第十七節 初戦の終わり

 砦には、来客が現れていた。

 相手はエドガールの前に跪いている。

 エドガールもまた、にこやかに歓迎の意を表した。

 そして、エドガールを中心として、砦の中で軍議が開れた。

 

「エドガール殿下、単刀直入に申し上げます。我らにお力を貸していただきたい。」


 相手の青年、身分も年の頃もエドガールよりも下だが、少々尊大な態度である。

 この青年、名はジュール・クレベールといい、前領主ロワール家の数ある旗手の中でも武闘派の一門の出である。


 あの粛清によって、当主だった叔父、親兄弟、多くの親族を失っていた。

 エドガールがロワールの血を持つとはいえ、王家であるので憎く思う気持ちがあっても当然である。

 しかし、エドガールは笑顔を崩さずに答えた。


「……ふむ。タッソー家に攻める腹づもりかな?」

「な!?な、なぜそれを!?」


 クレベールは、見る間に驚愕の表情でエドガールを見た。


 この簡単に感情を乱される愚鈍さが、この男を粛清から逃れさせたのである。

 その当時、クレベールはフォア侯爵の領地にある他家へ、追い出されるように養子として出ていたのだ。

 粛清によって生家が取り潰されると、その家の騎士たちを引き連れて挙兵した。

 その相手は、クレベール家の元臣下タッソー家である。


 タッソー家は、旗手よりも下の騎士の身分だったが、この河川地帯が無法地帯と化したことを機と見て、クレベール家の元領地を掌握しつつあるのだ。

 感情に任せた挙兵ではあったが、配下に有能な副将がいるようで、かつての小規模領主たちを巡って味方を増やしているようだった。

 その中の一つがベアトリス達、コルマール家である。


「ふ!この私がこの地にやってきて、ただ遊んでいただけだと思っていたのかね?」


 エドガールは大胆不敵にニヤリと笑ってみせた。

 もちろん、これはハッタリである。


 この情報の全ては、昨日軍師に招かれたリュウキから得ていたのである。

 あの幼女のような見た目の軍師は、クレベールがこの日にこの砦にやって来ることを読んで、タイミングよくエドガールの麾下についたのだ。

 その事を知らないクレベールは、完全に気圧されていた。


「で、では、我らに……」

「ハハハ!私は負け戦に加わる気は無いぞ?」

「な、何を!?我らがあのような逆賊に敗れるはずがありません!」

「ならば、その首を懸けるか?」


 エドガールは、口元は笑ったままだが、目は真剣そのものだ。

 クレベールは射抜かれるように、ごくりとつばを飲んだ。


「な、何の御冗談を……?」

「私は真剣に軍議をしているのだぞ?そなたが先程言ったことは、誠では無いのか?」

「そ、そうではありません!戦において、勝敗は運に左右されることもあります。必勝などというのは、約せるものではありません。ましてや、首をかけるなど……」

「ハハハ!私ならば、約せるぞ?」


 エドガールは堂々と高らかに笑ってみせた。

 クレベールは最早完全に飲まれていた。


「で、では、やって見せてください。」

「ただし、そなたの兵が無ければ無理だがな。」

「な、何をおっしゃっているのです?」

「ハハハ!分からぬか?そなたの兵を私が率いる事が出来れば、この首を懸けてみせるぞ!」

「ぐ、ぐぐ!」


 クレベールは戦に勝ちたいが、指揮権は渡したくない。

 両天秤にかけ、決断できないでいた。


「若様、よろしいのではありませんか?」


 このクレベールに囁いたのは、傍に控える副将リューセックだった。

 クレベールが激昂して口を開こうとしたが、機先を制された。


「エドガール殿下が出来るのであれば、やってもらえばよろしいではありませんか。殿下はロワール様の血筋でもあるのですよ?その殿下が河川地帯を統一されれば、第一に手を貸した若様の手柄は最も大きいのです。クレベール家再興への早道ではありませんか。」


 リューセックは分かっていた。

 クレベールに一軍を率いる才のない事を。

 そして、楽な道をすぐに選ぶ、気骨のない男だということも。


「……分かりました、殿下。我らの兵をお貸ししましょう。ただし、もし約束を違えれば……」

「ハハハ!案ずるでない。私の首ぐらいくれてやろう。私は嘘は言わんぞ。」


 エドガールは、高らかに笑いながら、自分の首叩いてみせた。

 こうして、エドガールは自ら指揮できる兵千名を手に入れた。


 この軍議での話の流れを考えたのは、リュウキである。

 エドガールにわずか一日で兵を手に入れさせたこの隠者の手腕は、まさに王者の師、大軍師である。

 クレベールは元より、その副将リューセックまでも調べ上げていた。

 この副将が、フォア侯爵の子飼いであることまでも。

 そのフォアが、エドガールに河川地帯をまとめ上げさせようと裏で動いていることも。

 そして、その野心までも。

 

 そのリュウキは現在、軍議に参加せず、あの小さな湖のほとりで餌をつけていない縫い針を垂らしていた。

 エドガールの器であれば、問題なく軍議を成功させることが、初めから分かっていたからだ。


 隠者は夢想に耽っている。

 その深淵を覗き見ることは誰にも出来ない。


 『隠者』と『ザイオンの民』の知恵比べは、まだ始まったばかりだ。


・・・・・・・・・


ー城壁上 アルセーヌ視点ー

 

 城壁下の最前線では、天変地異が起こるほどの戦いが繰り広げられていた。

 俺は、自分の持ち場を必死に守っていたので、ほとんど目にすることはなかった。

 だが、凄まじい闘気のぶつかり合いは感じていた。

 そして、闘気の渦で出来た竜巻が消え、決着がついたことは分かった。

 その後、膠着状態だった戦況が一気に傾いた。

 まさに、決壊した堤防のように、亡者の軍勢が最前線部隊の陣形を崩してしまったのだ。

 

 マジかよ!?

 だ、大丈夫なのか、これ?

 一気に最前線が崩れるなんて、明らかに異常事態だ。

 まさか、ビョルンがやられたのか!?

 い、いや、それはねえだろ?

 俺どころかオーズですら足元にも及ばない超一流の戦士だぞ?

 初戦で、いきなりやられるわけがねえ。


『ボーッとすんな、!』


 部隊長スヴェンの怒号で、ハッとした。

 目の前に真っ黒い亡者が迫ってきていた。


『うおお!やられっかよ!!』


 俺は大慌てで持っていた岩で迎撃した。

 みんなそれぞれの持ち場で自分の仕事に集中している。

 だが、亡者たちの勢いは止まらず、次々と壁を駆け上がってくる。


『いいか!お前らの背に何を背負っているのか想像しろ!』


 チクショウ、スヴェンの野郎!

 そんな事言われなくても分かってんだよ!

 最前線が立ち直るのを信じて、自分の持ち場に集中だ!

 前は頼むぜ、オーズよ!


ー最前線 神の視点ー


『ガーハッハッハ!どんどん来いや!オレをもっともっと楽しませろよ!!』


 エイリークが挑発すると、理性を失った兵たちがギロリと睨みつけた。

 本能で、総隊長の敵を討たなければならないと突き動かされたようだ。

 次々とエイリークに襲いかかった。


『甘えよ!てめえらじゃオレの相手になんねえよ!』 


 しかし、エイリークに薙ぎ払われ、倒れたところを亡者たちに囲まれてめった刺しにされた。

 エイリークが前に進み出ようとしたところで、転びかけた。

 右足には、左腕と下半身の失ったビョルンの繰り出した槍が刺さっていた。


『行かせ、ゴブっ、ねえよ、……ガハっ、バカ、野郎!』

『うおおお!!ビョルン、ビョルン、ビョルーン!!おめえはいつもゾクゾクさせてくれるぜ!おめえこそ、本物の偉大なる海の戦士だ!がーはっは……!?』

 

 ズドン!!


 と、巨大な何かによって、エイリークは粉々に押し潰された。

 その後には、巨大なクレーターの中に立つ、海賊王黒ひげがいた。

 周囲にいた亡者たちは吹き飛ばされ、右手には大剣、左手には血まみれのビョルンの半身を抱えていた。


『へ、陛下……ガボっ……も、申しわけ……』

『大儀であった!後は任せよ!ゆっくり休むが良い、偉大なる海の戦士よ!』


 黒ひげの労いの言葉は単純で短かった。

 だが、ビョルンは穏やかな表情で、永遠に目を閉じた。


『貴様ら、前線を維持しろ!偉大なる海の戦士の死を無駄にするな!貴様らの後ろにはこのオレが控えている!貴様らの大事なものはこのオレが守ってやる!遠慮なく死地に赴けい!』


 最前線部隊は、黒ひげの檄により陣形を組み直した。

 理性はなくなっても、本能で最強の王の威風堂々とした魂の力を感じ取った。

 再び兵たちの士気は高まり、亡者の軍勢を押し戻した。


『イーヴァル!!』

『は!お呼びでしょうか!!』


 黒ひげに呼ばれ、幹部の一角『蛇の眼』イーヴァルもまた、城壁から地上に降り立った。

 完全武装し、士気は最高潮に高まっている。


『貴様が、ビョルンに代わって最前線を率いよ!』

『御意!!』


 イーヴァルが最前線の中央に立ち、黒ひげはビョルンの亡骸とともに、砦の中に戻っていった。


ー前線やや後方岩山 コローネー


『あのバカ、もう死によったのか!まあええわい、どうせすぐに復活するじゃろ。……それにしても、アレが海賊王か。不意打ちとはいえ、あの『狂戦士』を一撃でぶっ殺すとは。噂通り、とんでもないバケモンじゃな。』


 元傭兵ギルドマスター、ドン・コローネは後方に位置する岩山の上で、戦況を眺めている。

 流石は、何十年も大組織を率いていただけあって、冷静である。


『ただ強いだけではないな、あの王は。崩れかけた最前線を絶妙なタイミングで潮目を引き戻す冷静さを持ち、折れかけた兵たちを鼓舞させるカリスマ性も持つか。クックック。あの『聖帝』とどっちが王者として上かのう?さあて、ワシはワシのやり方で、この祭りを楽しむかのう!』


ー再び、アルセーヌ視点ー


 開戦から12時間が経過した。


 俺達城壁部隊は交代し、砦内の中層へ休憩に向かった。

 初日ですでに疲労困憊、丸太や岩を投げ続けて腕や肩などパンパンに張っている。

 だが、ひたすら投げ落としていたわけではなかった。


 開戦から2時間がピークで、それ以降は怒涛の攻撃は落ち着いた。

 亡者も無限に数がいるわけではないので、24時間ひたすら戦い続けるわけでは無い。


 ただ、亡者にも個体差があるらしく、全速力で走り抜けてくる先頭の第一集団がもっとも強い個体たちだ。

 そいつらは毎年開戦直後にやって来ることが分かっているので、受けて立つこちら側も開戦直後は、精鋭たちで挑む。

 しかし、相手も強いので、毎年戦死者が多く出るのは、開戦直後の2時間である。


 その次の波でやって来るのは、最も数の多い第二集団だ。

 戦闘能力は、亡者の中では平均値だ。

 今はまだやって来ていないが、もうすぐやって来る予測だ。

 毎年、次の12時間の間にやって来るそうだ。

 配備される兵も多くなり、これもかなりの激戦になる。

 

 この波の間に、城壁部隊は迎撃のために物資の補給をする。

 あの頭の弱い駄女神が創ったファンタジー世界のくせに、この世界には質量保存の法則があるみたいだ。

 俺自身、細かい法則もわからないし、この世界の住人達もよく分かっていない。

 分かっていることは、魔法で生成した物質は、どこかから対価を得ているようだ。


 つまり、岩ならば、土魔法で周囲の石や土など様々な原料を組み合わせて作り出したり、そこにある岩を動かしたりする。

 水ならば、空気中の元素を組み合わせたり、どこかにある水を拝借するといった感じだ。


 ここでの補給方法は、落とした岩を後方支援部隊が、亡者が周囲からいなくなった時を見計らって回収する。

 もちろん、落とした衝撃でバラバラに壊れているが、一旦回収してから、城壁の上で土魔法で大きな岩に生成し直すのだ。

 こうやって、すべての物質はリサイクルされているのだ。

 ちなみに、亡者も同じ原理のようで、倒したら灰となって消えていき、ニブルヘイムに魂を回収され、再び亡者になると考えられているらしい。


 そして、もう一つ。

 亡者たちは、復活に関しても遅い早いの個体差があるらしい。


 また、亡者にも個性があるようで、全力で突っ込んでくる者、のんびりと歩く者、人の少ない砦を目指す者、はたまた明後日の方向へ歩き出し、海を渡り出す者までいるそうだ。

 ただ、いきなり海を渡り出すのは年に10体もいないので、かなり珍しい話だが。


 元々の性格なのか、魂の質なのか、それともこの世に対する恨みの強さなのかは分かってはいない。


 俺が休憩所の大広間に入ると、空気が重かった。

 豪快なヴァイキングの戦士たちがうなだれて座り込み、その中央で信じられないものを見た。

 忘れかけていた嫌な予感が的中した。


「オーズさん、一体、何が……?」


 そこには、声を上げずに大粒の涙を流し、座り込むオーズがいた。

 そして、その傍らには、血の気を失い、半分だけになったビョルンが横たわっていた。


「……エイリーク、だ。」


 オーズはそれだけぽつりと言うと、血の滴る拳を強く握りしめるだけだった。


 俺には、どう声をかければいいのか分からなかった。

 幼い頃から慕ってきた、本当の兄貴のような男を失ったのだ。

 その心中は計り知れない。


 俺だって、ショックが大きかった。

 この国に来て1週間、ずっとお世話になっていた。

 一流の戦士として修行もつけてくれたし、オーズの姉である妻と子どもたちと楽しそうに笑い合う父親としての顔もよく見た。

 尊敬に値する善良で高潔な魂の持ち主だった。


 それなのに、たったの一日で失われてしまった。

 これが、戦争の現実だ。

 英雄譚の綺麗事も美辞麗句も、所詮はただの戯言に過ぎない。

 無情で冷酷なただの命の奪い合いがあるだけだ。


 なぜだろう?

 なぜか無性にロザリーに会いたくなった。

 俺は怖くて、日常に逃げ出したいのか?

 それとも、勇気付けてほしいのか?

 なぜかは、わからない。

 目の前にいるオーズは今、何を考えているんだろう?


『オーズさん、俺は……』

『何も言うな、アルセーヌ。……俺がアイツを倒す。俺が、エイリークを倒してやる!』


 オーズは、涙を拭って立ち上がった。

 その目には、怒りか恨みかわからないが、力が漲っている。


『バカ野郎、!あのクソ野郎をぶっ殺すのはオレだ!』

『いいや、オレだ!』


 と、次々と座り込んでいた戦士たちが立ち上がった。

 オーズの魂の叫びに感化されていった。 

 これが、本物の戦士、か。

 俺なんかとは、気の持ちようが違うんだな。


も少しは成長したようだな?』


 声のする方を振り向くと、そこには黒ひげが立っていた。


『陛下!……いえ、俺はまだまだです。』

『ふん!まあいい、貴様らの士気の高さはよく分かった。今日は大儀であった!ゆっくり英気を養うがよい!』


 黒ひげはそれだけ言って去っていった。

 どうやら、初戦を乗り切った労いのようだ。

 でも、少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?


 黒ひげに跪いていたオーズは立ち上がり、俺の方を向いた。

 そして、ぐっと力強く抱きしめた。


『よく生き残ってくれたな!嬉しいぞ、友よ!』


 俺が、友?

 この本物の戦士が、俺なんかを対等の友と思ってくれているのか?

 逃げ腰になっていた自分が情けない。

 俺もぐっとオーズを抱きしめ返した。


『俺もだ、友よ!一緒に最後まで生き残ろうぜ!』


 俺は、他人行儀に敬語を使うことを止めた。

 それが敬意を表すってもんだ。

 俺はもう迷わないぞ!

 大切な相手のために、生き残ってやる!

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