人喰い鬼と少女のはなし。

沢村悠

序章

「お前はなんで泣いている?」

 泣きじゃくる私にかけられた言葉。今でも覚えてる。ぶっきらぼうな、でもどこか優しい男の子の声。

「……っく……私の……目……目の色……村の人たち……皆が……変って、言うの……青い目なんて……鬼や妖じゃないのか……ってぇ……」

 私の目は、村にはいない青い色をしている。それを、この山に囲まれた村の人達は嫌悪する。気持ちが悪いと言う。そうでなくても、私は孤児で、それが理由で村の人達は私を嫌っていて。ずっとずっと虐げられている。悲しくて、辛くて。そういう時、私は自分が捨てられていたのだという、山の麓でいつも泣いていた。

「……鬼も妖も、青い目じゃない。どちらの種族も、全員赤い目をしている。青い目を持つのは人間だけだ」

「え……?」

 かけられた言葉に反応して、その子の方を向いた。涙で滲んだ視界には黒い髪と赤い目しか入らなくて。顔はよく、見えてなくて。

「自分と違うから嫌うなんて、心の狭い奴のする事。そんなのは聞き流してしまえば良い」

「でも、意地悪……される……し……怖い、よ……」

「関わらなければ良い。何をされても反応をしなければ良い。相手はお前の反応を楽しんでいるのもあるはずだ」

「……反応、しなければ……良いの?」

 止まらない涙でぐちゃぐちゃの私の顔を、彼は声と同じようにぶっきらぼうに拭ってくれた。そのまま顔に、何か布を被されて前が見えなくなった。

「わっ……これ、は?」

「あとは、隠せば良いだけだ。それはやる。じゃあな」

「え? ま……待って! 貴方は誰なの? 村の子じゃないでしょ? でも、山に人は住んでないって婆様に聞いたよ!」

「目の色で判断するんだ。赤い目は、人間ではない」

 そう話すと、彼はどこかに姿を消した。のだと思う。顔に被された布をとった時には、もうそこには誰もいなかった。

「いない……誰だったん、だろ……わかんないし……もう、帰ろ……」

 また村の人達に何か言われたら、反応しない。聞き流せば良い。彼の言葉を胸に、私は帰路に着いた──


 数年して、村の人達は私を悪くいうのをやめた──ように思いたかった。実際は若竹たちの家族を中心に、その周りの人達はまだまだ私を【余所者】【気持ちの悪い目の色】と揶揄していたけれど、私はあの時の彼の言葉を繰り返すように思い出し日々を過ごしていた。

 そんな時、婆様にこんな話を聞いた。

「朱音。山にね、鬼が住み始めたんだ。それも、普通の鬼じゃあない。【人喰い鬼】なんだ。だから、山には入るんじゃないよ。麓にも……近づいちゃあ駄目だからね」

 その話は、村の全体に広がっていた。面白半分や、鬼なんていないと豪語した村の男の人達が数人で山に入り、そのまま帰ってこない事もあり、【人喰い鬼】は本当にいるのだと皆震え上がった。

 その日から、村では毎日山の麓に豆を撒くようになった。鬼は豆が嫌いで、豆を撒いておけば村に降りてこないと皆信じているから。


 ある日、婆様に言われて山の麓に豆撒きに向かっていた時。

「……余所者は【人喰い鬼】に喰われてしまえば良いのにな」

「若竹は、なんで私にそんな事ばかり言うの」

「お前が嫌いだからだよ、余所者! お前の目の色は不気味なんだ……青い目なんて、普通じゃない!」

 村の中で唯一年の近い若竹が、また中傷してきた。彼は、私を良く思っていない。小さい頃からずっとずっと、私に罵声を浴びせてくる。虐げてくる。そんな若竹が怖くて、何も言い返せなくて、私は逃げるように山の麓まで走った。

 そういえば、昔も若竹に嫌なことを言われて……それで、ここで泣いていたら「なんで泣いている」と聞いてきたあの男の子。あれは一体、誰だったのだろう。

「……確か、あの子は黒い髪で赤い目をしてた」

 婆様から聞いた【人喰い鬼】も、黒い髪で赤い目をしているらしい。でも、あの子は言ってたっけ。「鬼も妖も全員赤い目」だって。だから、あの子が【人喰い鬼】ではないだろう。でも、気になる。もし、あの子が。彼が【人喰い鬼】なのだとしたら。私は──


「この山、昔から山神様もいないって聞いてるし……荒れてるらしいから、普通なら……住めないんだよね……麓で出会ったけどあの子……誰なんだろ」

 村を囲む山の中でも、特に存在感のある山を見つめながらたくさんの事を考える。

「この村に、あんな外見の子はいないし……会いたいのにな。もしかして……山を越えた先にあるっていう、町の子? 町なら、人間とか鬼とか関係なく暮らしているのかな。私の……この目の色も……受け入れてくれるのかな」

 でも、町に行くのならこの山を越えないといけない。なら、私には無理だ。この山は大きいし、山道は荒れている。

 山神様がいないせいだと言われていて、不思議な事がたくさん起きる。すぐに迷ってしまい、歩き回ると最後にはまた村に戻ってしまうとも聞いている。私には何の力もないし、無闇に山に入れば最悪の場合──ううん。考えるのはもうやめよう。自然の恐ろしさは、他で嫌と言うほど理解してる。

 自然は怖いけれど【人喰い鬼】は怖くない。小さい頃から村の人達に疎まれ続けて、何も将来に夢のない私には生きてる意味を感じられない。あの子にもう一度会うという夢以外なにもない。だから、もし本当に【人喰い鬼】がいるのなら──


「人喰い鬼さん。貴方が……本当に、いるのなら……私を──」

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