第9話


  キッツ!

  雨が上がり燦々と照る太陽がジリジリとオイラの後頭部を焼く。

  地面に染み込んだ雨水も陽の光で一瞬にして蒸発し、息が出来ないほど高温の水蒸気となって大気中を彷徨っている。

 

  それだけではない。ぬかるんだ地面が一歩歩くごとにオイラの足を絡めとり、思うように進めない。

  タダでさえ体力が少ないのに、これらの悪条件が重なって頻繁に休憩を取る羽目になった。

  不快指数が限界突破しそうだ。

  それでも新鮮な空気と土の香り、そして生き物の脈動が身近に感じ取れることにとてつもない幸福を感じる。

  幸福と不快が体内で織り混ざってなんとも言えない温い汗が噴き出す。

  村から今回の目的地であるトレッジは歩いて三日といったところだ。

  村を出てからだいぶ経っているからあともう少しで着くだろう。


 


  あー、涼しい。

  未舗装の悪路を抜けて、ようやく舗装された街道に出ることができた。

  日はもう沈みかけている。

  そのせいか先ほどまで猛威を振るっていた酷暑が鳴りを潜め、街道を沿うように植えられた木々が爽やかな薫風を運んでくる。

  火照った体が程よく冷えて、気持ちがいい。


  後はこの街道をひたすらまっすぐ進めば目的地に着く。

  遥か彼方の地平線からは、わずかに顔を出す真っ赤な夕日が煌々と輝き、燃え尽きようとしている。

  綺麗だな。色は微かにしか見えないけど。

 

  「おい、そこのにいちゃん。」


  それにしてもどうなってんだろうな。

  オイラの目は日に日に視力を増していっているようだ。


  「って、聞いてんのか。おい、そこのお前だよ。」

 

  今も目隠しをしている状態にもかかわらず、微かにではあるが色を認識できるようになっていっている。

  くり抜かれる前でもここまではできなかった。

  せいぜい飛んでいる鳥の風切羽を地上から見分けることができる程度だった。

  …いや、それも結構すごいな。自分で言うのも何だけど。

 

 

  オイラはとっさに頭を下げ、曲がった膝をバネにして思いっきり宙へと跳ね上がり、自分が立っていた場所の遥か後方に降り立った。

  先ほどまでの地面には砂ぼこりと湯気が立つ凹んだ箇所からは剣が生えている。

  その剣を辿り、視線を上へと向けていくとモジャモジャの髪を雑に束ねた男が柄と繋がっていた。

  男は一瞬、驚愕の表情を浮かべるもそれを誤魔化すように大声を張り上げる。


  「おい、テメェ、さっきから無視してんじゃねぇぞ。」

  無視とはどう言うことだ?オイラはアイツに話しかけられてたのか?全然気がつかなかった。

  反省反省。


  「それはすまねぇ。で、ご用件は何でしょう。オイラに出来ることなら何でもお伺いましょう。」

  オイラは人に話しかけられて上機嫌に対応した。


  「おう、わかってんならいい。有り金を全部置いていきな。」

 

  「えっ、無理。」


  「はっ?」

  オイラの即答に盗賊は目を丸くする。話し終える前にすっぱりと断られたのだから、これまで暴力で思い通りに生きてきたこいつらには何を言われたのか理解するのにしばらくの時を要するだろう。

 

  てかオイラ金持ってねぇし。逆にもらいてぇわ。むしろ。カツアゲするなら金をくれ!ってね。イッヒヒヒ。


  「テメェ、おちょくってんのか。さては兄貴を知らねぇな。」

  モジャモジャの取り巻きたちが何やらまくし立てている。

  「うん、知らん。誰?」

 

  少々煽りを入れて盗賊の冷静さを奪っておく。

  オイラの異能で勝てない相手だった場合を考慮してのことだ。人生何事も慎重がいちばん。用心しておくに越したことはありませんからねぇ。

  オイラの実体験より抜粋。


  「いいだろう教えてやる。聞いて驚け!兄貴は元A級冒険者にして序列27位、<モジャ髭>のカミール様だ。」

  うん、知らん。順位微妙。

  二つ名の名付け親、遊び心全開の無邪気さで決めたな。さては。

  それにA級だの序列だの言われても全然分からん。

  冒険者の存在自体は知っているが縁遠い世界だと思って最低限の知識しか持ってなかったからな。

  街に着いたら勉強しよ。


 

  オイラがまた自分の世界へと埋没し始めると、それを萎縮と受け取ったのかモジャ髭(笑)がニヤニヤと言葉を続ける。


  「テメェがおとなしく金を出すって言うんなら痛めつけないでおくぜ。どうする?」


 

  「えっ、無理。」

  だから、金無えって。そもそも


  「何でオイラなんだ?」

  オイラは一目見てわかる通り金の気配が全くしない。

  それほど貧しい格好をしていた。

  薄汚れた黒いローブに、これまた傷が所々に点在する赤黒い服。ちなみにこの傷はオイラがドラゴンの皮を鞣すのに失敗した証だ。

  こんなオイラのどこを見て収穫があると判断したんだろうか。


  すると、モジャ髭大先生(笑)が馬鹿にしたように鼻で笑いすっげえ上から目線で講義をしてくださりやがった。

  「テメェさては馬鹿だな。いいか、この街道に続く街はトレッジしかねぇ。トレッジは冒険者の聖地でありこの国でも有数の裕福な街だ。そんな街に踏み入るのにそんな汚い格好の奴がいるか。乞食だってもうちょっとマシな服着てるぞ。つまり、テメェは貧乏なフリして俺ら盗賊を欺こうとする大金持ちってことだ。」

 

  「兄貴スゲェ。」


  「さすがっす。」

  周囲の取り巻きたちが一斉に兄貴を持ち上げる。

 

  いや、どこら辺がだよ。論理完全に破綻してんじゃん。足生えて兄貴の元から一目散に逃げちゃってんじゃん。


  そう思ったが口には出さず生暖かい目でモジャ髭を見据える。

 

  「まぁいいさ。テメェが反抗するってんなら力でねじ伏せるまでだ。」

  モジャ髭が目配せをすると配下たちが一斉に散らばりオイラを取り囲むようにして陣形を組んだ。

  慣れてやがるな。迷いのないスムーズな行動にそう感じ取った。

  しかも、全員が高い練度の武人のようだ。

  考えてみればそれもそうか。モジャ髭が元冒険者ってことは周囲にいる人間達そうだった可能性が高い。

  今でこそ盗賊に身をやつしているが昔はそこそこの冒険者だったのだろう。

  「テメェには痛い目にあって貰うぜ。多分死にはしないからよ。」

  モジャ髭は地面に刺さった剣を肩に担ぎ、オイラにその切っ先を向けた。


  「総員突撃だ!」

 

 



  「…っすいませんでいたーーーーー。」

  髪を丸坊主にされた元モジャ髭が白眼を剥いて倒れふす中、配下たちはオイラに土下座をしていた。

  配下たちも顔が腫れ上がり痣ができている。


  「これからは心を入れ替えて生きていく所存です。本当にすいませんでしたーーーーーーーー。」


  「ああ、がんばれ。」

  オイラは先ほどよりもさらに上機嫌で百万ジュエルの笑顔を見せる。

  コイツらのお陰で肉弾戦の感触も大体把握した。

  次からは一撃で気絶させることができそうだ。

  なかなか意識を失わず顔面を腫らした男たちを少し気の毒そうに眺めながら反省した気もした。

 

  「こ、これ、ほんのお詫びです。ど、どうかう、受け取ってください。」

 

 

  「いや、いらな…」


  「で、では失礼します!」

  配下たちは皮の袋を地面に置き、そして元モジャ髭を背負い遥か彼方へと走り去ってしまった。

 

  行っちまった。オイラは地面に置かれた袋を持ち上げてみるとずっしりと重い感触が腕に伝わってきた。

  やっぱり。金が結構な枚数入っていた。オイラの子供の頃の月収の数倍にも及ぶ値だ。

  嬉しいっちゃ嬉しいが、これもどうせ盗賊業で手に入れた金だろう。いわば涙の金。

  それを間接的にとはいえ手に入れたオイラはアイツらの行為に加担したのでは?


  ………。

  まぁ、いっか。金に罪は無い。それに正直ありがたかった。ドラゴンの皮などを売って金にするつもりだったが、なにぶんドラゴンサイズの解体をしたことが無かったから採れた素材がボロボロなのだ。

  これを売っても本来の値段の半分にもならないだろう。

 

  金は誰かの不幸を吸って世の中を回るものだ。

  アルバイトで手に入れたわずかな金だってそこには数え切れないほどの涙と血が溜まっている。

  大抵の人間はそれに気づかないだけだ。

  そして、オイラはたまたまそれを知った。

  ただ、それだけだ。

  なんて金貨を一枚眺めながら歩いているとついにトレッジに到着した。

  さぁ、オイラの生活の第一歩の始まりだ。

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