第十六節 激突

ー全体俯瞰、所謂神の視点ー

 

 亡者の軍勢が、全力で突撃した!

 地を埋め尽くす程の大軍勢だ!

 それに対して、ヴァイキングの軍はどうだろうか?

 砦を守るように囲んでいる整然とした布陣だが、数は圧倒的に少ない。

 

 この冬将軍の戦いは、ヴァイキングの国ロジーナ王国の成人男性3万人が全て駆り出される。

 ロジーナ王国の総人口が約20万人、現代日本を基準に考えると中規模都市程度の人口しかいない。

 その中でも圧倒的に比率が少ない理由は、それだけ冬将軍での戦死者が多いからだ。

 

 全体の布陣としては、5つある砦の内、海側両端は最も人員が少ない。

 これは、生者を本能的に襲う亡者の習性を利用して、壁を曲線の形で建造されているからだ。


 ここは最後衛に当たり、亡者の襲来が少ないこの2つの砦には、1千名ずつの配置だ。

 全盛期を過ぎた中高年層が多く集められている。

 中高年とはいっても、歴戦のヴァイキングの戦士たちなので、いざとなれば頼りになる戦力だろう。

 

 次に、大本営と海側の中間地点の2つの砦には、5千名ずつ配置されている。

 この砦は主に、長く伸びた城壁の見張りと大本営の後方支援を兼ねている。

 もちろん、亡者の襲撃はあるが、大本営に比べれば、圧倒的に少ない。

 初陣の成人したばかりの若者たちが多く集められている。


 そして、大本営のある中央の砦、ここはまるで亡者たちにとって、ごちそうが与えられるかのように前面に突き出している。

 人口の少ないロジーナ王国では、この方が戦線の予測がつきやすいからだ。

 ここには最大戦力の1万8千名もの歴戦の猛者たちが集結している。

 

 この砦は、主に3層に分かれている。

 大本営のある最前線は、猛者たちの中でも精鋭が死力を尽くす。

 この最前線は、壁の中でも砦部分が最も前面に出ているが、その砦の中でも囮になるようにさらに突き出ている。

 最前線総隊長『豪胆』ビョルンを先頭に、オーズや他の最前線部隊が亡者たちを待ち構える。

 

 中層に当たる、砦の中心部分。

 ここには、壁を維持するための魔法陣が地下に設置されている。

 そして、2交代制で任務につく兵たちの休息場所も兼ねている。


 後部層は、後方支援部隊の作業場、物資の保管場所の倉庫などである。

 

 最後に、大本営

 威風堂々と床几に腰掛け、己の姿を全面に晒す最高司令官にして最強の男、海賊王黒ひげ。

 流石は海賊王、この最前線の城壁の上で戦況を見守り、その存在感だけで全体を鼓舞している。

 この男が一番のバケモノかもしれない。


 対する亡者の軍勢


 亡者は、人の姿をしているが、どす黒い真っ黒な影にしか見えない。

 自我すら持たない殺戮兵。

 表情どころか、目鼻口など、人の顔を形作る物が一切存在しない。

 四肢、五指があり、その手には剣、槍、斧、その他諸々の武器を持っている。

 どうやって手に入れたのかは分からない。

 生前使っていた物を地獄の底で複製したのだろうか?

 亡者というのはその存在自体謎が多く、わからないことだらけである。


 そして、忘れてはならない異形の存在、自我と己の肉体を持つ亡者『狂戦士』エイリーク・ゴーム。

 この男の一撃で開戦の火蓋が切って落とされたが、未だにその場から一歩も動いていない。

 大胆不敵に仁王立ちしているだけだ。

 その傍らには、同じく自我と己の肉体を持つ亡者、元傭兵ギルドマスター、ドン・コローネが全盛期の若き日の姿で立つ。

 この好戦的な二人が動かないことが、この年の冬将軍の異質な不気味さを物語っているようだ。


ー城壁上 アルセーヌ視点ー


 来た!

 キタ、キタ、キタァアアーーー!!!


 この50メートルはある城壁の上からだと、アリの群れがワラワラやって来るだけにしか見えない。

 だが、オーズとビョルン達のいる最前線では津波のような圧力を感じているかもしれない。


 亡者たちの軍勢が、オーズ達の最前線部隊とぶつかり合った。

 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

 まさに圧巻だ。

 まるで打ち寄せる波が、防波堤にぶつかって弾け飛んだかのようだ。


『ボケッとすんな、!来るぞ!』


 俺たちの城壁防衛部隊長スヴェンの怒鳴り声で、俺はハッと目を持ち場に戻した。

 

 すべての亡者たちが最前線部隊とぶつかるわけではない。

 ぶつかりきれなかった亡者たちが全速力で壁に向かってきた。

 奴らは、よじ登るなんて生易しい真似なんてしない。

 その全速力のままに、壁を垂直に駆け上がってきたのだ。


「うおお!来るんじゃねえ、このバケモンが!!」


 俺は、後ろに置いてあった丸太をぶん投げると、避けきれずに命中した亡者はそのまま地面に激突して潰れたようだ。

 こうやって丸太や岩を落として、この亡者共を迎撃するのが、俺達城壁防衛部隊の仕事だ。


「よっしゃ!」

『バカ野郎!油断すんな!』


 だが、当然向かってくるのは一体だけではない。

 次々と亡者たちが、壁を駆け上がってくる。

 そして、いつかは壁の頂上に到達する亡者も出てくる。

 この亡者共は、恐ろしく速いのだ。

 この50mの壁をウサイン・ボ◯ト並の速さで駆け上がってきた。

 丸太の行方を見送って完全に無防備の俺に、亡者は槍を突き立てようと構えた。


『う!?く、クソ!!』

『うおりゃあ!!こっちは気にすんな!おめえは下に集中しろ!』

『おす!ありがとうございます!』


 こうやって、取りこぼした亡者は後ろに控える部隊が倒してくれるのだ。

 仲間を信じて背を預ける事ができる。

 何て、頼りになる男たちだ。

 これが、何百年、何千年と繰り返して培われた、偉大なる海の戦士たちの戦か。


 へへ!

 俺みたいなヘタレでも、勇敢に戦えるってもんだぜ!


「うおおお!どんどん来いや、このまっくろくろすけども!!」


 この旅の間ひたすら船を漕ぎ続けていた俺は、筋力も上がっているようだ。

 丸太や岩を軽々とぶん投げ続けた。


ー最前線、神の視点ー


『うがらあああ!!……!前に出すぎるな!!』


 暗黒闘気をすでに解放している最前線総隊長『豪胆』ビョルンは、亡者の突撃を槍の一振りで薙ぎ払った。


 オーズも暗黒闘気をすでに解放し、理性を失った戦い方で亡者たちを薙ぎ払っていた。

 だが、戦士団幹部にして兄貴分のビョルンの言うことを本能的に聞いて、前に出すぎていた立ち位置を戻した。


『へ!良いぞ、。……おい、お前たちも陣形を崩すな!』


 他の隊員たちもビョルンの指示通り、それぞれの陣形を保った。

 最前線の兵が歴戦の戦士とはいえ、暗黒闘気の力に飲まれてしまう。

 暗黒闘気を完璧に操れるのは、ビョルン達幹部クラスや前線に立つ部隊長、指揮官になるほどの経験値はないが、天賦の才を持つ兵だけだ。

 最前線部隊は、怒涛の突撃で迫り来る亡者の軍勢を次々と薙ぎ散らしていった。


 このまま膠着状態が続くかと思われた。

 しかし、長くは続かなかった。


『ビョールーン!!』

『エイ、リーク!!』


 この戦闘狂がただ黙って見ているわけがなかった。

 最前線で一番の闘気を持つ目当ての相手をじっと探していたのだ。

 エイリークは、自分とこの相手の前に立つ亡者たちを吹き飛ばしながら、特攻してきた。

 そして、『狂戦士』エイリークと『豪胆』ビョルンが激突した。


 この激突の衝撃によって、地は割れ、天に輝くオーロラまでもかき消された。

 二人の闘気はすでに全開まで解放されていたのだ。

 ビョルンもまた分かっていたのだ。

 この狂戦士がいの一番に自分に向かってくることを。

 そう、この二人は幼き日からのライバル同士だからだ。


『ガーッハッハッハ!いいねえ、ビョルン!おめえの闘気は相変わらず暑苦しいぜ!』

『フン!てめえこそ、死んでも変わらねえ悪童だな、エイリーク!』


 二人は剣と槍を突き合わせて睨み合っているが、口元はニィっと持ち上がっている。

 その二人に対し、亡者と理性の失った戦士たちの刃先が向いた。


『『近づくな!!』』


 二人が怒鳴ったのも同時だった。

 理性の失った戦士や理性や感情のない亡者ですら、この叫びに従った。


 二人の間には、互いにぶつかり合った闘気が結界のようになり、何者も近寄れない一騎打ちの場が作られた。

 本気の大戦士たちの闘気が激突する度に、雷が落ち、竜巻が巻き起こった。

 何合、何十合と打ち合い、ビョルンが槍を突き、エイリークが剣を振った。

 そして、互いの全力の闘気を込めた一撃が最後にぶつかり合った。


『ぐがはああ!!?』


 ついに、決着がついた。

 エイリークの剣がビョルンの槍を砕いた。

 そして、そのまま肩口から袈裟斬りに斬り裂いた。


『最期のケンカは、オレの勝ちだな、親友?』


 エイリークがニヤッと笑いながら立ち、ビョルンは力無く崩れ落ちた。

 

 初戦を制した亡者の軍勢は、一気に勢いづいた。


・・・・・・・・・


「ねえ、本当にここでいいの?」


 女エルフの魔術師ロクサーヌは眉をしかめて訝しげな表情だ。


「当たり前だろうが。このオレがガセネタ掴むと思ってんのか?」


 ハーフリングのシーフ、ドミニクは心外だというようにロクサーヌを睨みつけた。

 その隣のフィリップは、よくわからないというように首をひねっている。


「オレも普通の村にしか見えねえんッスけど……」

「ったくよ。目に映るもんでしか分からねえ内は、まだまだ半人前どころかケツに殻のついたひよっこだ。オメエも斥候を目指すんなら、色々と経験して見る目を養え。」


 ドミニクは、呆れた顔をしてフィリップを説教している。

 でも正直に言って、中級冒険者の私でもわからない。

 

 私達は今、王都郊外の長閑な農村にやって来ている。

 やって来ているとはいっても、村から少し離れた茂みの中で、隠密魔法に身を包んで様子をうかがっている。

 私とフィリップは、高度な隠密魔法は使えないので、ギルドマスターにかけてもらった。


 ここは、グミン生息地近くの村とは違う村だ。

 でも、同じように穏やかで善良そうな村人たちにしか見えない。

 大人たちは農作業に精を出し、老人たちはのんびりと日向ぼっこをしている。


 どこが変なのかな?

 どれだけ考えても、私にはわからない。

 上級冒険者のロクサーヌも首をひねっている。


「ふん!やはり、お主の情報はいつも通り正確じゃな。」


 ギルドマスターだけは反応が違った。

 私達は、え!?っと、驚きに口を開き、振り向いた。


「何じゃ?ロクも気付いとらんのか?……やれやれ、いつもサボっておるから、魔力以外は並以下じゃな。」

「何よ!あたしは、創作活動するために外の世界に出てきたんだから。冒険者の仕事になんか興味ないわよ。」


 ロクサーヌは不貞腐れて、プイッとそっぽを向いた。

 そのロクサーヌの子供っぽい態度に、ギルドマスターはやれやれとため息をついた。


「ふぃ。そんな態度じゃから、芸術ギルドと大喧嘩して追い出されたんじゃろうが。偏屈共の魔術ギルドですらお主の扱いに困って、ワシのところによこしてきたというのに。」


 ギルドマスターはブツブツとロクサーヌに説教をしているが、ロクサーヌはぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向いたままだ。

 私は、なんでこの村がおかしいのか気になったので、聞いてみた。


「あの?マスターはどうしておかしいと思ったのですか?」

「おお!ロザリーちゃんだけは真面目で良い子じゃのう。」


 と、ギルドマスターは顔をくしゃっとシワだらけにして、私の頭を撫でた。

 小さい子供扱いされて恥ずかしいけど、ギルドマスターはすぐに真面目な顔になって説明してくれた。


「まずは、あの畑を見てみるのじゃ。」

「畑ですか?冬でも育つ作物はありますし、おかしいところは……あ!」

「気付いたようじゃの?流石はロザリーちゃんじゃな、よう勉強しとるわい。どれも毒の原料に使われる植物じゃ。毒の知識でも無ければ、何を育てておるのかもわからんだろうがの。」


 私はゴクリとつばを飲み込んだ。

 フィリップも説教から解放されて、ウンウンと熱心に話を聞いて頷いている。


「で、でも、こんなに堂々とやっててバレないんすか?」

「それもこの村の一つの特徴じゃな。立地条件として、主要街道から大きくそれた一本の小道でつながっておるだけじゃ。ここならば、用事がない限りは誰も訪れんし、王都の直ぐ側のこの村に宿を求めて旅人が来ることもなかろう。もし迷い込んだとしても、星の数ほどおる行方不明者の旅人が砂粒ほど増えるだけじゃ。」


 この話を聞いて、私はまたゾッと顔が青ざめた。

 だから、この小道に入る前から隠密魔法に身を包んでいたんだ。

 もし、不用心に近づいていっていたら?


「そして、大事なことに気付かんか?」

「え?まだ、あるのですか?」

「……あるんじゃなくて、ねえんだよ。」

「無いって、何がっすか?オレには……あ!」


 私とフィリップは同時に気が付いたみたいだ。

 あるものを探すのでなくて、無いものを探す。


「……子供が、いない。」

「そういうことじゃよ、ロザリーちゃん。若い男女がいくらでも居るのに、子供が居らんのは明らかに不自然じゃろう?子供がどこかに集まっとる可能性もあるかもしれん。じゃが、毒草を堂々と育てておる村じゃ。碌な教育はしとらんじゃろうな。……ふむ。これほどの規模とはワシも予想外じゃ。ただの闇ギルドではないかもしれんのう。でも絡んでおるか?もう少し様子を……む?マリーはどこじゃ?」


 ギルドマスターは、ブツブツと懸念を呟いていたが、マリーがいないことに気が付いた。

 そういえば、ずっといないみたいに静かだった。

 始めは、私の隣りにいたのに。


 ……あ、いた!


 いつの間にか、無造作に村の入口に向かって歩いていた。

 ど、どうしたんだろう?


「ああ!あの子、もしかして……」

「え?ど、どうかしたんですか?」


 驚愕の表情のロクサーヌの方を向いたが、次の瞬間とんでもないものを見た。 


 無造作に近づいてくるマリーに、村人が何かを怒鳴りながら鎌で襲いかかった。

 や、やられちゃう!?

 でも、そうはならなかった。

 マリーはロッドを構え、光の矢で村人を吹き飛ばした。


「え、ええ!?ま、マリー先輩、なな何を?」


 私は、驚愕してガクガクと震えてしまった。

 あ、あの笑顔の優しいマリーに一体何が?

 ギルドマスターを始め、ベテランたちはああっと頭を抱えた。


「ったく!やっぱ、爺さんの孫だな。」

「本当に。相変わらず、頭に血が昇ったら何しでかすかわかんないわね。」

「う、うーむ。最近は落ち着いておったのじゃが……」

「い、いやいや、皆さん!のんきなこと言ってらんないっすよ!」


 と、フィリップが大慌てで指を指した先には、ぞろぞろと村から武器を持った闇ギルド員たちが飛び出してきた。


「ええい、仕方がないのう!マリーに続け!突撃じゃ!!」


 ギルドマスターの合図で私達は飛び出した。


 ええ!?

 あれだけ慎重に事を運んでいたのに!

 マリー先輩のバカ!

 も、もうどうにでもなっちゃえ!

 私は、やけになって大乱戦に突っ込んでいった。

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