幕間3

天上界にて3

 この世界の創造主、イシス・エメラルドは世界の観測所で号泣していた。

 ちょうど遊びに来たクロートー・アパタイトは、それを見てドン引きしている。


「……どうしたの、あんた?」

「あ、ロティちゃん! 実はね、アルセーヌ様が、ついに管理者としてのお仕事へと進み出したの!」


 と、イシスは身振り手振りを交えて、さっきまでクリスタルで見ていた冬将軍の一部始終を大げさに語った。

 それをクロートーは途中で飽きて、うんざりした顔で聞き続けていた。


「ね! 凄いでしょ! これでわたくしの世界も安泰だよ!」


 と、浮かれているイシスは、弾けんばかりの胸をドヤっとばかりに張った。

 それにイラッときた胸のないクロートーは、両手でギリッと目の前のこぼれんばかりのデカ乳を鷲掴みにした。


 くそ!

 この無乳め、毎度毎度……

 羨ましい!!

 ワシ(神王)ですら触ったことが無いというのに!


「ひゃう!? や、やめてよ、ロティちゃん! な、何を!?」

「何を、じゃないわよ! あんたがバカ面して浮かれてるからでしょ!」

「ええ? だって、嬉しいんだもん」

「だもん、じゃないわよ! あんたはホントに脳内お花畑なんだから!」


 と、クロートーはプンプンしながらイシスを説教している。

 

 確かに、この貧乳の言うことにも一理ある。

 今回の冬将軍で、あまりにも多くの輝く生きる魂たちを失ったのじゃ。

 神と人間では死生観が違うから、犠牲者が出たことを悲しむこともせず、イシスのように冬将軍を乗り切ったと喜んでいても仕方のないことじゃがな。

 だが、来年のことを考えれば、浮かれて喜んでいる場合ではないわい。


 魂というのは、創造世界の下層部で循環して世界のエネルギーの流れを作っておるので、いずれ違う形で復活はする。

 しかし、復活するまでに悠久の時の流れが必要となるのじゃ。

 今回の冬将軍で失った穴を埋めるには、時間が足りなさすぎる。

 異常事態が一回しか無いと断言できるわけがないのである。


 崖っぷちにいながら、すぐ先のことも考えられない残念な頭の女神、それがイシスなのじゃ。

 この無乳でなくとも、説教をしたくなるのは致し方なかろう。


「あうう~。ロティちゃん、そんなに怒らないでよ~」


 と、イシスは正座させられ、涙目だ。

 クロートーは、はぁっとため息をついて、組んでいた腕を下ろし、つり上げていた眉も下ろした。


「……しょうがないわね。あんたのバカさ加減には、これ以上怒る気力も無くなるわ」

「えへへ! やっぱりロティちゃん、やさしいなぁ! 大好き!!」


 イシスは早くも怒られていたことを忘れて、満面の笑顔でクロートーに抱きついた。


 イシスよ。

 お主の頭は、日に日に残念さが進んでおらんか?


「こら、やめなさい!」

「ぎゃふん!?」


 クロートーは、抱きついていたイシスの無防備な頭にチョップを叩き落とした。

 イシスは頭を擦りながら、赤い顔でそっぽを向くクロートーから手を離した。


「うう。ひどいよ、痛いよ~」

「まったくもう、あんたはどこまでバカなのよ! そんなんでどうやってあいつを助けられたのよ?」

「へ? 助ける? わたくしは何もしてないよ?」

「え!? ……どういうことなの? あの光の力を解放したのは、イシスの加護ではない? あんなことが出来るなんて、神の力に匹敵するわ。まさか、他の神が干渉している? そんなの……」


 クロートーは、キョトンとしているイシスを放っておいて、ブツブツと自分の思考にのめり込んだ。


 何と!?


 これにはワシも驚きじゃ。

 あの姫は人ではあるが、数百年に一人の強力な魂の持ち主なのは間違いない。

 だが、あの姫の膨大な潜在能力を最大限に引き出すとなると、相当な力が必要になる。

 そんな芸当が出来るのは神に近い存在じゃ。


 ……ふむ。

 あの管理者が危機に陥った時に存在をちらつかせておるが、神王であるこのワシにすら正体を悟らせんとは、面白いではないか。

 いずれ見破ってみせようぞ!


 まあ、ワシも一瞬イシスの力なのかと思ったが、そんなわけがなかったわい。

 やっと思い出したが、あの管理者にかかっておるイシスの加護は違う力じゃ。

 あれは、他の魂たちと繋がれるだけの加護じゃ。

 神々の干渉を受け付けない能力もあるが、それはどの神の加護も同じこと。

 単体では大した能力ではないが、人の輪の繋がりは、強力な強さでもある。

 魂の繋がりを生かすも殺すも、この管理者次第じゃがな。


「ねえねえ、ロティちゃん? そんなに真面目に考え込んでどうしたの?」


 イシスが不思議そうに首を傾げて、クロートーを見ている。

 クロートーはハッとして、自分の意識を現実に戻した。


「べ、別に大したことはないわ! そ、そういえば、あのニブルヘイムの大穴はなんのために創ったの?」

「うーん? わたくしも創った覚えは無いのに、どうしてあんなのがあるんだろ?」


 と、イシスはポワポワした感じで答えた。

 これには、クロートーは絶句して何も言えなくなった。


 有史以前から存在し、世界を崩壊させうるあの大穴が開いていることが、どれだけ異常なことなのか、常識を持つ者ならばすぐにわかるだろう。

 間違いなく、この世界を創る時にやらかした大失態が原因なのだからだ。

 ワシはその原因を知っておる。


 イシスよ。

 ワシは、お主をアホの子だとずっと思っておったが、これほどのレベルとは思わんかったぞ?

 お主の頭は残念を通り越して、無念じゃ。

 あの大穴が出来た原因を忘れてしまうとは。

 あれは、お主が前回の世界を崩壊させた原因、うっかり隕石を落っことしたのが原因じゃろうが!

 

 あの時はひどいもんじゃった。

 せっかく軌道に乗りかけていた世界が、一瞬にして無に帰したのじゃからな。

 それも、創造主のうっかりミスでな。

 流石のワシも大激怒して、次に失敗したら天上界を追放すると言ってしまったものじゃ。


 あれからイシスも気持ちを入れ替えて頑張っておったようじゃけど、こやつのやることから目を離すべきではなかった。

 まさか、大穴が開いた部分を直さずに、新しい世界を創り出すとは思わんかった。

 しかも、その存在をすっかりと忘れておるではないか!


 ワシも出来ることなら、直してやりたかった。

 じゃがの、最早手遅れなのじゃ。

 いくら神王のワシでも、世界が動き出してしまったら、手直しは出来んのじゃからな。


 もちろん、その大穴から亡者が次々と湧いてくるのには理由がある。

 ワシが神々の王を務めておるこの次元には、星の数ほどの創造世界があるのだが、このイシスの世界はその1つじゃ。


 これらの世界の共通点として、その世界のすべての生命を育む大いなる魂が、世界の中心にある。

 星そのものの魂ともいうべきものじゃ。

 そこから創造主の好みによって、世界の柱となる魂がいくつか創られるがここでは省こう。


 そのさらに細かい部分、世界を彩るそれぞれの動植物などの魂の元となるのが、世界の下層にあるエネルギーの流れじゃ。

 この流れは、世界が存続する限り循環し続けるのじゃが、生者とは相反するエネルギー、つまり、死者のエネルギーじゃ。

 生者を正とすると、死者は負となる。


 ただし、生者が全て正しいとは限らない。

 死者ばかりの世界は地獄じゃが、誰も死なない世界もまた地獄じゃからな。

 健全な世界であれば、生と死のバランスがうまく取れておるものじゃ。

 生者が死ねば負のエネルギーへ、負のエネルギーも流れに乗って時が来れば生者になる。

 こうして、世界は回り続けておる。

 この事は、見習い女神の頃にイシスにも教えたはずじゃが、覚えておるのかのう?


 つまり、この世界の最大の欠陥は、あの大穴によって死者のエネルギーが生者の世界に漏れ出しておることじゃ。

 亡者の正体とは、不完全な状態で生者の世界に現れてしまった負のエネルギーじゃ。

 それ故に、相反するエネルギーである生者を殺し、そのエネルギーを奪おうとしておるのじゃ。

 とはいえ、その方法ではどれだけ殺そうが生者にはなれんがのう。


 長くはなったが、これが冬将軍の真実じゃ。

 この世界の無念な創造主の上司として、この世界の住人達には申し訳なく思う。


 じゃが、この世界の創造主が無念な代わりに、この世界の住人たちは素晴らしい。

 この致命的な欠陥に、自らの意思で立ち向かっておるのじゃからな。

 管理者もまだまだ未熟者じゃが、やっと自分のやるべきことに気付いたし、出来れば、この世界も無事に存続してほしいわい。


「ねえ、ロティちゃん。わたくしもこの世界に行きたくなってきちゃったよう!」


 む?

 イシスがたわけたことを言い出したぞ?

 また良からぬことをする気ではなかろうか?


「何をバカなことを言ってるの! あんたが直接入ったら、この世界はキャパオーバーで壊れるわよ!」


 うむ。

 ナイスだ、貧乳。

 今回だけは褒めて遣わす!


「でも、でも~!」


 ダメに決まっておろうが、駄女神!

 お主は余計なことをするでない!

 大人しく自宅待機しておれ!


「うーん……あ! そういえば、アレならいけるかしら?」

「アレ? ……あ! そうだね! アレならいけるかも!!」


 おいぃぃ!!?

 前言撤回じゃ!

 このバカモノを煽るでないわ、この無乳!

 もうダメじゃ。

 この無念な女神の相手をできるのは、最早あの管理者しか居らん。

 もうワシは知らんぞ!


「ああ、楽しみだな!」


 イシスののんきな声が聞こえてくるが、ワシはカッカしながら家に帰っていった。

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