第3話

何の音だ。

  地下牢の入り口がやけに騒がしい。

  酔っ払い達が憂さ晴らしに殴りにきたのかもしれない。

  村の人間達は子供だろうと大人だろうと関係なく全員が面白半分、憂さ晴らし半分と言った具合で度々地下牢を訪れる。

 

 

  自分たちと全く同じ姿形をした物体にここまでのことをできるのは人間くらいのものだろう。

  人間の底なしの悪意のドス黒さがしれるねぇ。

  いや、むしろ苦しみから逃れたいという純真な気持ちが煮詰まった形なのかもしれねぇな。

 

  もはや抵抗する気もわかないのでただ肢体をダランと投げ出し起き上がろうともしない。

  早く済んでくれよ。


  しかし、なんだか様子がおかしい。

  オイラが入っている地下牢を格子越しからジロジロと見る不躾な視線をいくつも感じる。

  十人ってところか。

  外の入り口にまだまだたくさんの気配を感じる。


  一人が地下牢の格子を力ずくで捻じ曲げ入ってきた。

  視覚が無い分耳が発達しているから金属音はかなりきつい。

  なんて考えていると不意に髪を掴まれ顔をぐいっと上げさせられた。

  そして、そのまま空っぽの目に何かがねじ込まれた。



  瞬間、目に耐え難い、されど経験したことのある激痛が走り脳にとんでもない量の情報が流れ込んできた。

  オイラのえぐり取られたはずの目がはめられていることが自分でもわかった。

  オイラの髪を掴んでいる奴がやってくれたのだろうか。

  いや、それよりも。

  目玉から発された情報、 いや魔力が脳の中で暴れまわっている。

  頭が破裂しそうだった。



  「ガァァァァァァッ」

  悲鳴が狭い地下牢に木霊しモドキの体から紫のオーラが迸ほとばしり手足を拘束していた鉄枷が木っ端微塵に砕け散る。

  空気が震え地下牢の壁がひび割れ蜘蛛の巣のように広がっていく。

 

  「ミ、ミゲル様これは。」

 

  「ああ、ハズレだ。」

  ミゲルは残念そうに呟き、背にある大剣を抜きモドキに斬りかかった。

  だが、モドキから発されるオーラがそれを阻みミゲルは凄い勢いで弾き飛ばされた。

  しかし、ミゲルは天井を蹴り空中で一回転して難なく着地する。

  魔力の塊であるオーラさらに輝きを増しついに地下牢が崩壊した。

 

 

  オイラは気づけば辺り一面が真っ白の空間にいた。

  視覚を奪われて久方ぶりに見た色だった。

  やっぱり色は美しいものだなぁ。

  てっ、そうじゃなくて、どこだここは。

  何か手掛かりを探して辺りを見回しているうちにある一点が黒ずんでいることに気づいた。

  気になったので触ってみると黒ずみが広がっていき視覚では知認できない何かが目の前に現れた。

  いくつもの四角形が歪んで寄り集まったような、なんとも形容し難い色が常に浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返しているようなそんな感じだった。

  それをあえて言葉で表現するとしたら大小無数のモザイクの集合体といった感じだ。

  称してこいつをモザイクと呼ぶことにしよう。


  モザイクは徐々に人の形をとっていき口にあたる部分で何やら気味の悪い音を発した。

  妙に甲高く何を言っているのか全く聞き取れない。

  しかし、その音が少しずつ下がっていき人の声へと変わっていく。

  音のピントが合ってきた感じだ。

 

  「はじめまして、***様。そしておめでとうございます。あなたは6番目の魔王に選ばれました。」

 

 

 






  かつてこの世界は唯一神に支配され生き物は平和に暮らしていた。

  しかし、唯一神は突如何者かに殺された。

  唯一神の死後、この世界を巡って二柱の神が争いを繰り広げた。

  一柱は善を司る法神。もう一柱は悪を司る邪神。

  二柱の抗争は苛烈を極め空は焼け大地は割れ世界は荒れ果てた。

  そんな争いに終止符を打ったのはとある冒険家だった。

  のちに伝説と呼ばれるその冒険家は二柱の神の間を取り持ち一つの協定を結ばせた。




  一、神々同士のこれ以上の戦いを禁じる。

 

  二、神々は己が選んだものに自らの権能を授け、代理として争わせること。

 

 

  三、法神と邪神それぞれ6人、計12人での争いとすること。


  四、神々はその争いに一切の干渉をしないこと。


  五、勇者(法神の権能を授かった者)が勝てば法神がこの世界を一世紀支配し、魔王(邪神の権能を授かった者)が勝てば邪神がこの世界を一世紀支配すること。


  六、地上の種族はどちらの側についても構わない。

 

  七、この戦いの勝者は一人とすること。


  八、神々は勝者の望みをなんでも一つ叶えなければならない。


  九、互いの諒承があれば降参も認められる。

  なお、降参した場合その者は勝者の所有物となる。

 

  十、全員が全滅した場合勝負は流れ再び仕切り直しを行う。

 

  十一、この協定に反さぬよう神々は自らの権能の一部を地上に残していくこと。


 

  邪神の使者を名乗ったモザイクのやたら長ったらしい口上をしてまとめるとこんな感じだ。

  なるほど、おおよそ理解できた。

  しっかし、わざわざ味方陣営同士でも戦わざるを得ない仕組みにする必要あるか?

  そりゃあ、降参すれば殺しあう必要もないがモザイクの口ぶりからすると味方同士も初対面である可能性が高い。

  そんな奴に手前の身を好きにさせる奴なんていないだろう。

  そこらへんに神様とやらの悪意を感じるね。

 

  「でもなんで俺なんだ?」

  俺はモザイクに問いかける。

  そりゃあそうだ。

  俺は生まれつき大した身体能力も魔法の才能も無い。

  ちょっと目が良かっただけの男の子だ。

  邪神とやらのお眼鏡に適うことをした覚えもない。

  俺の当然のような疑問にモザイクは何も答えない。

 

  「あなたは既に異能に目覚めています。では、せいぜい勝ち残れるよう頑張ってくださいね。」

  あっ、オイラの話を聞く気もないのね。

  モザイクは一方的に会話を切り上げオイラの意識は白い空間から遠ざかっていった。

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