第2話

それから何年経ったかわからない。

  最初の一年くらいはあまりの苦痛と理不尽で泣き叫んでた気がする。

  だが、もう一年くらい経つとそのようなことを考える余裕すらなくなった。

  毎日欠かさず受けた拷問のせいで時間の感覚なんぞとうに無くなった。


  傷つきボロボロになったオイラの体は村に一人だけいる長老が回復魔法をかけて癒した。

  死ぬことも許されなかった。

 

  それでもオイラの精神が壊れなかったのは不思議でならない。

  発狂という道に逃げることをオイラ自身が許してくれなかった。

  お調子者とよく呼ばれたていたオイラは案外堪え性だったのかもしれない。

 

 

 



 

 

  それからもう一年経ったらしきある日のこと。

 

  ーみんなおかしい。

  ーあなたを解放してあげたい。

  ーごめんなさい。

 

  殴る以外の目的を携えたやつなど来るはずのない地下牢を尋ねてきた物好きはそのようなことを涙ながらに訴えてきた。

  容姿はすでに見ることはできなかったが声を聞く限り若くとも相当のべっぴんだった。

  惜しいねぇ。

 

  すでに体が辛い、痛いという感覚をシャットアウトしてしまっていてオイラはそのようなくだらないことしか考えれず返事すらできなかった。

 


  少女はそれからも頻繁に通ってきては助けてあげたいだの私は無力だなど、オイラにとって何の足しにもならないことを喚き散らしていたが何と語りかけても反応が返ってこないことでこれ以上は無駄だと悟ったのだろう。


  いつのまにか来なくなった。

  そもそも少女は一つ大きな勘違いをしている。

  オイラはこうなった自らの運命を恨みこそすれこの村を恨んじゃいない。

恨んでも憎んでも詮のないことだ。

既にそう割り切った。

オイラはただ外へ出たい。

 もし外へ出れたなら何がしたいか。その夢と想像だけが唯一の救いだったとも言える。


  それからまたしばらく月日が流れた。

 

  「今日のところはこれで済ましてやるか。」

  オイラを散々苦しめた男はそう吐き捨て仲間と共に地下牢から出ていった。

 

 


虫けらを思う存分痛めつけ上機嫌に村へと戻る男達は今日の感想を冗談交じりに話し合っていた。

「いや〜今日の遊びは傑作だったな。それにしてもよく思いついたな。あいつでサッカーするなんて。蹴るたびにモドキが痙攣する様を見ると笑いが止まらなかったぜ。」

 

  「いや、それよりもあいつに焼き鏝押し付けた時の方が面白かったぜ。あいつが死んじまわないかハラハラドキドキだったぜ。」

 

  「大丈夫だって。あいつもうかれこれ五年くらい拷問に耐え続けてんだ。あれくらいどうってことねぇよ。回復魔法もあるしな。それに、仮にあいつが死んじまっても何になるんだよ。役立たずのゴミが消えるだけだ。」

 

 

  「ちげぇねぇな。あいつは殴られるしか役に立てねぇんだしよ。」

 

  同意を求めるべく先頭を歩いていたエトが振り返ると後ろの仲間達の首に矢が刺さっていた。

 

  「えっ…」

  エトが叫ぶが早いか村の方から火が上がった。

  赤く燃える村と物言えぬ肉塊となった友人の姿を交互に見てエトは事実を受け入れるよりも早く泣きながら抜けた腰を必死に奮い立たせ村の方へと必死に逃げた。

 

しかし、エトは小便を垂れ流しながらも必死に走って逃げて村にたどり着くと先ほどの情景が極楽に思えるほどの凄惨極まりない酸鼻なる光景が広がっていた。

 

  家屋は全て焼かれ夜にもかかわらずまるで真昼のように明るかった。

  老若男女問わず動くもの全ては怪しげな仮面を被った人間に襲われていた。

  ある者は生きながら焼かれ、ある者は生きながら手足を切断された。

  泣き叫ぶ子供を庇うように覆いかぶさった父親はその子供ごと串刺しにされた。

  燃える業火を背にした影が蠢うごめくたびに血が流れる。

  村はまさに阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

  それを見て思いっきりエトは口から酸っぱいものが込み上げてきて思わず吐いてしまった。

  やっと吐き気が治まり視線を上に向けると、黒々とした仮面がエトを見下ろしていた。

 

  「何なんだよこれ?俺たちが何したってんだよ。」

  仮面は何も答えず無言で手に持った鉈を振り下ろす。

  鉈は刃引きがされておりエトは一撃では死ねなかった。

  仮面の男は何度も何度も鉈を振り下ろす。

血が地面に不規則な地図を描く。

襲いくる激痛に早く死にたいと願うエトはそれからもうしばらくして絶命した。





  「…済んだか?」

 

  「はっ、ミゲル様。やはり長老達が祀る祠の中で育てられていたようでございます。」

 

  ミゲルと呼ばれた男は仮面を被った集団の中でもことさらに異様な存在感を放っていた。

  皆が一様に身につけたローブの中から体全体に身についた筋肉はとてつもなく肥大し鎧を纏っているようだった。

  背にはその巨体すら覆うほどの大剣を背負っている。

 

  ミゲルは配下から渡された瓶を手に取り嘆息した。

  「おお、何と美しきことか。」

  ミゲルが仮面を外しあらわになった端正な顔立ちを赤く染めうっとりと眺める瓶の中には蠢く二つの眼があった。

  眼の中心には十二という数字が怪しげに光っている。


  「では行くか。」

  ミゲル以下教皇様より勅命を賜った精鋭五十二人は卵が幽閉されている山頂の地下牢へと向かった。


これから卵を孵かえしに行く。

出るのは勇者か魔王か。

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