第二十一節 希望の光
ー???? ヴィクトリア視点ー
私は今から自分が死んでしまうところを上から眺めていた。
正気を失っているオーズの槍が、私を貫こうと目前まで迫っている。
あーあ、私の短い一生はこれで終わりなんだな。
でも、ちょっと満足している。
箱庭のような離宮の中だけしか知らずに育ってきた私だった。
そんな何も知らなかったお姫様の私も、短い間だけだったけど、夢にまで見ていた冒険者になって旅をすることができた。
知らなかったことをたくさん知ることができた。
親友のレアともっと仲良くなれた。
新しい友だちも、仲間もできた。
そして、大好きなあの人と一緒に旅もできたんだ!
でも、本当は大好きなあの人ともっと一緒にいたかった。
大人になって、一緒にいる未来も想像した。
それももう、これでおしまい。
やっぱり、ちょっと残念かも。
「やめろ!やめてくれぇー!!」
え!?
どうして、あの人がここにいるの!?
オーズを止めようと、私達を助けようと、あんなにボロボロに傷つきながら飛んできたっていうの!?
やっぱり、あの人は私の大好きな騎士だ!
でも、ダメ!
黒いモンスターがあの人を殺そうと槍を振り下ろした。
イヤだ!
こんな終わり方なんて、イヤだ!
こんな誰も幸せになれない結末なんて、イヤだ!
こんなの、絶対に、イヤだ!!
― それならば、力がほしいですか?
……え?
何、今の声?
どういうことなの?
……あ!
みんなは、どうなったの!?
誰も、動いていない。
私もまだ、オーズの槍が刺さっていない。
あの人もまだ突き刺されていない。
え?
時間が、止まってる?
― ええ、ほんの一時だけ時間が止まっています。
あ!
またこの声!
一体誰なのですか!?
― 私のことは大した問題では無いでしょう?今大事なのは、あなた様のことでしょう?
わたくし、ですか?
わたくしの何が大事なのですか?
― ふふふ。今はまだお話できません。あなた様の物語を、あなた様御自身の足で歩まれた時に、いずれ分かります。
どういうことですか?
― ……さて、そろそろ時間が再び動き出します。どうか、これだけは覚えていてください。あなた様は『希望の光』、絶望の闇を照らす光です。あの人にとっても例外ではありません。あの人が絶望の底に落ちた時には、あの人を絶対に見捨てないでください。
な、何の話をしているのですか!?
― では、ほんの一時だけ、あなた様の潜在能力の全てを解放します。
え!?
わ、わたくしの話を……
…………
時が再び動き出す。
そして、希望の光が絶望の闇を照らし出した。
ーロジーナ王国本土 アルセーヌ視点ー
俺は今、何を目撃している?
あの子が、ヴィクトリアが光り輝いている。
そして、全ての闇を照らし出していた。
亡者は、跡形もなく消えてしまっている。
闇の力に飲まれていたオーズもまた、動きが止まっていた。
「大丈夫ですよ、オーズ様?わたくし達は変わらずずっと仲間です。」
そう言って、ヴィクトリアは固まっていたオーズを抱きしめた。
オーズはハッとして、槍を地面に落とした。
「ヴィク、トリア?俺は、一体、何を?」
闇の力に飲まれていたオーズが、正気を取り戻した。
『リレ!あんた大丈夫なのかい!?』
『おじちゃん!』
と、ユミルもロタもオーズを抱きしめている。
そうか。
俺が何かに導かれていたのは、これを目撃するためだったのか。
あの子の、ヴィクトリアの起こした奇跡の力を『希望の光』を。
これが、俺の、世界の管理者としての本当の役割だったんだな。
ああ、ダメだ。
これ以上はもう何も考えれない。
もう、疲れた。
ー1ヶ月後、ロジーナ王国本土 神の視点ー
あの日から1ヶ月が経った。
今日もまた、亡者たちが襲撃にやってきている。
だが、亡者の勢いははるかに衰えていた。
ヴィクトリアの起こしたあの奇跡の日、全ての亡者たちは一時的に一掃された。
その瞬間、本土を守ろうと必死に戦っていた戦士たちは、何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くしていた。
そして、亡者がどこにもいなくなったことが分かると、誰もが本土へと駆け込んだ。
本土の中は、
他にも、壁から大陸の最南端にある本土の間にはいくつも村があったが、いち早く壁の崩壊を知った
その後、本土の周囲には大規模魔法陣で壁が築かれた。
これによって、本土防衛ははるかに強固になり、作戦や連携を組めるまでになった。
海賊王黒ひげは、この3日後に目を覚ました。
肉体の傷は完全回復していたが、魂のダメージが大きく、まともに動けてはいなかった。
それでも、覇気に満ち溢れていて、姿を見せるだけで全体の士気を高めた。
戦士団の幹部も9名から5名まで減った。
『豪胆』ビョルン、『蛇の眼』イーヴァル、海賊王右腕ハルダン、中央砦基地長、偉大なる海の戦士たちが散った。
そして、戦士団は総勢3万から2万まで減った。
築かれてから一度も越えさせたこともない壁が崩壊した。
本土まで亡者の軍勢が迫った。
有史以来、類を見ないほどの世界の存亡の危機に立たされた。
だが、ヴァイキングの戦士たちは多くの悲劇を乗り越え、死力の限りを尽くし凌ぎ切ったのだ。
ーそして、最終日 アルセーヌ視点ー
『うおおお!!』
『ガッハッハ!何だ、それ?ビョルンにはまだまだ及ばねえな、リレ!』
『クソ!お前がビョルンを語るな、エイリーク!』
オーズはあの日以来、暗黒闘気に飲まれることなく、使いこなせるようになった。
ヴィクトリアの光に直接当てられたおかげなのか、ビョルンの魂の力を引き継いだのかは分からないままだ。
そして、そのオーズはエイリークと毎日やり合っている。
だが、殺し合いにはならず、エイリークはオーズを鍛えているかのようだった。
まるで、ヴィクトリアの光でエイリークが変わったのか、いや、おそらく人間だった頃のエイリークに戻ったのかもしれない。
これが、偉大なる海の戦士『豪胆』ビョルンとライバルで親友同士だった男の本来の姿なのかもしれないな。
その様子を黒ひげが、無表情で城壁の上から眺めていた。
あの日から1週間、亡者たちがやって来ることはなかった。
その間に、食料の調達や仲間たちの遺体を回収して弔った。
残された家族たちは、さすがに悲しみに涙を流した。
ユミルは、堂々とした態度でビョルンを見送っていた。
でも、子どもたちの見ていないところで、一人で声を押し殺して静かに嗚咽を漏らした。
食料は、警戒しながら一部の戦士たちが残った4つの砦や途中の村々から回収したが、亡者に遭遇することなく無事に完了した。
「おい、よそ見すんな!」
「ぐわああ!?」
俺もまた、ゴッドファーザーみたいな格好をした男コローネに、城壁外で鍛えられていた。
亡者たちも、今ではノロノロ動くだけで、闇の力も切れかけているようだ。
戦士団もかなり余裕で対応している。
エイリークとコローネの近くに寄ってくることも無いほどだ。
このコローネは、暗黒大陸にある街の傭兵ギルドマスターだった男だ。
全世界の全ギルドの中でも、最大規模の武闘派組織のボスだったらしい。
しかも、全盛期の若い頃の姿、エイリーク並みのバケモノなので、俺なんか足元にも及ばず、ただ痛めつけられているようなもんだ。
ほんの9ヶ月前は、その傭兵ギルドのザコにすらやられていた俺が、伝説の傭兵の相手になるわけがない。
そんなコローネも、今では大人しく俺の相手をしているだけだ。
その俺も、あの日から1週間後に目が覚めていた。
あれだけ無茶なことをしたのに、よく生きていたものだと自分でも不思議に思う。
あの不思議な声に呼び起こされたし、女神に祈ったりもした。
あれが女神様の加護ってやつか?
いやいや、それはねえだろ。
あの頭の弱い駄女神がそんなに気が利くわけねえ。
考えてもわかんねえことは後回しだ。
「アルセーヌ様ー、頑張ってください!!」
「オーズたまも頑張るニャー!!」
ヴィクトリアとレアが、城壁の上で俺達を応援している。
すぐ隣に黒ひげがいるので、戦場では最も安全な場所だ。
その側にはユーリと、
だが、あんな恐ろしい王たちの側にいるだけで、俺ならビビって動けないだろう。
あの子どもたちの肝の大きさには驚かされるばかりだ。
ヴィクトリアも、俺と同じく1週間意識を失って眠り続けた。
全ての闇の力を払い除けたのだから、それだけですんだのも奇跡のようなものだ。
もし、ヴィクトリアがいなかったら、この世界は本当に終わっていたことだろう。
あの力は一体何だったのか?
ヴィクトリア本人も覚えていないらしい。
でも、一つだけ確かなことがある。
このお姫様は本当に奇跡を起こしたのだ。
俺たちが眠っている間、ヴィクトリアの起こした奇跡を目撃したユミルによって、国中にその話が広がった。
南部の小人のようなお姫様の起こした奇跡によって、自分たちは助けられたのだと。
ヴィクトリアは今では、ロジーナ王国では女神様のように崇められている。
その小さな女神様の御加護に肖ろうと、崩壊した壁は再建後、『ヴィクトリア・ウォール』と名付けられることが決まっている。
ヴィクトリアは顔を真赤にして嫌がったが、黒ひげもその名前に異存はなかった。
今ではほぼ全回復した海賊王が、直々にヴィクトリアの護衛を務めている。
ヴァイキング達の神話の1ページに、ヴィクトリアの名が刻まれることは間違いないだろう。
本当にこのお姫様には度肝を抜かされる。
そして、俺はこの世界の管理者として、自分のやるべき仕事が何のかやっと分かった。
この世界を本当に守るのは、俺ではない。
この世界の住人達だ。
この世界の本当の主役は、この世界に住む宝石のように輝く魂を持つ者たちだ。
なぜなら、この世界は彼ら彼女らのものだからだ。
俺は、彼ら彼女らの物語を助ける脇役に過ぎない。
俺の管理者としての仕事は、その中でも一際輝く魂の持ち主たちを探し出し、繋がり、広がっていき、彼らと共にこの世界の問題と立ち向かうこと。
黒ひげやこの国の偉大なる戦士たち、それを支える人々は、すでに力強く輝いている。
もちろん、まだ見ぬ多くの偉人たちも存在していることだろう。
俺が知らないだけで、この世界の歴史も同時に進行しているはずだ。
そして、ヴィクトリアのように、まだ原石のままの者たちもたくさんいるはずだ。
そういった未来の偉人たちを探し出し、磨き上げていき、守っていくこともまた、この世界の管理者としての仕事になるだろう。
今はまだ、ヴィクトリアだけしか見つけれていない。
そのヴィクトリアもまだ、世間知らずのじゃじゃ馬姫だ。
本当に輝くのはこれからだろう。
「カッカッカ!おめえさんは、本当に弱えな!あの『聖帝』に似てんのはツラだけだな!あやつはワシ以上のバケモンだぞ?」
「ああ、うっせえな!俺が弱えのは、自分でも分かってんだよ!……ぶべら!?」
俺はコローネに剣で斬り込んだが、奴は闘気を纏った木の棒で俺の顔面に打ち込み、俺は無様に地面に這いつくばった。
俺はこの戦いを必死に生き延びたけど、どこまでも泥臭く無様な戦い方だったと思う。
物語の英雄になれるような、華麗な戦い方は出来なかった。
何度も心をへし折られそうになったし、その度に誰かに支えてもらった。
ああ、くそ!
このザマじゃ、原石たちを磨いていくなんて偉そうなことは言えねえな。
俺も、一緒に歩んで成長していくしか無いな。
あ!
空には、ついに太陽の光が差してきた。
極夜が、冬将軍が終わった。
「お?どうやら、これで時間切れじゃの?おめえさんはオヤジに近づけるように、まあちっと強くなれや!」
「ああ!?別に、俺は世界最強を目指してねえよ!俺はそんな戦闘狂じゃねえし!」
「カッカッカ!おめえさんがそう思ってても、他の奴らはそうは思わねえぜ?シュヴァリエの名はそんなに軽くねえぞ!」
と、コローネは笑いながら薄くなり消えていった。
ったくよ!
勘弁してくれよ。
これからあんな戦闘狂共に付きまとわれんのか?
『何だよ、もう終わりか?まだまだ遊びたりねえぜ、なあリレ?』
『……俺はもういい。俺は、あんたが嫌いだ。』
『ガッハッハ!そう言うなよ!おめえも、もうちょっとでビョルンに追いつけるんじゃねえのか?また来年遊ぼうぜ、オーズ!!』
と、少しずつ姿が透けていくエイリークが初めて名前を呼ぶと、オーズはバッと俯いていた顔を上げた。
目の前の満足したように笑う男を見て、何を思うのか?
『ふん!とっとと成仏しやがれ、バカ息子が!貴様なんぞ、勘当だ!!』
『ガッハッハ!嫌だね、オヤジ!オレはまだ、オヤジに真っ向から勝ってねえんだぜ?来年こそ、勝ってやる!!』
エイリークはそれだけ言い残して消えていった。
睨みつけたままの黒ひげだが、少し寂しそうに見えるのは、俺の気のせいか?
『よし、貴様ら!これで冬将軍は終わった!宴だ!!気の済むまで飲み明かすが良い!!!』
海賊王黒ひげによって、終戦宣言が出された。
こうして、今年の冬将軍は幕を閉じた。
本当に多くの偉大な戦士たちの魂が散った。
今年の冬は明けたが、来年も同じように明けるとは限らない。
明けることのない、大いなる冬がやってくる前兆なのかもしれない。
ありえない話ではない。
俺がこの世界に来たタイミングで、この異常な冬将軍が起こったんだ。
本当に、この世界の黄昏が近いのかもしれない。
そう思えるほど、犠牲が多すぎた。
だが、得るものもあった。
俺は『希望の光』によって、進むべき道が示された。
この世界の管理者として、確かな第一歩がついに踏み出された。
今回の話は、これで終わりだ。
これだけ、実に長い話があった。
そして、俺は今、黒ひげの海賊王と盃を交わしている。
『大儀であったぞ、ドヴェルグ、いやアルセーヌよ!』
『こちらこそ、陛下。俺でもお力になれたことを嬉しく思います。』
『バカモノ!ラグナルと呼べ、友よ!!』
黒ひげの海賊王ラグナル・ゴームは、楽しそうに豪快に笑った。
アルセーヌ編 第三章 完
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