TRANSIT‐09(014)


「お前が納得できるなら決めろ。武器は俺のを片方引き続き貸す」


「うん、ごめんね、有難う」


「そうだね。よし、おいらがちょこっと手直ししてあげるから、ダイジョブ」


「本当ですか!?」


 ワーフが鍛え直すのだから、こんなに贅沢な事は無い。武器を1本借りるとしても、初心者の戦いにおいて、ステアが短剣1本で困るような場面もないはずだ。


 問題は、あまりにも良すぎるステアの武器に慣れ、キリムが自分で買った武器を操った際に、思い通りに行かない時が必ずくることだろう。


「じゃあ、これにする!」


 キリムは会計カウンターに装備を持っていく。カウンターの女性は、キリムが選んだ装備を見てニッコリと笑った。


「いらっしゃい、あんた見る目あるね」


「え、あ、どうもです。デザインが好きだったのと、見た目よりも凄く軽かったから」


「身軽に動きたいなら絶対にこれだよ。作ってるのはあんたみたいな駆け出しの子、でもこれが思いの他才能あってね」


「駆け出しの人の作品、ですか」


 女性はキリムが不安を覚えたのかと、慌ててフォローを入れる。


 実績がない駆け出しの鍛冶師の作品はなかなか売れない。旅人の装備選びは殆どがパーティーメンバーのブランド推しか、クチコミなのだ。


「あたしが売り場の棚に一式並べて良いって許可出せるくらい腕はいいんだ。普通はパーティーの誰かが使ってるお勧めを言われるがまま買っちゃうから、新米鍛冶師には厳しくて。あの子の作品で売れたのはそれで3着目」


 キリムはステアとワーフに頷き、5000マーニを支払う。


「これ、もうここで着ちゃってもいいですか? 今着てるの、やめた方がいいって言われてちょっと恥ずかしくて」


「そう……ね、ちょっとその恰好はナシかな。そこの横の試着室で着替えるといいよ」


 キリムは早速買った軽鎧に着替える。後でワーフに鍛えてもらうにしても、見た目だけはその場に相応しくしたかったようだ。


 麻の生地と甲に軽い鉄板が入ったブーツまで履き終えると、鏡に映った自分がようやく旅人になったと感じた。真新しい装備だとしても、これなら1日目の新人には見えないだろう。


「着替え終わりました。ステア、ワーフ、どうかな」


「ワーフ? って、ちょっと待った! 伝説の鍛冶の神、クラムワーフかい!?」


 女性はワーフを今初めてしっかりと視界に入れたのか、飛び上がるほど驚いた。


「おっと、目立たない恰好で来たのにバレちゃった」


 ワーフは心底ビックリしたというように両手を挙げて目をまん丸にする。どうやら本気で自分がクラムワーフだと気付かれていないつもりだったらしい。


「なんてこと! 見かけない種族だなとは思ったけど……呼び出したのかい? あんたまさか召喚士かい?」


「あ、はい、召喚士です。こっちはクラムステア、実は装備を買うのは初めてで……アドバイスして貰ってたんです」


「クラムワーフ、どうかウチの店の品物を見て行っておくれよ! どこが悪いとかさ、どれがいいとか、ああ、クラムワーフに出会えるなんて! 君、新人君、名前は?」


「キリムです、キリム・ジジ」


「覚えたよ、あんたウチのお得意様にしたからね。別の店で新調したらタダじゃおかないよ!」


「うえぇ……わ、ワーフ、どうしますか?」


「見るよ! いいものを知るのは大切! 買えなくても見てみよう! 人の自信作を確認しなくちゃ」


「分かった、ステア行ってみよう」


 キリムとステアは1つ階を上がり、ワーフのウィンドウショッピングに付き合うことにした。女性は会計カウンターに「用があれば叫んで呼べ」と書かれた札をかけ、ワーフの横を歩く。


 上の階には数人客がいて、見慣れないウサギ男に首を傾げていた。


「どうだい、キラリと光る装備はある?」


「全体的に成形に気を取られているね。もっと質のいい材料を入れないと駄目だよ、耐久が上がらない。こっちのは熱の与え方が足りない、精錬の過程での温度が低いね。こっちは各部位毎に丁寧さが違う、多分炉に戻しながら形を修正したんだね」


「あ~、職人によく言っておくよ、材料を業者に言われるがまま確かめもせずに買ったんだね。よし、値段を下げて、一定以下は下の階に下げる。職人が何か言ってきたらテメエの恥ずかしい仕事を良く見てみろって言っておくよ」


「その重鎧はいいね、見ただけで分かるよ。基本的な部分が全て均一だし、不必要に光が反射しないように表面処理してある。メッキでギラギラさせる職人もいるけど、何の為に装備するのかを、この製作者は良く分かってる。この人の作品は他にないのかい?」


「ああ、それはまさにさっき坊やが買ったものと同じ作者さ。その前に作ったのがあまり良くなくてね、あたしが3階の特価で並べたんだ。余程悔しかったんだろう、執念で作ったと言っていい。その子の名前はエンキ・ヴォロス。作品ならあと1つ上の階にあるよ」


「エンキ……」


 ワーフは呟くと、一目散に上に駆け上がる。大きな声で先に帰ってて! と言うと、その数秒後には「これは凄い! これは凄い!」と、とても五月蝿く興奮した声が響いた。ワーフが感激するほどの力作だったのだろう。


「キリム、先に帰るか」


「そうだね、武器も一応見たかったけど、ワーフがあの調子だと今日は無理かな」


「あんたたち、クラムワーフと偶然でもこの店に入ってくれて有難う。鍛冶の神がウチの品評をするなんて信じられないよ。あとでクラムワーフの解説をまとめてウチの職人に課題として突きつけとく。早く強くなって戻ってきなよ」


「うん、ありがとうございます」


「武具商ジェインズを御贔屓に!」


 キリムとステアは店を後にし、そして建物を出た。キリムは軽鎧を嬉しそうにステアに見せながら、「どう? 強く見える?」と感想を求める。


 そんなに確かめたいなら、とステアは街の外に出ることを提案し、周囲の魔物を相手に装備の強度を試すことにした。


 協会で「クエリ」を受注すれば早速稼ぐこともできる。昼間の恰好があまりにもだったせいかギャップが激しく、召喚士キリムだとバレずに済んだ。


「なんだか、装備を着ているのにすっごく動きやすい」


「そうか」


 歩くだけでも実感していたが、鎧も小手も足具もとても軽い。戦闘になるとその軽さは以前の皮の服とは雲泥の差に思えた。


 短剣で切り込む際、今までは半ば体当たりのように向かっていたのが、今はきちんと斬りに行ける。腕や腹はプレートや強化された布地のおかげで、魔物の攻撃を受けても多少の痛みで済む。


「だいぶ戦いに慣れてきたよ! この調子ならクエリをこなせられるかも!」


「ではこのまま対象の魔物を探すぞ。次はブルオーク……二本足で立つ豚の魔物だな」


 戦闘に関しては装備による安心感は増したが、やはり武器を借りているという状態への申し訳なさは拭えない。


 早くお金を貯めて、そして次こそは武器を買おうと、キリムは意気込んでまた遠くに見える魔物に向かっていった。


 強くなることはいいことだが、いつか自分を頼らなくなる日が来るのではないか。一方のステアは何故かそんな不安が芽生え始めていた。





 * * * * * * * * *





 翌日、初めて宿に泊まり、旅人としての初日を終えたキリムは、半袖シャツのまま町の噴水広場でステアを待っていた。ステアはワーフが仕立て直した鎧を受け取りに行っている。


 鞄の中には昨日稼いだ金の残りが入っている。ダークウルフの巣の殲滅で800マーニ、ブルオーク退治で600マーニ。


 宿代が掛かるため全額とは言えないが、この調子であれば3日後村に戻るまで、父親の薬代は数か月分稼ぐことが出来るだろう。

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