第8話

  嵐が空を掻き回す。

  暴風が視界を乱し雷が耳を潰す。

  その中心にそれはいた。

  力強く歩みを進めるその肢体はまるで巨木のようであり全身が血の如き鮮紅に染まっている。

  身長は天を突かんばかりに高く盛り上がった筋肉は泰山を想起させる。

  そして、なによりも特徴的なのは頭に取り付いた三本の角である。

  鬼だ。誰が見てもそう思うほど一般的に人が抱くイメージと一致していた。

  ただ、一つだけ違うのは絵本や創作物で眼にするわざとらしく見るものを恐怖させる形状ではなく、むしろ地味でシンプルだという点だ。

  しかし、どうしてだろうか。その角は圧倒的なほど禍々しいオーラを放っている。

 

  この生命体は種族名を鬼人オーガ個体としての名を羅暁という。

  黒々洞たる闇の中で雷よりも激しく燃え盛る青紫の瞳には十二の文字が刻まれ口から微かに漏れるうめき声にも似た音は聞くものの身体を硬直させた。

 

  鬼人は竜種と並んで魔族の頂点に位置する生物である。

  人間の数十倍はあるであろう魔力を常に蓄え強靭なる肉体は鉄製の武器であろうが容易く跳ね返す。

  まさに最強の種族なのである。

  羅暁はそんな鬼人族の中でも特に異質な存在であった。

  虎の群れから竜が生まれたとしか思えない。


  生まれついた時から世界最強の称号が約束されていた。

  同年代はおろか屈強で鳴る鬼人の戦士達ですら目の前を飛び回る餌でしかなかった。

  彼が歩けば地割れが起き呼吸をすれば山が砕ける。

  その力はまさに強大、凶悪そして最強。

  しかし、天はそんな彼に力を制御することを教えなかった。

  常日頃から襲いくる、耐え難い破壊衝動は手始めに彼の里を破壊し尽くした。

  それでも止むことを覚えず、むしろ渇きは増していき次なる獲物を求めて目につく街を破壊して回った。

  彼の通った轍には何も残ってはいなかった。

  現に今彼が歩みを進めているのはかつて小さいながらも栄えた国の首都として機能していた街カクヨスの残骸であったものだ。

  もはや昔日の面影すら留めてはいないが。


  わずかに生き残った街の人は羅暁を災害と呼んで恐れた。

  姿形を見たものはいないが彼が常に身に纏っている嵐がたしかにその存在を浮かび上がらせた。

 

  羅暁に思考する力はもはやなかった。

  いや、理性を本能で埋め尽くしあえて思考を放棄しているといったほうが正しいのかもしれない。

 

  ふと羅暁は動きを止め空を見上げる。

  空には口に豪炎をふかした青龍が怒り狂い激しい憎悪とともにこちらを見下ろしていた。

  空の支配者たる竜種があずかり知らぬところで空を好き勝手に荒らされたのが気に障ったのだろう。

  青龍は低いうめき声とともに超高温のブレスを吐き出した。

  青い炎が羅暁を包み込む。

  が、なんともない。無傷だ。

  青龍はそれから何発もブレスを吐きかけたが火傷一つ負わない。

  それどころか、ますます激しくなった嵐に掻き消され炎は虚空にて霧散した。

 


  羅暁は宙へと身を踊らせ青竜の頭を掴むと地割れの如く避けた口で首から上を噛みちぎった。

  美味そうに咀嚼する羅暁は首を失ってもなお、鬼の元から離れようとする哀れな胴体を八つ裂きにし、血の一滴も残さず啜り飲む。

  断末魔すら聞こえぬ刹那の出来事であった。


  再び地に降り立った鬼は更なる飢えを満たすため、また何処かへと獲物を求めて彷徨い歩く。

  鬼は一体何に飢えているのだろうか。何を満たそうとして流離っているのだろうか。

  それは当人ですらわからない。

  ただただ何かに突き動かされ彷徨い続けている。

 

 

  鬼が次に降り立つことになるのはここから少し離れた冒険者の街 トレッジ。

  羅暁はそこで答えを知ることとなる。

  そこで鬼は初めて戦闘の喜びを知ることとなる。

  初めて痛みを感じることとなる。

 



すでに歯車は予定調和のように胎動を始めた。

  もはや抗いきれぬ 運命がとある少年の人生に影を落とすことになるのだが当の本人にはそれを知る術など無い。

 

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