CHANCE-10(068)


「獣型のようだ。入り口からあまり距離がないという事は、苦戦する相手でもないだろう。準備運動だな」


「わ、分かった。何って魔物だろう」


「知らん」


 キリムが動くと空間内の空気も動き、ランプの明かりが魔物の陰を揺らす。正体は分からないが四つ足の魔物は確実に近づいている。手帳を開いて姿から名前と特徴を調べるような暇はない。


 暗い夜の戦闘は幾度も経験した。けれどこのような狭い空間での戦闘自体、キリムにとって初めての事だ。緊張のためか、短剣を握りしめる手に力が入る。


「気力を使いこなす事を意識しろ。魔窟では連戦もあるだろう、使わずに済む場面でやみくもに気力を溢れさせたなら、その後の戦闘に響く」


「うん、出来るだけ抑えてみる」


「相手の強さを測る上でも大切だ。お前が試したい事はどんどんやれ、いざとなれば俺がいる」


「うん、有難う」


 手に持っていたランプを壁際に置くと、高さ、幅ともに3メルテ程の通路内が少し薄暗くなる。数メルテ先を正確に視認するのも難しい中、魔物は低く唸ると不意に突進を始めた。


「うわっ!?」


 キリムは慌てて避けるも、魔物の動きは機敏で、すぐに方向転換して再び襲い掛かって来る。その姿はヒョウのようで、ランプの明かりで目がキラリと光っている。ただ、色が黒いせいで捉えるのが難しい。


 短剣を交差させて右前足によるひっかきを防ぐと、キリムはどのように戦うかを考え始めた。


「なんか、猫みたいな格好! すばしっこいし、攻撃も速い!」


「そういう魔物は追い詰めるんだ。隙を見つけろ」


 周囲に袋小路はなく、壁際に追い詰めても左右に逃げられてしまうだろう。岩の窪みを利用しようとも考えたが、ちょうど良い場所を探す程の余裕もない。


 そうして短剣と小手で攻撃を防ぎ、噛みつきをかわしながら、キリムはふと気づく。


 猫パンチのような連続した殴打やひっかきを片手、あるいは両手で行う際、魔物の視線はキリムだけに向けられている。


 こちらの攻撃に注意しつつ、身のこなしがキリムより上である事を分かっているかのように、短剣の動きを追って、キリムの反撃をかわす。


 暗闇の中に生きるのなら熱源や空気の動き、においを頼りに活動していると思っていたが、この魔物は目で捉えた情報を頼りに襲い掛かっているのだ。


「ウインドカッター!」


 目で見える攻撃が駄目ならば、目で見えない攻撃をすればいい。キリムは至近距離から風の刃を生み出す魔法「ウインドカッター」を発動させた。


 淡い光を纏うため目で追えない訳ではないが、魔物は風の刃とキリムの双方を同時に警戒できない。


 風の刃が胴体を斬り付け、長くくねらせた尻尾を半分に切り落す。


「ギャウゥゥ!」


「破ッ!」


 魔物が切り落とされた尻尾へと振り返った瞬間、キリムはすかさず反対側から短剣で斬り付ける。そして一歩下がるとすぐにファイアを唱えた。


 魔物は自身を焼く炎を消そうとのたうち回る。もはやキリムを攻撃する事など忘れているかのようだ。


「マルス達と旅した1か月で、戦い方は色々と学んだ。少しは成長してるところを見せないとね!」


 キリムは右手の短剣を左下から斜め上へと切り付け、そしてすかさず左手でその逆を行う。


「武器だけじゃなくて、小手や足具だって使える! ブリンクから教わったんだ!」


 そしてキリムは肘打ちで間合いを取ってから、短剣をねじ込むように突き刺す。ステアは当たり前に心得ているが、複合攻撃をさせるにはまだ早いと思っていた。


 そのレベルに到達していた事は、ステアにとって想定外だった。


「ほう、そこまで上達したか」


 勿論、小手での殴打や肘打ち、足具での蹴りや踵落としは今までのキリムになかった発想だ。それは学生時代から双剣を使っていたブリンクに習った戦い方だった。


「これくらいはね。戦いやすさはやっぱりマルスが居てくれた方が断然良かったけど、強くなるために色々やってみた事、間違いじゃなかった」


「上出来だ。回復を考えながら進め。連戦になりそうなら俺も動く。召喚された俺が戦うという事は、召喚士としての霊力が鍛えられる事にもなる」


「うん。資質が高いとか霊力量が多いって言われても、その強さを鍛えるにはステアが戦ってくれるのが必須だからね。頼りにしてる」


 キリム達は初戦を無事に終え、また奥へと進み始める。旅人のパーティーと数組すれ違いながら1時間ほど歩けば、戦闘も数回起こり、他のパーティーの戦闘も見かける。


 1時間歩いたものの、なだらかな下りで更に周囲の光景も変わらないため、どれだけ潜っているのかわからない。地図によれば魔窟はまるでアリの巣のような層となって、地下へと続いているようだが、代わり映えのしない洞窟内では実感がない。


「水の浸食だけではなさそうだね」


「ああ。空洞を見つけながら、次から次へと鉱山の跡のように掘り進めれられたようにも見える」


「魔物は弱くない。助けを呼べるとも限らない。でも、特訓にはいい機会だね。強くなりたいと思ってた時に訪れることが出来て良かった」


 魔物との遭遇は外を歩いている時よりも多く感じる。複数の魔物が現れた場合にはメインをキリムが、その他をステアが倒していく。


 ステアとの連携はなかなかで、キリムが正面から斬り付けたなら、ステアが背後から止めを刺す。その動きと強さは、つい最近まで駆け出しのひよっこだったとはとても思えない。


「やっぱりこうでなくっちゃ。俺には好き勝手に動く方が性に合ってる。マルス達との旅もすごくためになったし、色々教わったけど、それを実践するのはステアとの戦闘が一番だ」


「お前の戦い方は自由度が高い。だからこそ、型にはまったパーティーという形態で、1つの役割を担う戦い方は良さが活かされないのだろう」


「うん、そうなのかも。早く強くなって、ステアとちゃんと血の契約をして、そしてデルを倒す。出来そうな気がしてきた」


「打倒デルという目標は忘れていなかったか」


 何ともないふりをしながら、ステアはキリムの発言に驚いていた。キリムは今、確かに「血の契約をする」と言ったのだ。


 思わず問い詰め、今の発言に嘘偽りがない事を誓わせたくなる。そんな気持ちをグッと抑え、ステアはキリムからランプを奪い、先を照らす。


 ひんやりした魔窟内は遠くから戦闘の激しい音が聞こえる事もあるが、基本的には静かだ。そして声がよく響く。


 キリムが意図的に伝えたのか、それとも思いがポロリと口から出たのかは定かではない。だがこの状況なら聞き間違いではない。


 ステアはキリムの発言に珍しく上機嫌だった。もちろん、それを態度には出さないが。


「灯りは俺が持つ。両手を空けておけ。そうだな、デルがいつまでもおとなしくしているとは限らん。お前が納得出来るところまで成長する、その到達日は出来る限り近い将来であるべきだ」


「なんか色々ありすぎて、最初の目的を忘れそうだったのはある。でも、少なくとも遠ざかってはないから」


 魔窟の先は暗く、ランプの灯りも及ばない闇が広がっている。けれどもうキリムは不思議と不安を感じていなかった。


 ステアがいるという安心感、確かに成長しているという確信。昨日みんなと考察したステアとの関係や、ステアが弱った謎も解明され、晴れ晴れとしているくらいだ。


「俺が手をひいてやる。お前は手帳でここに出現する魔物の特徴を把握しておけ」


「うん。なんだかこうしてステアを召喚して、一緒に戦っている自分がやっぱり一番しっくりくる。こんな旅を一生続けていたいね」


「そうか」


「デルを倒した後も知らないところに行って、知らないものを見て」


「そうだな」


 キリムはふと立ち止まり、そしてふっと息を吐く。不審に思ったステアが振り返る。


「俺、決めたから。ステアの主として、俺が一生面倒を見る」


 今度こそステアは驚きを隠さなかった。いや、隠せなかった。その決意がまるで血を飲んだ時のように、体の芯からゆっくり全身へと浸透していく。


「ステア?」


 キリムの呼びかけに、ステアは目を瞑って優しく微笑むと、やはりステアらしく返事をした。


「状況は逆だがな。期待しているぞ、我が主」

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