんだ! こんな格上の魔物と、たった数か月しか培っていない気力で戦ったんだ、まさに全力戦闘の結果だよ」
「クラムステア、キリム君にバイタルポーションを!」
ダーヤが鞄から薄緑色の小瓶を取り出し、ステアへと投げて寄越す。ステアは近くの壁際に背を預け、動けないキリムを抱きかかえるようにして少しずつ飲ませた。
キリムは体力切れは経験した事があっても、気力切れは初めてだ。ヒールでおおよそ戻る体力とは違い、気力、魔力、霊力はいわゆる戦闘継続力とも言われ、回復薬を使っても少しずつしか戻らない。
「ごめん、いつの間にか気力を全部使ってたんだね」
「謝る必要は無い、手を抜かなかった証拠だ」
ステアがそう言いながら、ステアはキリムに膝枕をするような形で休息を取らせる。
しかし次の瞬間、フロア内にデニーズの声と、マーゴの叫ぶ声が響き渡った。
「氷牢が破られる!」
「炎のブレスだ! 避けろ!」
瀕死のドラゴンが最後の力を振り絞る。炎が吐かれんとするその方向には、ステアとキリムがいる。ダーヤがすぐに障壁を張るも、完全に防ぎきれるかは分からない。
「キリム君!」
ダーヤの障壁が僅かに遅れ、炎の先端がキリムとステアを襲う。辺りが業火に巻かれる様子を見て、デニースがすぐに水を発生させるフラッドを唱えた。
「ダーヤはキリム君を! ニジアスタ、リャーナ!」
「ああ! デニース! 武器に魔法を掛けろ!」
立ち上がる力も残っていないドラゴンの息の根を止めるため、マーゴ達が猛攻を仕掛ける。
ステアがキリムに覆いかぶさるように守っていたためか、キリムはほぼ無傷の状態だった。しかしステアの軽鎧のマントは焦げ、頬や髪まで
「大丈夫かい! ああ、よかった」
ダーヤがホッとしているのもつかの間、ステアは鋭い眼光でドラゴンを見据えて立ち上がる。キリムは気力が戻らずまだ動けない。
「おい、クラムステア、一体……」
ステアはダーヤの声を無視し、キリムをそっと任せる。そして短剣を握りしめて息絶えそうなドラゴンへと駆け寄り、今までのどの攻撃よりも派手に肉塊を斬り散らした。
衝撃は壁の岩をも揺らし、ステアを中心として空気が辺りに衝撃破のように重くのしかかる。
「なんて威力だ」
クラムは召喚主を危険に晒した相手を許さない。ステアはクラムの本能を剥き出しにし、キリムを守ろうとドラゴンを排除しにかかったのだ。
「ステア、ステア!」
ステアはゆっくりとキリムの許に戻り、ダーヤから預けたキリムを引き剥がす。
そして我が子を守る手負いの獣のようにキリムを胸元に抱く。ステアは鬼の形相で歯を剥き出しにし、一切を拒絶してマーゴ達を睨みつけていた。
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