第6節 絡み合う思惑

 フランボワーズ王家離宮、そこでは穏やかに流れる時と共に、主である第四王妃メアリーは庭園に咲き誇る色とりどりの花々を愛でていた。

 メアリーの後ろに控える老執事ジャックは、慈愛に満ちた姿に静かに微笑む。

 

「ねえ、ジャック? あの子、ヴィッキーが今度はシュヴァリエ家の領地に行くそうね?」

「ええ、王妃さま」

「……ジャック? 今は二人きりなのだから、そんな他人行儀な呼び方しないでほしいわ」

「はっ! し、失礼いたしました、メアリー様」


 メアリーはつんと唇を尖らせ、子供のように拗ねてみせる。

 老執事ジャックは不器用な父親のようにしどろもどろに頭を下げる。

 その様子を見てメアリーはいたずらっぽく笑った。


「ふふ、冗談よ。……それにしても、あの子は誰に似たのか、お転婆で困るわ」

「メアリー様も幼き日はなかなか……いえ、ヴィクトリア様程ではありませんでしたが……」


 ジャックは母娘を比べ苦笑いを浮かべたが、メアリーの冷たい視線に刺され、言葉を濁した。

 二人はその後和やかに笑い合い、メアリーは物憂げに話題を変えた。


「……それにしても、ギュスターヴは大丈夫なのかしら?」

「ギュスターヴ殿、ですか。……大丈夫、とは言えませんね。聖教会との一戦では、現聖騎士長を破り、シュヴァリエ家を除けば国内随一の英雄となられました。荒れ果てた河川地帯をまとめ上げているエドガール殿下の右腕として、民衆の支持も厚いです。しかし、国全体の状況、そして王家のメンツを考えると……」


 ジャックは難しい顔で眉をひそめていると、離宮の正門から騒ぎが聞こえてきた。

 そこに、女中頭のデボラが大慌てで要件を伝えにやってきた。

 二人は神妙に顔を見合わせ、覚悟を決めて頷きあった。


「ぶ、無礼ですぞ! ここがどこであらせられるのか、お分かりか!」

「……ああ、分かっている。だからこそ、静かに待たせてもらっている」


 大柄の警備隊長ベルナールは、つばを飛ばしながら怒鳴り散らす。

 その相手は、黄金に輝く甲冑を着込んだ初老の近衛騎士団長アルマンだった。

 物々しい雰囲気で圧するような近衛騎士団に、離宮の警備隊は腰が引けて今にも崩れ落ちそうだ。


「落ち着きなさい、ベルナール。用があるのはわたくしに、でしょう、アルマン殿?」

「ハッ! その通りでございます、王妃様。この度は突然のご無礼をお詫びいたします」


 メアリーは、動揺を隠せない使用人たちを手で制し、堂々と前に進み出ていった。

 アルマンもまた、メアリーに敬意を示すように言葉通りに頭を垂れる。


「分かっております。貴方も職務ゆえ、仕方がなかったことでしょうから」

「ハッ! お気遣い痛み入ります。勅命があり、貴女様を王城にお連れするようにと」

「……分かりました。向かいましょう」


 メアリーは静かに目を閉じ、一瞬間の後に頷いた。

 そして、最も信頼する老執事に目を合わせ、近衛騎士団の馬車に乗り合わせた。


 その様子を黒い影とともに口端をあげるロチルドの姿があった。

 離宮御用達商人となり、メアリーとギュスターヴの間を繋ぎ合わせていた。

 

 『ザイオンの民』は二人の過去も全て知っている。

 英雄ギュスターヴの真の主君が誰であるのかも、そして、その心の内までも。

 その結果に導かれる未来は一つ先に進んだ。

 

☆☆☆


 忘れてはならない最重要人物、魔王カーミラはフランボワーズ王国近郊ボロールの森へと転移してきた。

 

「……ふむ。魔素は薄いが、悪くはない森だな。忌々しい人族共の支配領域の目と鼻の先でこれだけの森が保全されていれば上出来、だな」


 カーミラは夜の深い森の中で大きく息を吸い込み、固くしていた表情を柔らかく崩す。

 そこに、茂みから一つの小さな影が大きな胸に飛びつく。


「カーミラしゃま!」

「おお! ドリュアスの分体か。本体とは違って可愛気があるわ、うふふ」


 カーミラは破顔し、幼女な見た目をしたドリュアスの分体の頭を撫でる。

 ドリュアスの分体もカーミラによく懐き目を細める。


 ドリュアスの本体は魔王軍評議会13席であるため、若木の分体とはいえその加護は強く森全体に行き渡ることができる。

 そのおかげで、聖教会圏全体に張り巡らされた結界を抜けることが出来たのだ。

 (なぜこの森にそのような大物の分体がいるのかは、グルメ編2参照)


「フフフ。このような小娘が魔王ですか? 冗談はその存在だけにしてほしいものです」

「何者だ!」


 カーミラが不気味な笑い声に瞬間的に暗黒闘気を迸らせる。

 ドリュアスの分体は急いで茂みの中に逃げ込む。


 森の暗闇から、聖闘気を輝かせる狂信者ジル・ド・クランが不気味な笑顔とともに現れた。

 その後ろには、仮面をつけた異端審問官たちが付き従う。


「フフフ、神の敵などに、いえいえ、最大の敵である魔王に名乗るつもりはありませんよ」

「ふん! 名乗らんでもブサイクな貴様の面を見れば何者か分かるわ。忌々しいカルト教団の狂信者であろう?」

「貴様! ……ふぅ。私を侮辱する分には構いませんが、神聖なる聖教会を愚弄することは許されませんよ?」

「クックック。煽られ耐性がないな? さては貴様、童貞か? まあ、当然だろうな。教義という名のの下らん400年前の戯言に従っているのだからな、仕方がない。どんなブサイクでも金さえあれば童貞ぐらいは捨てられる」

「貴様、まだ聖教会を愚弄するとは!」


 ジル・ド・クランは悪鬼の如く髪が逆立ち、全身に血管が浮かび上がる。

 カーミラはさらに挑発するように嘲笑う。


「ハッハッハ! 哀れだな、真実を知らぬとは! ……まあ良い。悪魔の情報に従って来てみれば、カルト教団のイヌが待ち構えているとは」

「悪魔? ふざけたことを! 私達は教皇猊下の神託により貴様を捕らえに来たのだ! 神聖なる神の名の下に裁かれるが良いわ!」

「神? 貴様らのいう神とは何者だ? 我はついこの間、真の神にご拝謁したぞ? あの御方の神々しいご尊顔は……」

「貴様が神を語るなぁああああッ!」


 ジル・ド・クランは何かがキレる音共に、双剣を抜き放ちながらカーミラに斬りかかっていく。


 魔王と狂信者、戦いの火蓋が切って落とされた。


 悪魔とザイオンの民の思惑が絡み合い、運命を導く。

 その中心にいるのは、ただ一人

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