第6節 頂上
僕は激情に駆られ、聖騎士の頂点に挑んだ。
始めはそんな気は全く無かった。
自分を抑えることを全くしなかった僕は、いつの間にか決闘を申し込んでいた。
しかし、僕はそのことを後悔はしていない。
「すまない、ジーク。私が不甲斐ないばかりに、お前をこのようなことに巻き込んでしまって」
オリヴィエは拳を握りしめて、俯いている。
自分のせいで、僕に迷惑をかけてしまって自分を責めているようだ。
「いえ、このぐらいは大した問題ではありません。僕は今まで良くしてくれたことを感謝しています。僕にとっては、オリヴィエさんが唯一の友だと思っていますので」
僕は出来るだけ笑顔になるようにした。
オリヴィエは僕の顔を見ると、歯を食いしばり、また俯いた。
「……ありがとう、ジーク。だが、相手は20年人族の頂点に君臨している。せめて、無事でいてくれ」
「ありがとうございます、僕は勝ちますよ!」
僕がそう言うと、オリヴィエは顔を伏せたまま奥へと歩いていった。
決闘の場所は、聖教会総本山内の修練場だ。
この修練場は広く、常駐している聖騎士100人が全員で入っても使うことが出来るほど広い。
今は、他の聖騎士たちは出ていき、軍法会議にいたメンバー以外は立ち入れないようになっている。
僕はいつもどおりの聖剣バルムンク、聖騎士の鎧を装備している。
相手の聖騎士七聖剣序列第一位『絶対者』アキレース・ステュクスは、オリハルコン製の槍だ。
この槍は、三叉の槍で平均的な人の身長程の長さで、それほど射程は長くなさそうだ。
だが、聖騎士の頂点が愛用している武器なので、バルムンクと同じ最上位の聖剣クラスと見て間違いはない。
反対の手には円形の盾を装備している。
この盾には様々な装飾が施されていて、まるでひとつの啓示のように見える。
これも非緋色のオリハルコン製だ。
そして、七聖剣のみが着ることの出来るオリハルコン製の鳳凰の鎧を装備している。
僕も同じように七聖剣の鎧を着ることを提案されたのだが、僕は断った。
当然、アキレースはプライドを傷つけられたことで激怒した。
しかし、僕は譲らなかった。
今の自分の持つ力だけで挑むからこそ、頂上への道なのだ。
始めはオリヴィエの処罰の軽減の為だったのに、今では僕自身の戦いになってしまっていた。
オリヴィエは申し訳なく思っているようだが、僕はこの展開に心から喜びに震えていた。
「それでは、決闘を始める。二人共前に出るんだ」
立会人は団長が務めている。
決闘の舞台になる修練場内の四隅には、残りの七聖剣たちが結界を張って、外に被害が出ないようにしている。
元からこの修練場には結界が張られているが、聖騎士の頂点が戦うので厳重に外への被害を防ぐためだ。
団長は決闘のルールを説明しているが、特に変わったことはない。
ただひとつ、相手を死に至らしめることは厳禁だった。
おそらくは、僕を気遣ってのことだとは思う。
多分、僕が勝つことは誰も予想はしていないのかもしれない。
それでも、僕は気力が漲っていた。
「では、
団長の合図とともに、僕とアキレースは聖闘気を解き放った。
「なるほど、聖闘気の強さは大したものだ。だが、それだけで勝てると思うな」
アキレースはそう言ってはいるが、この男の闘気の圧力もかなりなものだ。
暗黒竜、エイリークという強者達と立ち会ったが、アキレースのほうが上だ。
アキレースは不敵に仁王立ちしている。
でも、闘気の勢いだけは、僕だって負けていない。
先手必勝!
僕は、先に斬りかかろうと動こうとした。
「甘い!
アキレースが槍を僕に向けて突くと、巨大な水の渦が飛びかかってきた。
「う!?」
出鼻をくじかれた僕は、これをとっさに横に避けて躱した。
この水の渦は、七聖剣たちの結界を突き破り、建物に張ってあった結界にまでヒビが入った。
「相変わらず、とんでもない威力してるわね」
アリスが冷や汗を流しながら呟いた。
「せやな。タメ無しでこれやで? タメたらどないなんねん」
アイゼンハイムも冷や汗をかき、結界を張り直した。
外側の結界は教皇が修復している。
結界でつながっているからなのか、外野の会話が聞こえてくる。
確かに、二人の言う通り、恐ろしい破壊力だ。
七聖剣の結界ですら、軽々と突き破ってしまった。
「どうした、もう臆したか?」
アキレースは、結界の破れた様を見ていた僕に、冷ややかに言葉を発した。
僕はすぐにアキレースに向き直った。
「いえ、これぐらいではないと張り合いがありません」
僕は、エイリークと戦った時のような笑みが浮かんでいるはずだ。
聖騎士頂点の実力を前にして、腹の底から熱いものがこみ上げているのを感じる。
「ふん、抜かせ!
アキレースが地面に槍を突き刺すと、激しく揺れ大きな地割れが起きた。
修練場の床はガタガタに崩れた。
この攻撃は、ギリギリ結界の範囲内で収まり、僕は空中に逃れた。
アキレースはこれを見逃さず、追撃の水の渦をまた放ってきた。
僕はバルムンクに闘気を集中させ、この渦の軌道を逸らそうとした。
「ぐう!?」
しかし、勢いを殺しきれず結界まで弾かれた。
だが、僕は空中で体勢を立て直し、結界を足場にしてアキレースに斬りかかった。
「うおおおお!」
「ふん、ぬるいわ!」
まっすぐ突っ込んできた僕をアキレースは盾でいなし、僕は空中で体勢を立て直し崩れた地面に降り立った。
アキレースは、着地した瞬間の僕を何度も槍で突いてきた。
「ぬううん!」
「ぐっ!? く、クソ!?」
僕もまたこれをギリギリでさばくと、大きく距離を取って息をついた。
完璧にさばいたと思ったが、鎧に所々傷がついていた。
なるほど、中長距離ではスキル、近距離では槍の突きが飛んでくる。
そして、盾による鉄壁の防御。
どれも威力も精度も高く、隙がない。
さすがに、人族最強の肩書は伊達ではない。
「ハァハァ。 ……ふ、ふふ、ハハハ!」
僕はまた腹の底から歓喜が湧いてきた。
面白い!
自分の攻撃がことごとくさばかれる。
でも、次の手を考えるのが楽しい。
最強の相手にもっともっと自分の力をぶつけて試したい。
自分の底がどこにあるのか知りたい。
「うおおおお!」
僕は崩れた地面を不規則に跳んで、アキレースに斬りかかった。
これに対して、アキレースは崩れた地面を弾幕にして放ってきた。
しかし、僕は聖闘気の鎧を硬くし、構わずに突っ込んだ。
アキレースも、これぐらいは当然の如くさばき、僕たちは何合も打ち合った。
先程の弾幕で、頭や手足から血が出てきて、血しぶきが舞った。
だが、僕は止まらなかった。
痛い。
しかし、戦いによって初めて受けたキズが気持ちよく感じるほどだ。
これが生きているということなのか?
そして、僕が今までの生涯休まず振り続けた剣は裏切らなかった。
エイリークとの本気の一戦の経験によって、自分の力の使い方がわかる。
カーミラのおかげなのだろうか、心は高ぶっているが、頭がスッキリして冷静に戦況が見える。
相手の何手も先を読む事が出来、剣を正確に振り、ついに隙が見えた。
僕の剣がアキレースを捉えた。
しかし、目の前の斬られたアキレースは霧散して消えた。
まずい!
この瞬間、僕は本能で危険を察知した。
「ぐうあああ!?」
とっさに身をかわしたが、槍で脇腹を少し削られた。
倒したと思ったアキレースが無傷で立ち、僕が膝をついていた。
血とともに力が抜けていく。
これが、ダメージというものか。
「ぐ! ハァハァ。 ……なるほど、幻影、ですか?」
「ああ、そうだ。光魔法の応用だ」
僕がつぶやくと、アキレースは無表情だが答えてくれた。
これで納得がいった。
僕の見えたと思った勝機は、このスキルを使うのためのワナだったんだ。
僕はまんまと引っかかったわけだ。
これが経験の差というやつか。
「今のは、まるで本物のようでしたよ。完全に騙されました」
「ふ、わかったところで、その傷では動けまい?」
アキレースは静かに僕を見下ろしている。
これで、僕が折れたと思ったのだろう。
「うーん、これで決まりかいの?」
「いや、まだみたいよ」
アリスとアイゼンハイムの会話が耳に入ってきた。
僕は気にせず、再びアキレースから距離を取った。
そして、押さえていた脇腹から手を離し、立ち上がって剣を構え直した。
僕は嬉しくてたまらなかった。
これが、第一位!
全てが、僕の予想を超えてくる。
それに、僕自身、戦いの中でこんなにも学ぶことが出来るなんて、面白くてたまらなかった。
笑いが止まらなかった。
「おろ? へえ、ジイさんに話しかけたんは、回復魔法の時間稼ぎかいな。なかなかやるやないけ。しっかし、こんな劣勢でもよう楽しそうに笑えるのぅ? 天才ってやつは、頭のネジがぶっ飛んどるんかいな?」
アイゼンハイムはどうやら感心しているようだ。
でも、驚くのはまだこれからだ!
「おお!
僕はアキレースの技を真似て放った。
「何だと!? くっ、
アキレースはとっさに同じを技を放ち、相殺した。
どうやら、単純な攻撃力は互角のようだ。
「嘘やろ!? 何でこないなこと出来るんや!?」
アイゼンハイムは驚愕の声を上げている。
それを聞いて、僕はつい得意になってしまった。
「知りませんでしたか? 僕は、主属性の光以外にも四大属性全てを使えますよ。それに、これぐらいのスキルなら、一度受ければ真似できます」
これにはアキレースでさえ、驚愕の表情を隠しきれていなかった。
僕はまた同じ技を放ち、アキレースが避けたところに斬りかかった。
アキレースは、自分の技をあっさりと真似されたことに動揺したのか、防戦一方になった。
また同じように幻影で避け、そこを僕は見逃さなかった。
今度こそ本体にダメージを与えた。
「よし!」
「ぐぅ! ……ふ、フッフッフ」
だが、アキレースは不敵に笑った。
そして、回復魔法を使うこと無く、すぐに傷が治った。
「な!? こ、これは!?」
「知らなかったか? オレの特殊スキルの超回復だ。これは真似できまい?」
アキレースは、さっきの得意げな僕を真似て、愉快そうに笑った。
これが、アキレースの切り札か。
こんな能力を隠し持っていたら、無敵だ。
「あらら、今度こそ終わりやろうな。流石にこれ見てビビらんやつはおらんやろ。別名『不死身のアキレース』やもんな」
「あーあ、いい線いってたんだけどな」
「せやな。あのジイさんに一撃当てるのも難しいのに、やっと当てたと思ったらすぐに治りよる。ホンマ心折られるで、あれは」
「あら、あんたの経験談かしら?」
「ふん、抜かせ!」
今度はアキレースが攻勢になり、僕は防戦一方になった。
そして、アキレースの一撃が僕を捉えた。
が、幻影を突いただけだった。
「おお!? これも真似たんかい! やりおるのう!」
「でも、これぐらいはアキレースも読んでるはず、え!?」
僕の幻影は爆発し、アキレースは爆風に吹き飛ばされた。
「ぐわああああ!?」
「な、何やと!? どないなっとんねん!?」
膝をついたアキレースを、僕は見下ろした。
さすがにこれは予想外だったようだ。
僕はニヤけながら解説をした。
「面白いでしょう? ただの幻影ではなく、攻撃したら爆発する仕掛けにしてみました。ただ真似るんじゃなくて、改良するのもありですよね? 実戦で魔法自体を使うのは初めてでしたが、やってみると意外と簡単ですね」
アキレースは、すでに体のダメージは回復しているが、驚愕の目で僕を見ていた。
僕の細かい傷も完全回復していたからだ。
「ああ、あなたの超回復ですか? これは流石に、簡単には出来ませんでしたが、聖闘気の中に回復魔法を混ぜ込んでみました。そうしたら、あなたの超回復ほどではありませんが、自然回復ぐらいは出来ますね」
「なん……だと……?」
「それに、あえて自分を追い詰めさせて、カウンターで相手の心を折る。勝負の駆け引きというやつですか? 面白いものです。とても勉強になります」
「な、お前は、一体?」
アキレースの目には、恐怖の色が在々と浮かんでいた。
でも、僕は楽しくて仕方がなかった。
僕の戦闘技術は、6歳までにシグムンド先生に教えてもらったことだけなのだ。
人族最強の男の戦闘技術を、この身に直接受けて学べるなんて光栄なことなのだ。
僕は笑い顔が止まらなかった。
もっと引き出しを見せてほしい。
もっと僕は楽しみたいんだ。
エイリークとの戦いで初めて知った、戦いの喜びをもっと味わいたいんだ。
「僕ですか? 僕は世間では神の子と呼ばれていますけど、ただの人族ですよ?」
「う、嘘だ。嘘だ! お、おのれぇ!」
ここからのアキレースは別人のように稚拙な攻撃だった。
僕は一気にがっかりした。
挑発すれば、もっと想像もつかない攻撃をしてくると思ったのに。
この程度で、聖騎士の頂点の引き出しが、もう無くなってしまったなんて。
僕はことごとく返して、アキレースの鎧を砕き、盾を弾き飛ばし、次々と斬り伏せた。
このような状態でも、アキレースは自然に傷が回復した。
僕はその度に何度も斬りつけた。
やがて、アキレースは反撃することすらなくなってしまった。
「う、うう、く、来るな。来るなー!」
アキレースは、座り込んで剣を振り回すだけだった。
もう完全に心が折られていた。
僕はもう終わらせようと思った。
そして、僕はトドメの剣を振り下ろした。
「待て! 勝負ありだ!」
団長の声とともに、僕は剣をアキレースの首筋に寸止した。
アキレースは恐怖に怯え、失禁してしまっている。
でも、他の七聖剣たちも似たようなものだ。
戦慄して何も言えなくなっていた。
「あなたの戦闘能力、技は素晴らしかったです。加えてその超回復能力、間違いなく最強と言ってもいいでしょう。しかし、こんなに簡単に心が折られるなんて、今まで楽な戦いしかしてないようですね。戦士としての気構えは、エイリーク以下だと思います」
僕が剣を引くと、アキレースはがっくりと項垂れた。
アキレースは、決闘前に比べて一気に老け込んだように見える。
これで完全に決着がついた。
誰も疑う者もいないほどの完勝だった。
僕は念願の聖騎士七聖剣序列第一位になった。
そして、僕は聖騎士の頂上に辿り着いた。
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