第36話 幼き頃の記憶
ーーー好きだ。
夏の夜。
そこにはベンチに座る俺と
そんな静かで穏やかな空間に俺の発した言葉はより一層響いた気がする。
おそらく杏にもはっきりと聞こえたことだろう。
「ひろくん…。それって、じゃあ…」
杏は顔を赤らめ、感極まった様に呟く。
「けど、その感情は今はまだ友達に向ける好きなんだと思う」
俺の言葉を聞いた杏は驚きの表情を浮かべる。
さっき言ったように俺は杏のことが好きだ。
そして、もう一年以上の付き合いであり、気を遣わずに話すことができる
いつもバカなことをしてはしゃぎ合える今の関係も大切に思ってる。
そう考えた時、杏に向ける好きという感情と鈴香や亮介に向ける感情の差が今の俺にはないように思う。
「俺の恋愛に関しての考えは二つある。一つ目は当たり前のことだけど、お互いに恋愛感情を持って初めて成り立つもんだと思っている」
そして恋愛感情というのは一人の異性に対して向けるべき感情だ。
だから現段階で杏への好きという感情は恋愛感情ではないのだろう。
いうならば友愛だ。
「杏のことが好きなのは確かだ。だけどそれが友人として好きなのか異性として好きなのかは自分のことながらまだはっきりとしていないんだ」
もちろん今まで杏と過ごしてきた中で異性として意識することは多くあった。
手を繋げばドキドキしたし、病室で抱きつかれた時は心底動揺した。
だが、それだけで異性として好きと決めつけるのは早計だと思う。
そりゃぁ杏ほどの美少女にそんなことされたら誰だってそうなると思う。
仮に友達である鈴香にそうゆうことをされても俺は動揺するだろう。
そんな現状では杏のことを俺は心の底から異性として杏だけが好きだと断言することはできない。
「友達に向ける感情と、異性に向ける感情の違いがまだ俺にははっきりしてない。そこをはっきりさせてからじゃないと相手にも失礼だとも思う」
まずは特定の異性のことを意識するようになるところから始まり、その人と過ごしていき良いところや悪いところ、気が合うか合わないかなどを知っていき、その上で全て引っくるめて好きだと感じたら恋愛感情なのだろう。
少女マンガみたいな考えかもしれないが、俺はこうゆう考えだ。
お互いがこの人しかダメだというくらいに相手のことが好きになって付き合う方がその後の関係もうまくいくと思う。
だが、これはもちろん俺の持論であって全ての人がそうだとは思っていないし、杏は違う考え方かもしれない。
俗に言う、試しに付き合ってみてそこで気が合いゆくゆくは結婚までしたなんて話は世の中には数え切れないほどあるだろう。
そのくらいフランクに考えた方がうまくいく場合もあるのも事実だ。
だからその考えも否定はしない。
けどこれが俺の考えだ。
そして自分の考えを曲げてまで誰かと付き合いたいとは思わない。
「2つ目は恋愛に限った話じゃないけど、自分の意思で相手を選ぶことだ。俺は自分で考えて悩んで納得して物事を決めたい」
これは俺の信念でもある。
今まで俺は物事を選択するときは、人に助言をもらうことがあっても最後は必ず自分の意思で決定してきた。
『宏人、父さんは進学する時も料理人になる時も母さんと結婚する時も自分の意思で選んできた。その結果、失敗したこともあったけど後悔したことは一度もない。宏人にもそうやって生きていってほしいな』
小学生の頃、親父からの言われた言葉だ。
まだ小学生の子供に言うには少し早いと思うが、あの頃の俺は深く考えていなく、『親父に言われたことだから』くらいの感覚でそう行動していた。
そして物心ついた頃に改めてその言葉を考えて、共感したからこそ今も俺の信念として実行しているつもりだ。
そしてその信念に従った時、今の現状は許容できるものではないだろう。
今は人から決められた契約で杏と付き合っているから自分の意思で相手を決めたことにはならない。
そして恋愛感情がない以上、俺が杏を選ぶこともない。
「だから今現在、俺が杏と契約抜きで恋人になるとこはできない」
俺は自分の本心と考えを伝えた。
杏には散々待たせた挙句、望んだ答えとは違うと思うがこれが俺の本心なのだから仕方がない。
これは俺の中で譲れない部分だから。
そしてこの考えの先に俺の理想の青春が待っていると思うから。
「…ひろくんがそうゆう考えになったきっかけはなにか聞いても良い?」
ここで今まで口を開かず無言で俺の話を聞いていた杏が俺に問いかけた。
「ああ、それは昔からの親父からの教えってものあるけど…」
このことについては誰にも話したことがない。
一年の頃、鈴香にも同じことを聞かれたがそれでも話さなかったくらいのことだ。
けど、この場では話さないわけにはいかないだろう。
杏にはそれを聞く権利があると思うし、全て包み隠さず偽りなく答えるのが杏への誠意だ。
ーーーーーーーー
あれは小学校に入学した頃だろう。
俺はまだ幼い佳純とよく近くの公園に遊びにいっていた。
その公園は近所の子供たちがよく集まる場所で大体いつもその場にいる子たちと一緒に遊んでいた。
そんなある日、いつものように佳純と一緒に公園に行くと先客がいた。
結構早い時間に家を出たはずで一番乗りと思った矢先の出来事だったからより印象に残っているのだろう。
短い髪に可愛らしい顔立ちで、多分同い年くらいのその子は初めて見る女の子で、遊ぶわけでもなく一人で端の方にあるベンチにボーッと座っていた。
そして俺は何の考えもなくその子に声をかけた。
まだ子供の時だから出来たことだが、自分のコミュ力が恐ろしい。
見知らぬ女の子を遊びに誘うなんて今の俺には緊張して出来ないだろう。だが、
ーープイッ…
…まるで話しかけるなと言わんばかりに顔を背けられ無言で会話を拒否された。
そしてその子は俺のことは気にも止めずにスタスタと公園去っていった。
『なんなんだ、この子は…』
無言で立ち去ったこともそうだし、何しに公園に来たのか分からないその子に俺は興味を持った。
そんなお世辞にも好印象とは呼べない出来事が俺とあの子のファーストコンタクトだった。
それから公園に行くとたびたびその女の子を目にするようになった。
けれど、やっぱりその子はいつも一人で何をするわけでもなく
そして俺はその女の子を見かけるたびに声をかけに行った。
『俺の名前は秋元宏人って言うんだ。お前の名前は?』
『なぁ!お前も一緒に遊ぼうぜ!』
『聞いてくれよ!昨日親父がな…』
自己紹介をしたり、一緒に遊ぼうと誘ってみたり、一方的に最近あったことを話してみたりした。
全て無視されたが俺はめげずに何度も声をかけた。
なぜそうしたのか深い理由は無かったと思う。
言うならば、俺も無視され続けて意地になっていたのだろう。
顔を合わせては俺一人が喋り続けて無視される。
そんなやりとりが数回あったある日、初めてその子が口を開いた。
『…ひろくんは何で私に構うの?』
その女の子はとても怯えたようにビクビクしながらそう言った。
その様子に疑問を覚えたが、初めて話してくれたこと、そして名前を呼んでくれたことが嬉しくて深く考えずに話を続けた。
『お前と仲良くなりたいんだ!』
『…変なの』
これが俺とあの子が初めてした会話だった。
これがきっかけとなり、少しずつその子と話をするようになった。
その子の口数は決して多くなかったけど、無視されていたことを考えたら格段の進歩だろう。
『何でいつも一人でいるんだ?みんなで遊んだ方が楽しいだろ』
『…そうだけど、知らない人たちに混ざるのは怖いから…』
その頃の俺にはその感覚が俺にはよく分からなかった。
周りの子たちはフレンドリーな子ばかりで知らない子だからといって仲間はずれにする感じではない。
現に、俺が佳純や友達と遊んでいる時に知らない子が混ざることなんて頻繁にあったし、俺も知らない子が遊んでいる仲間に入れてもらうこともあった。
『君はみんなと遊びたいの?』
『うん…』
『じゃあ、俺が協力してやるよ!』
その言葉を聞いて俺はこの子が変われるように手を尽くそうと思った。
だが、その子はなかなか踏み出せなかった。
知らない子の輪に一人で仲間に入れてもらうことはおろか、俺が一緒に付いていてもなかなか入ることが出来なかった。
時には泣き出してしまうこともあったくらいだ。
多分この子の内気な性格が問題なんだろう。
この子はいつもビクビクと怯えた様子で人の顔色を
一歩踏み出せばうまくいくはずなのにあの子にはそれが出来なかった。
俺はその姿をむず痒く思う日々が続いていた。
そんなことが続いていた時、俺は過ちを犯した。
『もういいよ、私なんかが頑張ったってどうせ上手くいかないよ…。だから私がどうしたらいいか、ひろくんが決めて…』
ポツリとあの子は涙を浮かべながら呟いた。
あの子なりに頑張って悩んだ末の言葉だったのだろう。
だが、その言葉を聞いた俺は彼女を怒鳴りつけてしまった。
『みんなの仲間に入りたいんだろ!?ならどうするべきかぐらい自分で考えて決めろよ!そんな大事なことを人に押し付けたら後悔するぞ!』
『お前はどうしたいんだ!?自分がどうしたいかを自分で選べよ!人に頼るんじゃなくて自分の意思で決めろよ』
『お前が自分でみんなの仲間に入りたいって言ったんだろ!自分で決めたことなら責任持って諦めずに頑張れよ!』
『いつまでも泣いてんじゃねぇ!もっと堂々としろ!』
そう言い終えた瞬間、俺はハッと我に返った。
今の現状に一番納得してないのはあの子自身のはずなのにこんな言い方はあんまりだ。
『いやっ…そのっ…』
どう弁明しようか考えていると、俺が口を開く前にその子は泣きながら俺の前から走り去った。
そして、それから名前も知らないあの子が再び俺の前に姿を見せることはなかった。
俺は後悔した。
自分の不用意な言葉によってあの子を傷つけた。
俺に非があるのは明らかだろう。
そもそも自分から協力すると息巻いておいてあんな言葉を吐くなんてありえない。
そして俺はあの子に自分の考えを人に押し付けた。
本来は自分の考えを人に押し付けることは間違っている。
人それぞれ考え方はあり、あの子にも事情があったかもしれない。
あの子なりに頑張っていたのかもしれない。
もう少しすれば変わっていったのかもしれない。
それを俺の最低な言葉で閉ざしてしまった。
だが、名前も住所も知らないあの子にもう謝ることはすら出来ない。
その罪は俺の中で大きなものだった。
だからこそ俺がこの信念に反することは許されない。
俺がこの考えを曲げてしまったら、あの子に合わせる顔がない。
鈴香の件だってそうだ。
あの時も俺の勝手な言い分で鈴香を言い伏せた。
たまたま上手くいただけで鈴香のあの子みたいになったかもしれない。
俺はこれからの人生もこの信念を貫く。
それを俺は自分の意思で決めた。
これが人に自分の考えを押し付けた俺の責任だ。
そして、そうすればまたあの子に再会した時、謝罪する資格があると思うから…
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