第8節 集う

 マリーとオーズの結婚披露宴が終わり、宴の後の有様の冒険者ギルド食堂に、三名だけがめでたい日にも関わらず、重苦しい雰囲気の中張り詰めた表情で席についていた。


「……ってことだ」


 ギュスターヴは、河川地帯で起こったことの全てを話し終えた。

 その長い話を神妙な顔で聞いていた小柄の老人、冒険者ギルドマスター・エマニュエルは大きく息を吐き出し、頷いた。


「……うむ。そうじゃったか。王都に流れてくる噂とは現実は違っておるようじゃな」

「ああ。こっちでどんな話になっているのかは知らねえけど、実際は危ういバランスでギリギリ保っているようなもんだ。聖教会軍には確かに勝った。だが、失ったものも大きかったから、今のエドガール殿下は自分をいつ見失うのかも分からねえ。なんたって……」

「懐妊中の第三夫人が攫われちまったから、か」


 口ごもったギュスターヴの言葉の端をドミニクが継いだ。

 冷静なドミニクの言葉にギュスターヴは、一息ついて話を続けた。


「そういうこった。殿下はカリスマ性のある立派な名君ではあるが、それでも人間だ。限界はある」

「そうじゃな。殿下の元に各地の不満を持つ民衆が集っておる。いつ暴発するか分からんしな」

「……ああ。合流したフォアとかいう侯爵共が何を吹き込むのかも分からねえ」


 情報屋でもあるドミニクは、フォアが『ザイオンの民』であることは掴んでいる。

 何を企むのか、その懸念は拭えない。


「ああ。信頼できた軍師も倒れちまった今、殿下の周りには信用できる側近がいねえ。俺には政治的なことなんてさっぱりわからねえしな」

「……それで、お主は何をするつもりじゃ?」


「ベアトリス第三夫人を極秘に奪還する!」


 ギュスターヴは静かに、だが力強く宣言した。

 エマニュエルもドミニクも始めから分かっていたのか、無言でうなずいた。

 しかし、ドミニクは真剣な表情で懸念材料を上げた。


「だが、相手は罠を張り巡らせているはずだ。それにおめえに枷をはめるために王妃様を手元に置いている」

「ああ、分かってる! 二人共助ける!」

「……無茶を言うな。冷静になれ」


 ギュスターヴは冷静に努めていたが、同じく王城に囚われているメアリーを想い、苛立ちが表に出る。

 そこに、静かにオーズと大狼ユーリが表の扉から入ってきた。


「おま、オーズ! なんでここに!」

「なんで、もないだろう? 隠そうとしていたが、お前の深刻そうな雰囲気は隠しきれていなかったぞ? オレたちも手を貸そう」

「ば、バカ言うな! 新婚ホヤホヤのお前を巻き込むわけにいかねえだろうが!」

「お前こそ、見損なうなよ? 偉大な海の戦士であるオレが、困っている友を黙って見ているわけがない。それに、お前を見捨てたら、オレが結婚初日で彼女に捨てられる」


 オーズがニッと口端を上げると、ギュスターヴは何も言えずに大きく息を吐き出した。


「……すまねえ、感謝するぜ」


 男たちは集い、さらに作戦を練り上げていこうとした。


『グルルルルル!』


 ユーリが突然、牙を剥き出しにして唸り声を上げ出した。

 一同は瞬時にそれぞれの得物を携え、表に飛び出した。

 そこにいたのは……


「やぁ、話は聞かせてもらったよ?」


 『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルンだった。


☆☆☆


 とある高級アパルトマンの一室、『ザイオンの民』高級娼婦マルゴの仕事部屋である。

 

「フッハッハ! そうか! あの女が捕まったか!」


 ロチルドは計画通りに事態が進み、愉悦に浸っていた。

 一戦を交えた後のマルゴは一糸まとわぬ姿で紫煙を燻らせる。

 その顔には偽りの笑みを湛え、ザイオンの民の重鎮との会合へと向かおうと着衣を急ぐロチルドの様子を眺めている。


「ええ、そうらしいわ。まんまとおびき出された女王様は聖教会の犬どもにやられたわ。……これで、邪魔は入らないわ」

「そうか。あの小僧も息子がついておるから居場所は分かっておる。不確定要素のあの小僧は、聖教会を操る協力者に任せれておけば良いのか?」

「ええ、そう聞いているわ。あの狂信者も神の言葉だと偽れば簡単に操れるわ」


 マルゴが妖艶に笑うと、ロチルドはニチャッと黒い笑みで答える。

 

「クックック。後は、フォアたちがあの王子を唆すだけ、だな。全ては計画通り、あの御方、救世主の復活が近い。全ては『約束の地』のために、だ」


 ロチルドが笑いをかみ殺すように部屋から出て行った。

 ロチルドの乗り込んだ馬車が走っていく様子をマルゴは窓から眺めていた。


「オッホッホ! 良くもスラスラと嘘がつけるものねぇ?」


 部屋の中にはいつの間にか、十字路の悪魔ゲーデが姿を現していた。

 マルゴは驚く様子もなく、フッと苦虫を噛み潰したように一息ついて悪魔の方へと振り返る。


「……はぁ。ずっと覗いていたのかしら? いやらしいわね?」

「あらぁ? 嫌だわぁ、誤解しないで頂戴? アタクシは人の交尾なんて興味ないわよぉ」

「ふぅん? 快楽を楽しめないなんて悪魔もつまらないのね? ところで、嘘って何かしら?」

「あらあらぁ? とぼけちゃって、連中の仲間のようなふりしているじゃないのよぉ?」

「ああ、そんなこと? 間違いではないわよ。救世主、あの子の目覚めはあたしたちの役目でしょ? 目的は同じよ。ま、連中の望んでいる約束の地なんてどうでもいいけど」

「そうよねぇ。結局、みんな運命に操られているだけよねぇ。すべては、あの子が目覚めるための『贄』なのだからぁ、オッホッホ!」

「そう。あたしたちの担当はそれぞれの『贄』を集めるだけ、そして、仕上げは最後の使徒のよ、うふふ」


 運命の使徒たちは、盤上を見下ろすように暗く嗤う。

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