第15節 バトル・バトル・バトル!

―天空の城 司令室―


 こいつが敵のボスのピサロか。

 嫌らしくニヤついてやがる。


 髭面で浅黒い肌、見た目はただのラテン系のオッサンだが、悪党特有のどこか油断できない雰囲気に直観が警告を与えてくる。

 聖騎士の幹部だけが着ることが出来る、フェニックス◯輝みたいなデザインで赤みがかったオリハルコン製の鎧が威圧感を倍増させている。

 持っている得物は、鎖?


「……下がっていろ、アルセーヌ。ヤツは私がやる」


 オリヴィエが一歩前に出て、涼しい顔でピサロと対峙した。

 ピサロは一瞬、顔をしかめたがすぐに鼻で笑った。


「クハハハ! 七聖剣入りもしていない貴様ごとき小僧が吾輩と? 図に乗るなよ?」


 ピサロの嘲笑にオリヴィエは何も答えず剣を構えたままだ。

 転送装置を操作していた他の連中も同じように笑っている。

 誰もがピサロの勝利を確信しているようだ。


 俺は何も言葉を発することなく、オリヴィエの大きな背中を見つめている。

 だが、俺は分断させられた他のみんなのことが気がかりだ。


『アル、こっちは心配いらないのだ!』

『へ!? な、何だ、この声……』


 突然、頭の中に声が響いてきた。

 これは……イシス、か?


『そうなのだ! これは念話なのだ! あたちの加護でアルと魂が繋がってるから、離れていても話ができるのだ!』

『お、おう、そうか。 ……それでみんなは大丈夫なのか?』

『うん! カミッチもいるし、あたちも一緒なのだ! みんな強い女の子なのだぞ? アルは自分のことに集中なのだ!』

『……分かった! お前を信じるぜ、イシス!』


 正直に言って、駄女神イシスは頼りない。

 だが、ここぞという時だけはやってくれると信じるしかない。

 そうだな。

 俺はみんなを信じよう。

 大きく深呼吸をして、冷静に今の状況を観察した。


 ピサロ以外の連中は、誰も聖騎士の鎧を着ていない。

 おそらく、この天空の城のオペレーターたちなのだろう。

 戦闘員ではなさそうだ。


 だが、ピサロは油断の出来ない策略家だと聞いている。

 堂々と一人で戦いを仕掛けては来ないはずだ。

 

 ん?

 俺たちの背後のあの壁に、大きな扉が付いている。

 あの先に何がある?


 俺が訝しんでいると、オペレーターが機械を操作しているのが目に入った。

 そして、扉が大きな音を立てて開き始めたと同時に、俺はとっさにオリヴィエの背中を守るように、全力で闘気を纏った盾を構えた。


「う、おおおお! 夢幻闘気100%だ!」


 俺の全力の闘気の盾に次々と重い衝撃が襲いかかってくる。

 だが、俺は歯を食いしばり、両足で踏ん張って最後まで耐え抜いた。

 弾幕が晴れると、その先にはガトリングガンを装着した、象のようにでかいクモみたいなロボットが仕掛けられていた。


「フ! 助かったぞ、アルセーヌ。まさか、お前に背を守られる日が来るとはな」

「へへ。愚弟だとか俺を貶していた割に、俺のやることを信じてくれるとはよ。そっちの方が信じられねえぜ?」

「そうだな。ジークから頼りになる協力者が出来たと聞いたからな。ジークがそう言うのならば、間違いはないだろうとは思ったが、その相手がまさかお前だとは」


 俺たち兄弟は、背を預け合いながら小さく笑った。

 ピサロは俺たちのやり取りを聞いていて、大きな舌打ちをした。


「チッ! 小賢しい小僧共め。今ので死んでいた方がマシだったと後悔させてやるわ!」

 

 こうして、俺たちシュヴァリエ兄弟の戦いが始まった。


☆☆☆


―天空の城、機関室―


 やっと再会できたアルセーヌが突然消えてしまい、私達は焦ってしまった。

 でも、イシスが念話でアルセーヌたちの無事を確認してくれ、私達はほっとしていた。


「油断するな!」


 カーミラの喝で、私達はハッとして顔を上げた。

 その時に、黒い波動が目の前まで迫ってきていた。


「キャッ!?」


 私はとっさに腕で身体をかばったが、しばらくしても何も起きなかった。

 恐る恐る目を開けると目の前にカーミラの影魔法で守られていた。


「……ふん。貴様が勇者ヤツの末裔のガキを守るとはな? どういうつもりだ?」


 骸骨が骨をカタカタ鳴らして、不気味に笑っている。

 カーミラは鼻で笑って答えた。


「どうもこうもない。我はイシス様をお守りしただけだ」

「クフフフ。貴様も冗談を言えるようになったのか? そんな羽虫如きが如何ほどか?」

「クックック。イシス様の偉大な魂も感じ取れんとは。貴様こそ、生前は偉大な賢者だと思っていたが、死してからはその目は節穴になったか? いや、すまんな。貴様に目はなかったな、骸骨だけに」

「おのれ、小娘が調子に乗りおって! 我は貴様が魔王などと認めはせん!」

「我こそ、貴様に、堕ちた賢者に引導を渡してくれるわ! 古の魔帝国の亡霊め、ここで滅するがよい!」


 カーミラと骸骨がぶつかり合おうとした瞬間、二人は突然どこかに消えてしまった。

 

「え、ええ!? ま、また消えてしまいましたわ!」

「大丈夫なのだ、ヴィッキー。カミッチたちも天空の城のどこかにいるのだ」


 イシスはいつの間にか私の頭の上にちょこんと乗っていた。

 なぜか余裕のイシスに、私は不安でいっぱいだった。

 だって、アルセーヌもいないし、頼りになるカーミラまでいなくなってしまった。

 聖騎士の女の人は、ジュリアの相手をしているだけで手一杯のようだ。

 今いる私達だけであんな恐ろしそうな……


 私は目の前にいる二体の骸骨達を見て、ブルッと身体が震えた。


「クフフフ。このガキどもをさっさと始末して、同志の加勢に向かわねばな」

「うむ。あの女も400年前とは別次元の力を身に付けておるからな。死せる賢者といえども、不覚を取られかねん」


 二体の骸骨たちは骨をカタカタさせて笑い合っている。

 私が血の気が引いていくのを感じていると、ロザリーとレアが私の前に出た。


「そうはさせない。私達があんたたちを始末するわ」

「そうですニャ! レアもご主人たまたちの助けになるように戦いますニャ!」


 二人共、全く恐れていないかのように勇敢に骸骨たちに立ち向かっている。

 そして、もうひとり、聖教会の騎士のも堂々と前に出てきた。


「ボクも負けられませんね。ジーク様の、『神の子』の従士として、足手まといになるわけにはいきません!」


 カワイイ顔をしているのにすごく頼もしく感じる。

 よし!

 戦えなくたって、私も堂々としていよう!


「……ガキどもが調子に乗っておるな」

「ならば、すぐに黒い恐怖に陥れてやろうではないか!」


 私達もまた戦いが始まった。


☆☆☆


―天空の城 大広間―


「な、何が起こったんだ?」


 サムたちは突然転移させられ、呆然と周囲を見渡していた。

 その様子を十字路の悪魔ゲーデは嘲るように笑っていた。


「オッホッホ。隙だらけねぇ? あたくしが殺る気だったら、あなた方もう全滅していたわよぅ?」

「ぐ、ナメやがって!」

「あらぁ、ナメてるに決まってるわよぅ? あたくしに敵うと思ってるなんて、ちょっと思い上がり過ぎじゃないかしらぁ? せいぜいあたくしを楽しませて頂戴。つまらなかったらすぐに殺すわよぅ?」


 ゲーデがニタリと笑って暗黒闘気を漂わせると、サムたちは反射的に陣形を取った。

 

神聖なる讃歌サンクトゥス・メロス!」


 イヴの陽だまりのような天使の歌声によって、サムたちの闘気が膨れ上がっていく。

 対して、闇属性のゲーデの闘気はしぼんでいくようだ。


「あらぁ? 面白いことするわぇ?」

「へ! オレたちが勝算もなくお前に戦いを挑むと思ったのか? オレたちを、人族の絆の強さをナメるな! イヴがいればオレはどこまでも強くなれるんだ! その気色悪い余裕のツラをすぐに泣きっ面にしてやるよ! 聖闘気全開放!」


 サムは得意技の守備型の剣術を捨て、攻撃的に斬り込んだ。

 

「まったく、サムのやつ聞いてる方が恥ずかしくなるよ。やっと素直になったのかい? ……さてと、あたいも行くよ! 錬金創装アルケミア・クレアーレ!」


 真っ赤な顔で歌い続けるイヴを横目に、錬金術師リディアはサムのサポートに出た。

 手に持っていた槍の装飾は、錬金術で鎧と化し、抜身の槍でゲーデに突きかかった。

 サムと同様にイヴの魔法で強化されていて、その動きは聖騎士にも引けを取らない。


「オッホッホ! やるわねぇ? でもぅ、これはどうかしらぁ?」


 だが、サムとリディアの猛攻をさばくゲーデは魔王に匹敵する悪魔だ。

 まだまだ余裕があり、その反撃の衝撃波はバフをかけているイヴに向かっている。


「ウォオオオ! 金剛盾アダマス・シルト!」


 この攻撃を防いだのは、サムの相棒ハンコックであった。

 サムが躊躇することなく前に突き進むことが出来るのも、相棒が背を守ってくれることを信じているからだ。

 

「もらった!」

「チィッ!?」


 ゲーデの反撃の隙きを突き、サムの一太刀は首筋に迫った。

 しかし、ゲーデは紙一重でかわし距離を取った。

 が、その頬には一筋の紫の血がたれていた。


 これが『自由の子どもたち』である。

 お互いを信頼し合い、どこまでも高め合うことが出来る。

 その結束の力は、悪魔に迫る勢いだった。


「あ、あたくしの美しいお顔に傷を? ……ぶっ殺してやる、クソガキ共!」


 ゲーデから余裕の表情は消え、憤怒に歪んでいた。

 

☆☆☆


―再び天空の城 司令室―


「チッ! 小賢しい小僧共め。今ので死んでいた方がマシだったと後悔させてやるわ!」


 ピサロの怒号とともに、俺たち兄弟も動き出した。

 中身は別人なのに、まるで本物の兄弟のように絶妙な連携だった。


 ピサロの鎖攻撃をオリヴィエは右横にかわし、俺もまたロボットのガトリングガンを逆方向にかわしていた。


「ぬ!? ぐぉおおお!?」


 対角線上にいたピサロは真正面からガトリングガンを受けて吹っ飛ばされていった。


 その様子を見ながら俺は、ロボットを遠隔操作していた連中をぶん殴って気絶させた。

 これでロボットは沈黙し、厄介な転移をさせられることもないだろう。

 俺はオリヴィエの元に向かおうとした。


「来るな、アルセーヌ!」

「え? 何を……うお!?」


 俺が反射的に立ち止まると、床から鎖が突き上がってきた。

 もし立ち止まらなかったら、俺は串刺しにされていただろう。

 背筋に冷たい汗が流れた。


「チッ! これで一匹目を殺れると思ったのだがな。カンの良い小僧だ」


 吹っ飛ばされて倒れていたピサロは、何事もなかったかのようにゆっくりと起き上がった。

 全身を聖闘気で纏い、余裕の表情でホコリを払っている。


 マジかよ?

 ガトリングガンを食らっても無傷、だと?

 こいつもバケモンか!


「……ふん! 貴様が卑劣漢だということはすでに知れ渡っているからな。この程度のことは予測済みだ」

「クックック。策を弄することの何が悪い? 吾輩は勝つために手段を選ばん」

「別に悪くはない。私の流儀ではないだけだ」

「チッ! 気に食わんな。その我輩を見下す目、『聖帝』と同じだな? 性格は似ても似つかんというのに。 ……ま、実力もヤツには遠く及ばんな?」


 ピサロは嫌らしく心理戦を仕掛けるように挑発してくる。

 ここでオリヴィエの持ち味の冷静さを無くさせようとしているのか?

 油断も隙もない策士、聖騎士のランキングが下の相手にも手を抜かない、か。


 オリヴィエはピサロの挑発を無視して剣を構え、腰を落とした。


「クックック。図星で何も言えん、か!」


 ピサロは不意をつくように、話の途中で鎖をムチのように放ってきた。

 オリヴィエはこの一撃も読んでいたのか、軽く剣で弾き飛ばして一歩踏み出そうとした。


「甘い! 鎖操術・蛇神の舞サナトス・ナーガ!」

「むっ!?」


 オリヴィエに弾かれたピサロの鎖は、意思を持っているかのように軌道を変えてオリヴィエに襲いかかった。

 オリヴィエはとっさに避けて、距離を取らざるを得なかった。

 が、剣の間合いの外からピサロの攻撃は次々と襲いかかってくる。


「クハハハ! どうした、小僧? 防戦一方ではないか!」


 ピサロの怒涛の攻撃だ。

 防戦一方に見えないことはない。

 だが、俺のレベルも上がっているからだろうか?

 何が行われているのか分かり、引き込まれるかのように息を呑んだ。

 

 オリヴィエはピサロの攻撃をことごとく紙一重でかわし続けている。

 完全に見切っているのだ。

 音速を遥かに超える速さの上、不規則な軌道を正確に見切ることがどれだけ高次元な技術なのか、強くなればなるほど分かるというものだ。


「え!?」


 オリヴィエは、いつの間にか攻撃に転じていた。

 遠くから見ていたのに、いつ動き出したのかすら見えなかった。


 これで決まった!?


「ぬるいわ!」


 だが、ピサロも聖騎士の元幹部だ。

 オリヴィエのこの達人の攻撃を読んでいたのか、隠し持っていたもう一つの鎖を左手で繰り出した。

 

 ヤバい、やられ……な!?


「貴様がな!」


 オリヴィエはこの不意をついた攻撃すら読んでいた。

 さらに踏み込んで加速した。


「なん……ギャハァア!?」


 ピサロは左腕を付け根から斬り飛ばされ、驚愕に目を見開いて倒れ込んだ。

 すぐに立ち上がろうとしたが、オリヴィエに目の前に剣を突きつけられて、斬り落とされた腕の付け根を押さえながら冷や汗を流した。


「ば、バカな? な、なぜだ? 序列にすら入っていない貴様が、なぜ、こんな?

竜王軍との戦いで負傷した貴様如きが? いや、そうではない。軍法会議で会った貴様とは別人すぎる」


 ピサロは傷口からとめどなく流れる血に塗れ、ガクガクと震えている。

 オリヴィエは表情を変えることなく、困惑するピサロに冷たく言い放った。


「……確かに、あの頃の私なら貴様の足元にも及ばなかっただろうな。だが、私も貴様と同じように聖騎士の頂上決戦を間近で見ていたのだぞ? あの時の貴様がどう感じたのかは知らん。私は胸の内が、いや魂の奥底から打ち震えたのを覚えている。そして、こう決心したのだ。『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルンの対等の友として、相応しくなってみせようとな。あの日から私は一から自分を鍛え直したのだ」


 オリヴィエは堂々と胸を張って立っていた。


 これが、名門武家シュヴァリエ家次期当主。

 俺は実年齢が歳下の兄貴に、不覚にも、憧憬の念を持ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る