CARSE-08(046)
「この後、どこか見て回りたいところある?」
「あたし、あの中心の広場に行きたい! 凄く高い塔も見えたんだけど」
「ああ、あそこから北の湖がよく見えるんだ。外壁の上からも見えるけど、塔の方が高いから。案内するよ」
「わーい、やったー!」
魔物にも立ち向かう勇敢な旅人とはいえ、10代の好奇心旺盛な女の子だ。リビイもサンも目を輝かせて喜んでいる。雑貨屋で欲しいものを買うんだとか、ケーキの焼き方を教わりたいなどと、お洒落な町での滞在をめいっぱい楽しむつもりらしい。
それに対して、マルスはずっと考え事をしているようだった。
キリムはリビィとサンにどこに行こうかと尋ねられ、ステアの足元をチラリと見た後、「ステアの靴を買いに行きたい」と答える。観光するための靴がないのだから、仕方がない。
「クラムステア。ちょっと、話があるんだけど」
「……なんだ」
そんなたわいもない会話をしていると、ずっと厳しい顔をしていたマルスがステアに声を掛けた。キリム以外に興味がないステアは、チラリと視線だけを向け、不機嫌そうに応える。
マルスの真剣な態度に、いったんはキリム達も浮かれた心を落ち着かせてお喋りを止める。マルスが何を言いたいのかを察したリビィ達は、マルスの言葉を待っていた。
「……クラムなんだろ」
「だからどうした」
「俺は、小さい頃からキリムを知ってる。幼馴染だし、この先もできれば一緒に冒険をしたいと思ってる」
「そうか」
ステアは特に良いとも悪いとも言わず、首を動かす訳でもなく、腕組みをしたまま視線だけを向けている。キリムは旅の中で成長を続け、同年代の旅人の中では頭1つ飛び出ている。
それは贔屓でも何でもなく、武神としての評価だった。マルス達のお気楽な雰囲気から、この4人は戦闘の面に関して言えば、キリムの成長に有益だとは思えなかった。
普段のステアなら、それを当然のように告げるだろう。しかし、今日のステアはどこか大人しかった。
「キリムは、あんたがいるから俺達とは旅を出来ないと言う」
「俺と旅をするのはキリムが選んだ事だ。主と行動を共にして何が悪い」
ステアがムッとした表情でマルスを睨む。少しの沈黙を破ったのはマルスだった。
「あんたの調子が悪いから、キリムは俺達と一緒に来れないと言った」
「問題ない。貴様に関係ない」
「関係あるさ。キリムの足を引っ張らないでくれって言ってるんだ」
「ちょっとマルス! 俺はそんなつもりで言ったんじゃないよ!」
キリムはトゲのあるマルスの言葉に、たまらず止めに入った。ステアが居なければ、キリムは旅人としてここにはいなかった。クラムとしての願いを、キリムが叶えてみせる。旅立ちの時にそう誓った。
ステアの調子が悪いのなら、今度は自分が助ける番だ、そう思っていた。
ステアはキリムがマルスの言葉を止めてくれた嬉しさもあったが、同時に申し訳なさも感じていた。真実を告げていないせいで、キリムには誤解させたままだ。
「いいから聞いてくれ。俺は……一緒に旅がしたい以上に、友達としてお前に死なれたくないんだ」
マルスはステアではなく、今度はキリムへと顔を向ける。その表情は真剣そのもので、リビィやブリンクもキリムを心配そうに見つめていた。
「あの……な。つまりマルスは今のステアがキリムを守ってくれるのか、本当に守れるのか心配なんだよ」
「その、クラムステアが強いのも、すごく頼りになるのもちゃんと分かってるの。でも……クラムステアが本調子じゃないなら、調子が戻るまで私達と一緒にいてもいいんじゃないかな」
「そうだよ。キリム君、クラムを大事に思うのは召喚士として当たり前だよ。でも……ちゃんと考えてる?」
マルスだけでなく、リビィやサン、ブリンクもキリムの事を心配していた。もちろん、駆け出しの彼らにとって、キリムの加入は心強い。
だが、召喚士をパーティーに呼び込む事が狙いではない。マルス達はキリムの昨日からの浮かない顔に、何か嫌な予感がしていた。
「キリム、クラムステア、本当に大丈夫なのか? いざって時、1人で魔物の群れの中に取り残されないって、誓えるか?」
マルスがそう心配するのは、キリムがステアの不調を口にした事だけが理由ではない。
「キリム君、知ってる? ゴーンで登録した新人のパーティーが先月崩壊して、4人が亡くなったって話」
「えっ?」
キリムは各地を旅していたが、ベンガに立ち寄る前は小さな村に2つほど寄っただけだ。なのでまだ旅人としての最新情報を仕入れていなかった。新人であればキリム達と同年代であり、他人事ではない。
「詳しく言えば亡くなっていた、って事ね。発見が遅れて見るも無残な姿で……所持品でかろうじて身元が判明したんだって」
「周りに人がいない場所で何かあったら、そうやって誰も助けてくれずに死んでしまうんだ。勿論、沢山いれば助かるって訳じゃないけど」
「俺はベンガで旅人登録した後、1年かけてマルス達と知り合った。仲間の大切さを身に染みて感じているよ。聞いた通り、旅人と知られちゃまずい土地、召喚士だと知られるとまずい土地もある。そんな時、1人では危ない」
マルス達が言う事はもっともだった。勿論キリムはステアと共に気楽な旅をする事を気に入ってはいたが、確かに旅への制限もある。
それでも自分はステアのペースに合わせようと、再度パーティー加入を断ろうとした時……先に口を開いたのはステアだった。
「俺はキリムに仕える事こそが己の存在意義だ。貴様らがどう言おうと、俺はキリムの為、貴様らでは敵わん戦力としてキリムの手足になる」
「そういう事じゃなくてさ、俺達は……」
「話を最後まで聞け」
ステアは眉間に皺を寄せたままで、今度はあからさまに不機嫌を表したままマルスを睨む。キリムがその眉間と睨みを指摘すると、珍しくため息をついて話を続けた。
「クラムについて、俺についての話だ。話が終わるまで、キリム以外からの質問に答える気はない」
「……分かった」
ステアが自分の話をする事は珍しい。キリムはマルス達に頷き、皆は遮らないと伝えた上で話を促す。
「俺たちクラムと召喚士の関係、それにはいくつかの種類がある。ただの召喚主と、クラムという関係。そして俺とキリムのような主従の関係、そしてあるべき主従」
「あるべき……主従? ごめん、詳しく教えて」
「あるべき主、つまり真の主はいつ生まれるのか分からない。例えば俺が誕生した瞬間、すでにこの世に居るかもしれないし、数百年先かもしれない。赤ん坊なのか、老人なのか、召喚士もクラムもお互いにそれは分からない」
ステアはキリムをチラリと見て理解度を確認する。質問をしていいタイミングなのだと分かり、キリムは疑問を投げかけた。
「じゃあもしお互いに気付かなくて、もし召喚士が死んじゃったら?」
「そうなれば、残されたクラムはいつ真の主が現れるのかと期待し、どんなきっかけで出会うのかと想像しながら、現れない主を待つことになるだろうな」
「そんな……」
真の主という言葉を聞き、キリムは少し不安を感じていた。ステアにとって、自分は真の主なのか。いや、確率から言えばその可能性は限りなく低い。
「あるべき主従が血の契約を交わせば、それはカーズと言う」
「カーズ……呪いって意味じゃ」
「呪い? 確かに、言われてみれば呪いとも取れるな。互いに信じられない程の急成長を遂げるが、互いに依存し合う。この関係になっているのはクラムメルリトだけだ」
ステアが体調を崩し、そしてマルス達からはパーティーに誘われている。このタイミングでその話をされるという事は、キリムにとってあまり良くない話のように聞こえた。
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