第二十節 最後の局面

ー氷の原野 アルセーヌ視点 壁崩壊当日ー


 うおおお!?

 は、速え!!!


 ユーリを中心とした大狼ダイアウルフ達の犬ぞりに引かれて、氷の原野を一気に突っ走っていく。

 バイクでオフロードを走るよりも速いかもしれない。


 猛吹雪になっているが、大狼ダイアウルフたちはお構いなしにひた走る。

 大狼ダイアウルフの熱魔法の熱気で、後ろのソリにいる俺は闘気で防寒しなくても寒くない。

 到着するまで力を温存できそうだ。


 途中、山のように大きいマンモスのようなモンスターが、吹雪で氷漬けになって死んでいた。


『チッ!ベヒーモスもどきもやられたか。相手が魔獣だろうと見境がねえな。』


 と、ユーリが呟いた。

 亡者たちは、目に映る全ての生きる者たちを殺戮しているようだ。

 やっぱり、亡者は絶対に止めないといけない存在だ。


「あ!ユーリ、ちょっと止まってくれ!」


 俺は、そこで見つけたものの前に歩いていった。


「イーヴァル、あんた、凄えよ。」


 そこには、戦士団幹部『蛇の眼』イーヴァルが槍を構え、氷像のように凍りついていた。

 傍らには、一回り大きい大狼ダイアウルフもいる。


 おそらく、一人でも多くの戦士を本土防衛に向かわせるために、殿についたのだろう。

 そして、倒れることなく最期まで戦い抜いたのだ。

 俺は、その場面を見る必要もないほど、この大戦士がどう戦い抜いたのか理解できた。

 ここで一つ、偉大なる海の戦士の魂を引き継いだ。


 俺達は、再び走り出した。


ーロジーナ王国本土 ヴィクトリア視点 壁崩壊翌日ー


『だ、ダメー!!』


 ユミル達の娘ロタに、黒い影のモンスターが斧を振り下ろした。

 母親のユミルが荷物を投げ捨てて必死に駆け出したけど、どうやっても間に合わない。


『うがらああーー!!』


 間一髪、黒い影は大きな槍に貫かれて灰になって消えた。

 そこには、最前線にいるはずのオーズが立っていた。


『ああ、良かった!大丈夫かい!?』

『うえーん!ままー!!』


 ユミルは必死に走り、泣きじゃくる娘を抱きしめた。

 良かった。

 無事だった。

 私はホッとして、ぺたんと座り込んでしまった。


『……って、!?なんで、あんたが……!?』


 ユミルは、いるはずのないオーズに気づき、驚きの声を上げた。

 でも、次の瞬間、顔が青ざめていた。


『フゥフゥ!ウオおオおォーーー!!!』


 オーズは完全に暗黒闘気に飲まれ、自我を失っていた。

 そして、守るべき家族たちに向けて、槍を構えた。


「だ、ダメですー!」


 一瞬、誰が叫んだのか、分からなかった。


 あ、この声、私だ。

 あれ?

 私が駆け出しているの?


 まるで、上から自分たちを見下ろしてるような不思議な感覚だった。


「ゔぃ、ヴィッキーたま!?」


 隣りにいたはずの私が駆け出し、レアは驚いて慌てて手を伸ばしていた。

 でも、私は止まらなかった。

 そして、オーズとユミルの間に立ち、槍が振り抜かれようと目の前に迫っていた。


 あ、この感覚って……

 もしかして、私……

 …………

 死んじゃったの?


ーロジーナ王国本土近郊 アルセーヌ視点 壁崩壊翌日ー


 俺達は、ひたすら走り続けていた。


 すでに1時間ぐらい前から、倒れて凍りついた戦士たちや大狼ダイアウルフ達の死体が目に付き、増え出してきた。

 亡者たちとの主戦場が近づいてきたようだ。


 ユーリたち大狼ダイアウルフは、今では流石にかなりバテているが、それでも前を向いて走り続けていた。

 俺は今までネコ派だったけど、この大狼ダイアウルフたちには尊敬の念を禁じえない。


『おい!そろそろ見えてきたぞ!気合い入れろ!!』

「おう!分かってんぜ、ユーリ!!」


 目の前には、戦士団と亡者たちの大乱戦が繰り広げられていた。

 ヴァイキングたちが恐ろしく強いとはいえ、数では圧倒的に負けている。

 このままではジリ貧だ。

 起死回生の策が無ければ、この国は、この世界は確実に滅びる。


「くそ!どうすれば良いんだ?……!ユーリ、あそこに突っ込め!!」


 俺はユーリに指示を出し、夢幻闘気を解放した。

 戦場の中で、比較的安定している局地を発見できたのだ。

 おそらく、幹部クラスがいるはずだ。


『おう!しっかり掴まっとけよ!……お前ら、気合い入れていくぞ!最後の一駆けだ!!』

『『はい、ユーリ様!!』』

 

 大狼ダイアウルフたちは一丸となり、まるでトルピードのように突っ込んでいった。

 背後を突かれた亡者たちを次々と蹴散らした。

 そして、急造の一個小隊を組んで、亡者たちと戦っていた戦士たちと合流できた。


『な、何だ!?……あ!お前は、か!』


 俺達が突然現れ、初老の戦士が驚愕の表情で俺を見た。

 この男は、謁見の間で黒ひげに怒られていた気の毒な男だが、戦士団の大幹部で黒ひげの右腕だ。


『ハルダンさん!遅れてすんません!状況はどうなってますか!』

『お、おう!砦が落ちてすぐに、大狼ダイアウルフたちがワシ達を呼びに来たんだ。陛下が最後の力を振り絞って、『狼王』に思念伝達をしてくださったようだ。陛下は今、意識を失って、生死の境をさまよっておられる。エイリークめの魔剣には魂そのものにダメージを与える効果があるようだ。回復魔法やエリクサーで肉体の傷は治っても、魂まではどうにもならん。陛下御自身の魂の底力に懸けるしか無い。』


 ハルダンはグッと無念そうに拳を握りしめた。

 だが、俺が本当に聞きたいのは違う話だ。


『それで、本土は大丈夫なのですか?』

『あ、ああ。ワシらは態勢を整えて、すぐに本土防衛に向かったのだ。ギリギリ間に合ったワシらは、ここで亡者たちの侵攻を食い止めておる。本土には大狼ダイアウルフもおるから被害はないはずだ。』


 俺はホッと一安心だ。

 まだ、レアとヴィクトリアには被害がいっていないようだ。


『でも、このままではやられますよ?何か策はあるんですか?』

『それも考えてある。中央砦の基地長はやられたが、他の砦の4名の基地長達は無事だ。基地長たちが今、急ピッチで四隅に防壁魔法の魔法陣を展開しておる。』

『そ、そうですか。それなら……』

『だが、安心は出来ん。いくら急いで造るとはいえ、規模が大きすぎる。どれだけ早くても1日はかかる。』

『そ、そんな……』

『案ずるな!ワシら老兵が、最後の一兵になろうとも、最前線で囮となり時間を稼ぐ!貴様ら若者は後列へ下がれ!女子供を、未来を守り抜け!!』

『ぐ、ぐぐ。……分かりました!ご武運を!!』


 俺は、ハルダン達老兵の大きな背中を見送って走り出した。


 チクショウ!

 どいつもこいつもこの国の人間は……

 カッコ良すぎるぜ!!


 俺は、ユーリとともに後列の本土防衛の本隊へ合流するために、さらに走った。

 他の大狼ダイアウルフたちは力尽き、一体でも多く亡者を道連れにするために最前線に残った。


 まるで、俺をどこかに導こうとしているかのように、仲間たちが次々と命を散らしていく。

 誰もが、俺なんかよりも立派な魂の持ち主なのに。

 俺に何をさせようとしている?


 俺は、後列の本隊にようやくたどり着いた。

 さすがのユーリもここで力尽きた。

 誰の邪魔にもならない岩の陰で倒れ込んだ。


 ありがとよ、ユーリ。

 お前のおかげで、最後の戦いに間に合った。


『あ、スヴェンさん!よくご無事で……ああ!?』


 俺たち城壁防衛部隊長のスヴェンを発見した。

 俺と同じように壁の上から落ちたはずなのに、よく無事だったと声をかけようとした。

 だが、左腕を失っていた。


『おう、、おめえも生きとったか!……お?こいつか?こいつはエリクサーでも治せねえほどグチャグチャだったからよ、ぶった切ったぜ!ガッハッハ!』


 スヴェンは、上腕から先を失った腕をパシンと叩いて豪快に笑った。

 この男も、凄え。

 腕を失ったっていうのに、気力が全く衰えてねえ。


『さあて、亡者共が来たぜ?てめえら、死ぬ気で守り抜くぞ!!』

『『おう!!』』


 俺だって、やってやる!

 ここで負けたら、全て終わりだ!


 俺達は、亡者の軍勢と真っ向からぶつかり合った。

 もう、作戦も陣形も何もない。

 ただ、死力を尽くして目の前の亡者共と戦い抜くだけだ。


「うおおおお!!!」


 剣を振り、盾で防ぎ、何度倒れても、やられる前に何度でも立ち上がった。

 俺も必死に戦った。

 周囲にいた戦士たちが、一人倒れ、また一人倒れ、少しずつ数を減らしていった。

 それでも、誰もが気力を失わずに戦った。

 今、自分たちの背に何があるのか、分かっているからだ。


 しかし、さすがに亡者の数が多すぎて、少しずつ後ろに取りこぼすようになってきた。


「く、くそ!」

『焦るな、ドヴェルグ!後ろには、大狼ダイアウルフ達がいる!』

『は、はい!……ん?』


 俺は後ろを振り返った時、誰かが取りこぼした亡者を追いかけていくのが見えた。


 あれ?

 もしかして、オーズか?


『だ、ダメだ!!』


 俺は、恐ろしく嫌な予感がして、血の気が引いて叫んでしまった。

 俺の顔を見て、スヴェンも同じ考えに思い至ったようだ。


『ち、ちくしょう!幹部クラスがいねえ時に限って、が暴走するなんて!』

『くっそおー!!スヴェンさん、俺が止めてみせます!!』

『な!?そ、そんなこと……ぐ!だが、それしかねえ!おめえに賭けるぞ、!!』

『はい!!』


 俺はオーズを追いかけて、本土の中に駆け出した。


『た、頼むぞ、!相棒を止めてくれ!!』

『ああ、任せろよ、ユーリ!お前の相棒は、俺が止めてやる!!』


 俺をずっとバカにしていたあのユーリが、初めて俺の名前を呼んでまで頼み込んだんだ。

 その思いは絶対に無駄にしてたまるか!


『うおお!夢幻闘気100%中の100%だ!!』


 俺はたとえ足が千切れようとも、限界を超えて走ってやる!

 どんどん小さくなっていくオーズの背中を追いかけた。

 

 オーズは今、暗黒闘気に完全に飲まれて、狂戦士化している。

 敵味方も関係なく殺す、殺戮マシンと化している。

 闇に抗うため、闇の力に飲み込まれている。

 このままでは、自分が守ろうとしている大切な家族たちまで、見境なく殺してしまう。


 そんなことさせてたまるか!

 俺が、大切な友をそんな怪物に堕ちる前に、止めてやる!!


ーロジーナ王国本土 アルセーヌ、ヴィクトリア、二人の刻が交わるー


 クソ!

 どこだ?

 どこに行った?


『いやああああ!!?』


 子供の悲鳴?

 あっちか!?

 

 俺は、とっくに限界を感じている。

 視界は霞み、鼻血が止まらず、脳が焦げるように熱く、心臓が爆発しそうだ。

 魂が焼き切れかけている。

 これ以上力を使ったら、確実に俺は死ぬ。


 だが、それがどうした?

 本気で戦うって、こういうことだろ?


 亡者が俺に向かって突っ込んできた。


「どけえー!!」


 俺は、亡者を斬り捨て、やつは灰になって消えた。

 目から何かが垂れてきた。


 へ!

 とうとう目から血まで出てきやがった。

 知ったことか!


 そして、曲がり角を曲がると、ついに追いついた。


『フゥフゥフゥ!ウオおオおォーーー!!!』


 オーズが理性を失った雄叫びを上げ、槍を構えた。


「だ、ダメですー!」


 誰かが、オーズの前に立ちはだかった。


 誰だ?

 え?

 ヴィク、トリア?


 後ろには、オーズの姉ユミルとその娘ロタがいる。


 ダメだ!


 このままだと、3人まとめてオーズの槍に貫かれる。


「や、やめろー!」


 俺は、更に踏み込もうとした。

 しかし、地面が目の前に迫ってきた。


 そんな!?

 こんなところで、限界!?


 いや、違った。

 亡者の槍が、俺の右足に突き刺さっていた。

 その亡者が俺にとどめを刺そうと槍を振り上げた。


 嘘だろ?

 こんなの嘘だ!

 俺が導かれていたのは、このためなのか?

 こんな最悪の結末を俺に見せつけるためなのか?

 信じたくない。

 信じてたまるか!

 嫌だ。

 イヤだ、イヤだ!!


「やめろ!やめてくれぇー!!」


 亡者が俺の魂の叫びを無情にもかき消すように、槍を振り下ろした。

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