Re:START‐08(027)
* * * * * * * *
「見えました、あれがイーストウェイの旧墓地です」
「うわぁ……荒れてますね。それにしても、こんなに遠くに作らなくてもいいのに」
次の日。
アビーと合流したキリムとステアは、街道を北へと数キルテ進み、遠くに見える門や墓石が倒れた旧墓地を観察していた。
イーストウェイから北へ続く海岸は、一度東へと切り立った崖を伸ばして小さな半島を作り、そして再び街道沿いまで迫ってくる。
草木がまばらに生える荒野を歩いていたかと思えば、墓地の手前数百メートルからはいつのまにか海沿いを歩いている。たいした魔物が出るわけもなく、これくらいならキリムとステアだけでも十分だ。
「もう何年も使われていませんし、本当はこのまま私も訪れる予定の無かった場所です。もう少し先に見える海辺の小屋の辺りが、昔のイーストウェイの港です」
「え?」
よく見ると墓地よりも更に先に、廃墟と思われる崩れた家々と桟橋が見える。
立派な漁港を持ち、土地が無い訳でもないイーストウェイの町が、こんな辺鄙な所に墓地を作ったのではない。イーストウェイの町が南へと移ったのだ。
「もしかしてイーストウェイって、今の場所に遷ってきた……んですか? あれが、昔のイーストウェイの町?」
「なるほど、この墓地は以前のイーストウェイの頃からあった墓地か」
「ええ、そうです」
ステアが成程、とつぶやいた後、言葉を続ける。
「10年程前に港町が壊滅させられたというのは、イーストウェイの事だな。大波と共に停泊していた大型船が港を押しつぶし、結界装置が壊れサハギンが襲撃したと聞いている」
「その通りです。あっという間の出来事で、随分と町の人も亡くなりました。大波が一気に押し寄せた時、逃げ場の無い海の水が高さを増したそうです。私は友人のいる隣町に出かけていましたが、噂を聞きつけて戻ったときにはもう……」
「今のイーストウェイがある場所って、見渡す限り平坦な海岸線で、護岸もしっかりしてるよね。ミスティは海が無い村だから、そんな事があるなんて思いもしなかった」
大波に浚われ、サハギンの襲撃で壊滅したイーストウェイに、全てを持って出る余裕はなかった。命からがら逃げ伸びた人々は、野宿にも近い生活から10年をかけ、やっと今のような活気のある町を作り上げたのだ。
「町民だけの力ではどうにもならず、外からたくさんの支援を受けて復興しました。町を覆うように防波堤を築いていますけど、冬の大荒れの時期はあれでも波が僅かに越え、1ヶ月以上まともに船が停泊できない年もあるんです」
「船の中継地として、内陸への物流拠点として、それでも必要ってことですね」
「ええ」
旧墓地が現在のイーストウェイから遠い理由が分かり、キリムはすっきりしたようだ。遠くからでも目を凝らすと分かるアンデッドたちを見つめ、短剣を握り締める。
「無茶はしないで下さいね、『幽霊狩りが幽霊になる』ということわざもありますし」
「ううっ、格上の魔物相手にどれだけやれるか……少し試してみたい気もするんだけど」
キリムは昨日の戦闘を今日も試してみたいと思っていた。自分よりも強い魔物だという認識はあるが、それでも強い2人に守られて陰から魔法を放つつもりは全くない。
腰ほどまでに伸びた雑草を掻き分けて墓地に足を踏み入れると、アンデッド達が一斉にこちらに敵意を向けてくる。動きこそ遅いが、その数が多い。囲まれたら逃げるのは難しそうだ。
「おとぎ話だったら、幽霊は太陽の光で死ぬのに」
「作り話に夢を見るな、現実を見ろ。そして繰り返すが無茶をするな。お前が死ねば俺も消える。そうなればアビーも生きては帰れない」
「うん」
まずはステアが駆けだし、1体の骨ゾンビの体を短剣や蹴りで折っていく。アビーがその骨に回復魔法をかけると、骨は元に戻るどころかボロボロに、しまいには粉のようになって消えていった。
「そうやって倒すのか……俺もファイアを!」
キリムは炎を操り、そして短剣で切り付ける。しかしキリムの魔力や気力では足りないのか、表面が焦げるか、やや骨が欠ける程度しかダメージがない。
そもそもファイア自体が初歩中の初歩の魔法であって、致命傷となるのはごく弱い魔物だけだ。それで倒せるのなら、アビーだって旅人等級3以上を指定しない。
「もっと強く唱えないと……!」
幾ら魔力を込めようと頑張っても、ステアが使っていたとびきり上等の短剣でいくら懸命に斬りつけても、昨日のようにはいかない。苛立ちからか、キリムはだんだん暴れているだけのような戦いになっていく。
「全力なのに……全く効いてない!」
キリムは昨日、チーラビを相手に特訓をし、短剣の使い方などもかなり工夫をした。今日は行けると思っていた。
それが殆ど通用していないことにショックを受けていた。
そもそもキリムは筋力や魔力を伸ばす訓練を満足にしておらず、魔力の使い方も、気力の使い方も未熟だ。強敵に才能やコツ1つで勝てる程、世の中甘くはない。
この戦闘だって、力量からすれば絶対に避けるべきであり、対峙するのが無謀なのだ。今まで自信をつけることしかしてこなかったキリムには、少々きつい現実だった。
「お前はアビーと共にいろ! 俺はアンデッドの数を減らす!」
「キリムくん、下がって! あまり魔法を使うと目立ってしまう! 魔物は一番未熟な者を嗅ぎ分けて狙ってくるの、前に出過ぎないで!」
「……分かった。俺の攻撃じゃ全然効果が……あっ! アビーさん危ない!」
アビーに向かってくる腐りかけたゾンビを足払いし、そしてファイアを放つ。少しでも自分だって役に立っている、そう思いたかった。
強敵相手であろうと、自分なら通用するんじゃないかという根拠のない期待があった。そして焦りもあった。
「うぉぉぉぉ!」
足払いをした後ですぐに回り込み、倒れたゾンビに渾身の力で短剣を振り下ろす。
確かに骨を砕いた感触があり、喜んだ……のも束の間、ゾンビの体から緑色の気体が放たれた。
「うわっ!」
キリムは顔の前で咄嗟に気体を振り払い立ち上がる。それが毒だと気づいた時には既に吸い込んでしまった後。キリムの顔色はみるみる悪くなっていく。
毒が体にまわったことで、キリムの動きは鈍くなる。体に力が入らず、頭は割れるように痛みだす。
「キリムくん!」
治癒術士であるアビーにその状況が分からないはずはない。キリムが今毒をくらったことをすぐに把握し、キリムの顔色を確認する。
「キリム! チッ、アンデッドの数が多過ぎる」
「大丈夫、治癒術が効くわ。クラムステアの近くに!」
「うっ、痛い……駄目だ、護衛なのに守られるなんて」
思わずしゃがみこんでしまいそうになるが、それでもキリムはアビーを守ろうと術を唱え、短剣を振り回し、アンデッドを寄せ付けないように努める。
「解毒には時間がかかるけど、体力は継続回復のリジェネを掛けたからもう大丈夫。でも完全に毒が消えるまでは私の補助に徹して!」
第一線を退いたはずのアビーの動きはなかなか良かった。
アビーはステアの動きを的確に把握し、ステアの仕留め損なったアンデッドへ回復魔法でトドメをさす。そして自身への攻撃を避ける為に常に移動する。キリムの行動にも目を配り、そして今は守っている。
補助と言われても何をしていいか分からず、とにかくアビーに向かってくるアンデッド達を両手の剣で妨害する。アビーに襲い掛かる個体にはファイアを放ち、首を刎ねようと思い切り切り付ける。
「その調子! 少しの傷から回復魔法が効くの!」
ヒビが入っただけの部分にアビーがヒールをかけると、アンデッドはそこからどんどんと崩れていく。
「毒はそのダメージよりも、体の機能が低下する事こそ怖いの。自分が思っている以上に弱っていると考えて。休んでいてもいいくらいよ」
「いえ、それだと護衛の意味が……無いんで」
「その使命感に感謝するわ。アンデッドから攻撃を受けずに済むのはあなたのおかげ。でも、無理して冒険の道を絶たれることになったら何の意味もない。大人の忠告は聞くものよ」
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