オムライス

エリー.ファー

オムライス

 母親の作るオムライスが好きだった。

 本当に大好きだった。

 美味しかったし、あたしとしてはそういうものをもっと食べたかった。

 けれど。

 母親はオムライスを別に毎日作ってくれることはなかったし、もっと言うのであればそもそも食事なんてまともに与えてもくれなかった。

 何度も謝って、ごめんなさいして。

 ようやくもらった食事なんて大したことはない。

 でも、母親は本当に気分のいい時にはオムライスを作ってくれた。まるで別人のように。

 あたしからすれば、オムライスを作っている時の母親が本物の母親で、それ以外のときな母親に似た誰かがいるものだと本気で思えるほどだった。

 母親は非常に外面が良かった。近所ではとても有名な人で、ボランティアには積極的に参加するし、誰もが嫌がるような町内の清掃もすべて一人で行ったりしていた。誰もが尊敬する母親の娘として生きていたあたしは、その母親の正体を知っていた訳で、外にいる時の顔があたしに見せるものとは全く別のものである理由も理解していた。

 でも。

 そのことをとにかく忘れて生きてきた。

 とにかく、なかったものとして生きてきた。

 それが自分を守ることなのだと分かっていたから。

 本当に物心ついたときから、何かを努めて見ないようにする、忘れるというのは生きることと同義であったと思う。

 母親が亡くなったのはあたしが高校生だった時だ。

 あたしが学校で一番の成績を取り、そのストレスで万引きをして。

 それが母親に知られた時。

 母親が首を吊って亡くなった。

 こんな娘の母親として生き恥を晒したくないと、そう遺書があったそうだ。

 この話をすると、まず誰もが信じてはくれない。

 一つ目は、学校で一番の成績を取ったことが何故ストレスになって万引きをする動機となるのかというところだ。

 はっきり言っておく。

 心の不安定な人間にとって、嬉しいことも、悲しいことも、すべて一様にストレスである。

 何もせず、何も起きないのがあたしの人生において一番の幸せなのだ。

 それ以外はすべて不幸である。

 良くも悪くも心が揺れ動く限りはすべて不幸なのだ。

 だから万引きをした。決して自分の母親に対して復讐をしてやろうかとか、そのような思いがあってのことではない。ただ本当にむしゃくしやしてやってしまったのだ。

 皆が信じてくれない点はもう一つある。

 自分の娘が万引きをしたくらいで自殺する母親の存在である。

 これは、あたしもまさかと思った。

 万引きくらいでこんな反応をされるとは思っていなかった。正直、今でもあたしは信じていないし、本当は何か別の動機で自殺したかったのに自分の娘が万引きによって捕まったからそれを体よく自殺の理由として利用したのではないかと睨んでいる。

 まぁ、とにかく。

 あたしはそれから自由になった。

 不思議だったのは性格はひねくれていたのにも関わらず、あたしの中のモラルというやつは機能していて、決して誰かを痛めつけるとか、誰かを馬鹿にするというような行動をすることはなかったことだ。

 あたしを教育してくれたのは、あたしの母親ではなく、あたしの中になんとなくあったモラルだったのだ。

 それは、どことなくあたしが母親を必要としていなかったことにも繋がっており、今は亡き母親があのような性格になった一要因だったのではないか、と思い多少の罪悪感を抱くこともある。ただ、あたしが生まれる前からあのような性格だった可能性もあり、その点については分からない。

 あたしはごくたまにオムライスを作る。

 それはそれは厳選した材料で素晴らしいオムライスを自分のために作る。

 そして。

 一口も食べずにそのまま捨てる。

 それを死ぬまで繰り返しながら生きていくのだと思う。

 これはあたしが生きていくための儀式なのだ。

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