CHANCE-11(069)
キリムはステアが運命のクラムだと知って動揺もしたが、同時に自分だけが特別な存在で、他の召喚士よりも幸運だと優越感を持った時もあった。
ステアの調子が悪くなっていき、ついには共に行動する事を諦めた時は、自分の血が悪いとただ落ち込むだけで、何もしなかった。
つまり、周りの評価や現実に、ただ身も心も流されていただけだった。
今は潔く、そして明確な目標を持っている。何故自身がステアの主として生まれたのか。それも考えるようになった。
こじつけかもしれないが、デルによって親と仲間を奪われた自分は、復讐が使命なのではないか。
最も相性の良いステアを従え、その力を扱い、主としてデルと戦うため生まれてきたのではないか。そう思ってもいた。
「父さんが死ぬ運命だったとも、村が壊滅する運命だったとも思わない。でも俺はステアと出会う運命だった。あるべき主従の話が本当なら、ステアは俺の理想のクラムで、俺はステアの理想って事になる。その2人がデルを倒したいのなら……」
「倒せるからこそ、あるべき主従である、か」
「昨日からそんな事を考えてたんだ。だとしたらステアが俺とカーズになりたいのは、俺もまたそれを願っているから、だよね。ステアは俺の理想、つまり俺が望まない事をしないんだ」
「俺が望むカーズを、キリムは受け入れる。そう決まっていたというのか? ならば運命というものも悪くない」
召喚士は魔道士の部類に属する。幼い頃に母親に読んでもらった絵本では、必ず大剣を携えた勇者が勝ち、そして大抵はお姫様と結婚する未来があった。
それを当てはめようとすると、キリムはそういった勇者の法則には当てはまらない部分がある。
あるのは仇討ちに値する動機と、頼もしい相棒、そして類稀な能力だけ。各地を巻き込み称賛される英雄と比べると地味だ。
それでも物事に必然があるのなら、キリムは自身の能力を間違いなくデルを討伐するためだと考えていた。
それが勇者のように頂点に立つ功労者としてではなく、末端で支える程の貢献であったとしても、最善のことをするつもりでいる。
「デル討伐を、そんなに遠い将来の事にするつもりはないんだ。村にはまだ平穏に暮らそうとしている人がいる。また襲われたらもう戦える程の力がない」
「そうだな……召喚士の聖地と呼ばれる場所を葬る可能性はある」
「1年、あと1年特訓を続けて、その間マルス達に情報収集をお願いしようと思う。確かにデルがいつ動き出してもおかしくないから」
「あと1年でデルを倒せると? お前1人がどうあがいても程度は知れている。俺やディンも含めて大勢のクラムが参戦した結果だったのは分かるだろう」
旅人の数は確かに圧倒的に足りていなかった。しかし優秀なクラムが何体も魔物と対峙した結果が、村の半壊なのだ。
ただ、キリムが言いたかったのは、自身が強さを手に入れる事だけではない。
「俺が言いたいのは血の契約だよ。俺はどうなるか分からないけど、ステアはカーズで真の力が発揮できるんだよね?」
「そうだが、主の力も俺に影響するという事を忘れたか」
「だから、これから1年間、絶対負けないくらい頑張るんだってば。ステアがいてくれたら俺、出来る気がする。血の契約、1年後って今決めた」
キリムのステアに対する信頼は揺るぎないものだ。マルス達との旅は楽しく、助けられた場面もあった。ステアも交えて4人と旅をすれば、それなりに強くなる事も出来るだろう。
ただ、キリム以外の4人の成長に、強すぎるステアは邪魔になる。
キリムは色々と悩んだ末、ステアと離れる必要がなくなったことで、落ち着いたら再びマルス達のパーティーを抜け、2人旅に戻ろうと考えていた。
強くなる事だけを考えなければならない。今のキリムには、その他の面で助けてくれる者が必要だ。
「1年か。長いようで短い。ただお前が1年と決めるなら、それはきっとデルを討伐するために必要で、十分な長さなのだろう。俺の主は俺の悲願を無碍にはせんはずだ」
「う、うん……」
キリムは自信無さげな返事を誤魔化すように深く息を吐いて、よしっと気合を入れると、再び歩き始めた。戦闘に慣れ、筋力をつけ、気力、魔力、霊力を鍛えるため、魔物に囲まれたいとさえ思っていた。
「ま、正直なところ挑むのは怖いけどね、最後には正義が勝たなきゃ」
「召喚士を消すとなれば我々クラムにとっても危機。クラムにとってはデルが悪だ。だがなキリム。必ずしも正義が勝つとは限らない。正義が強いとも限らないし、正義とは誰のものかで変わってしまう
「そうかな。悪が蔓延る世界にならないためには、正義の方が強くないといけないと思う」
キリムにとって、正義とは悪と戦い平和を勝ち取る側であって、すなわちデルを倒す側の事だ。ただ、キリムはデルもまた、己の正義で戦っているという事に気づいていない。デルにとって、悪は召喚士なのだ。
「先に傷つける発言であることを謝っておく。正義が強いのならば、お前の村は何故壊滅寸前まで追い詰められた。散った者は正義では無かったのか」
「そ、そんなはずはない!」
ステアの言葉に、キリムはハッとした。負けたものは正義では無かった、そうとも言い換えられる事に気付いたのだ。
「強い方が勝つ。正義だから勝てるというのなら、そもそも悪より強い必要はない。悪は常に負け、世にある悪など脅威にもならない」
「……そうだね、正しい事をしているんだから報われる、勝てるなんてただの驕りだね」
「だからこそ、気を引き締めよということだ。犠牲になった者たちが身を挺して教えてくれた」
ステアはキリムの思いを汲んでいない訳ではない。強くなる、デルを倒す、その志を間違った土台の上に掲げて欲しくなかっただけだ。
キリムはあまり難しく考え始めると、良くない方へと向かいがちなところがある。
この辺で難しい話は終わりにさせようと、ステアはこの魔窟での戦い方について1つ提案した。
「何にせよ、お前には時間が無い。とにかく戦って技術と力を身に着ける他にない。ここに来る手間も、帰る手間も、お前には無駄でしかない。だから方針を転換する。俺が連れ帰ってやるから倒れるまで戦え、後を気にするな」
「え、それってなんかズルっぽいんだけど」
「これもお前のクラムが持つ能力だ。惜しんでも余裕だと言い切れるのなら好きにしろ」
「……分かった。そうだね、恵まれた環境は有効に使わせてもらうよ」
キリムはステアの提案に折れ、全力で倒れるまで戦う事に同意する。そうしてしばらく歩くとまた視線の先に光る2つの目が現れた。
「魔物だ、他の人に倒される前に俺が倒す!」
「どんな魔物かを確認せずに突っ込めとは言っていないぞ……ったく。まあ、こんな奴だからこそ、俺が必要なのだろう。悪くはない」
決意だけで特攻してしまうキリムに脱力しながらも、ステアはキリムの戦いを見守る。そしてほんの小さな声でつぶやいた。
「親の命を奪われ、皆のため努力という犠牲を払う若者の、何が恵まれているというのか」
「ステア! 後ろ任せた!」
「ああ。……俺はお前の犠牲と引き換えにあるべき主を手に入れたようなものだ。恵まれているのは俺なんだよ、キリム」
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