第十八節 真実①

 あの裁判の後、大粛清の嵐が吹き荒れた。


 第二王子暗殺の日のパーティーには、国内だけではなく、周辺諸国からも大物たちが参加していた。

 しかも、その日が王家にとって大事な日の、聖魔大戦の終戦記念日でもある。

 王家は先祖の名誉を汚され、その怒りを諸外国に見せつけるという意味もあったのだろう。

 見せしめは壮絶なものとなった。


 まずは、第二王子暗殺と第九王女誘拐の首謀者とされたジョルジュ・デュ・バリーは、王の宣告通り、車裂きの刑に処された。

 民衆の目に晒させるため、王都内の広場でこの残酷な刑は執行された。

 この悪趣味なものを見るため、広場には入りきれないほどの人々が集まった。

 バリーは刑が執行される前にすでに発狂していたため、苦痛を感じることなく逝けたとは思う。


 事件の首謀者とされたロワール、バリー両名の一族は、年老いた老人から生まれたばかりの赤子に至るまで、ことごとく絞首刑にされた。

 そして、その処刑された死体は、それぞれの領地の城の門やバルコニーなどに吊るされた。

 しかも、死体が腐って落ちるまで晒され続けたので、見る者は気分が悪くなり、中には気を失う者もいるほどの残酷な光景だった。


 すでに斬首されていたロワールの首は、バリーの首と第二王子暗殺の実行犯とされた、ジャン・モンテスキューの首ともに、王都の王宮の門の上に串刺しにされて晒されている。


 彼らもただ黙って、処刑されたわけではなかった。

 ロワールとバリーの判決に不服として、それぞれの領地から挙兵の動きはあった。

 もし、この軍が動き出せば、内乱状態になっていてもおかしくはなかった。

 しかし、申し合わせたかのようにすぐに鎮圧された。


 これは、ロワールの最期の呪詛の言葉によって、聖教会まで乗り出したからだ。

 如何に士気の高い軍でも、聖教会の強力な聖騎士たちの前には、ひとたまりもなかった。

 そして、フランボワーズ王国の国教であるルクス聖教において、最大の罪である悪魔崇拝と取られ、異端審問にかけられた。

 これが粛清の正当性を認め、反論する者もまた処刑された。


 ロワールの落とし子であったクロードは、裁判での宣言通り処刑されることはなかった。

 しかし、ロワールの妾である母親とともに家にいる時に、不審火によって焼死した。


 ロワールの息のかかっていた貴族たちもまた、粛清の対象になった。

 特に、ロワールとバリーとつながりの強かった者は厳しく裁判にかけられ、些細な罪でも陰謀へとこじつけられて処刑された。


 他の者達も、ロワールと関係があるだけで王都から左遷されたり、地位の剥奪をされていった。

 ロワールの一派が一掃されるまで、この粛清は続いた。


 この粛清に反発する勢力によって、新たな事件が起こるかと思った。

 しかし、そのようなことはなく、粛清を主導した宰相は聖教会と組み、禍根を残す可能性のある者たちを、恐ろしいまでに消していった。


 ロワールが座っていた大法官の席には、元第二王子派だったパトリック・フォア侯爵が座った。

 そうして、首のすげ替えが完了すると、粛清の幕は閉じた。


 結果として、この粛清により約千名が処刑された。


 この粛清が行われ、俺は自分のやったことが本当に正しかったのかどうか、疑問に思った。

 俺はただ依頼通りにヴィクトリア王女の護衛の仕事を果たし、ギュスターヴ達の捜査を裏方として支えた。

 依頼人のメアリー王妃も、リシャール王子が無事で喜んでいたし、冒険者としての仕事は大成功と言ってもいい。


 しかし、世界の管理者としての仕事は、これでよかったのだろうか?


「アルセーヌ様。暗いお顔をされていますが、わたくし達と一緒では面白くないのですか?」


 俺はヴィクトリア王女に話しかけられて、ハッとした。

 ヴィクトリア王女が不安そうな顔をして、俺の顔を覗き込んでいた。

 俺は今、離宮に招待されて、食事会をしていた。


 今日は、ルクス聖教の象徴である、伝説の勇者の聖誕祭の前夜祭だ。

 元の世界のクリスマスイヴみたいなものだ。


 あの裁判からすでに一ヶ月以上も経っていた。

 秋も終わりに近づき、冬がやって来ようとしている。


「いえ、そんなわけではありませんよ。このような席にご招待いただいて、嬉しい限りです。ただちょっと疲れていただけです」


 俺はハハハと笑ってごまかした。


「そうなのですニャ。今日もギュスターヴたまがご主人たまをしごくからお疲れなのですニャ!」


 今日のレアは、お出かけ用のピンクのドレスに大きな赤いリボンを頭につけている。


 そう、俺達は離宮での仕事は終了して、招待客として来ているのだ。

 レアは久しぶりにヴィクトリア王女に会えて、嬉しそうだ。


「まあ、ギュスターヴ。このような日でも訓練をしていたのですか?」


 メアリー王妃はレアの言葉を聞いて、楽しそうに笑っていた。

 ギュスターヴはうまく答えられずに、しどろもどろになった。

 あの事件の後、二人の関係は親密になった。

 というより、昔に戻ったと言ったほうがいいだろう。


 俺達の功績が王家に認められ、階級や領土を与えるという話になったようだが、俺は丁重に断った。

 俺の肉体の元になっているシュヴァリエ家と王家の関係性がよくわからないし、新たな陰謀の火種になるかもしれなかったので、迂闊なことは出来ないのだ。


 それに、粛清のことがあり、俺はできるだけ権力の中枢から距離を置きたかった。

 個人的に、メアリー王妃から一般的な冒険者としての報酬を受け取っただけだ。


 他にも、離宮御用達の業者は、俺達と関係の良好なロチルドになった。

 息子のフィリップが捜査に貢献したことも考慮されたようだ。

 そのため、離宮への輸送護衛の仕事には、ギュスターヴが専属でやることになった。

 週に一度程度ではあるが、二人はよく顔を合わせているようだ。

 二人の関係を詮索するつもりはないが、良好な関係と言えるだろう。


 他にもロザリー、フィリップ、メアリー王妃の息子である第七王子リシャールも席についている。


 リシャールは、今でも王宮に住んでいるらしい。

 第二王子暗殺の濡れ衣を晴らし、裁判での堂々とした態度を評価され、今では王宮内に支持者がかなりいるそうだ。

 王宮の権力争いのことなんて俺にはよくわからないが、第二王子のいた地位をそのまま手に入れた形だ。


 今日のリシャールは、裁判の時のように饒舌に喋ったりはしないが、感じよく会話をしていた。

 こうしてメアリー王妃とヴィクトリア王女と並んでみると、似ても似つかないが、見かけとは違って非社交的ではなさそうだ。


 ジャック達使用人たちは、今日みたいな日も仕事をそつなくこなしているようだった。

 新しいヴィクトリア王女の家庭教師や使用人たちもやってきて、俺達の知らない顔が何人もいた。


 食事が終わると、俺達は席を立ってそれぞれ話をしていた。

 メアリー王妃とギュスターヴは、テラスでロマンチックにグラスを片手に話をしているようだし、レアとヴィクトリア王女は王女の部屋で遊んでいるようだ。

 ロザリーとフィリップは、食事をしたテーブルの横でジャックと何か真面目に話をしている。

 そして、俺は暖炉の前の椅子に座り、ワインを飲みながらリシャールと話をした。


「アルセーヌさん、決闘裁判の時はお世話になりました」


 リシャールはニッコリと笑って、俺に礼を言った。

 リシャールの声は、何ともよくわからないが妙に惹きつけられる。

 そんな不思議な声色をしている。


「いえ、俺は当然の仕事をしたまでです。それにしてもわからないことがあって、どうしてあの時、俺を選んだのですか?」


 そうなのだ。

 あれは何度考えても、意味がわからなかった。

 リシャールは笑いながら、俺の疑問に答えてくれた。


「ああ、そのことですか。ハハハ、実は貴方のことを予めジャックに聞いていたのですよ。あのシュヴァリエ家の方が妹の護衛をしてくれていたとね」

「なるほど。そういうことでしたか。だけど俺は、シュヴァリエの名前を持っていても、今は全く繋がりはないんですけどね」


 そう言って笑ってはいるが、内心は別だった。

 名前は同じでも、中身は別人なのだ。

 今回はうまくいったけど、これからもそうとは限らない。

 シュヴァリエ家と名乗ることで、いくらでも余計な厄介事に巻き込まれる可能性もあるのだ。


「それにしても、あそこでクロードが出てきたのには驚きました」

「ええ、僕もです。まさかあの三人が謀反を起こすなんて、想像も出来ませんでした」

「え? 三人?」

「はい、クロード、シャルロット、アンヌの三人でしょう、謀反人は?」


 リシャールは、俺の疑問が意外そうな顔をしていた。

 俺は信じられない、信じたくはなかった。

 だが、これは真実なんだ。


「……はい、そうです。でも、どうしてその事知っているのです?」

「え? どうしてって、その話もジャックから聞きましたよ」

「いいえ、それはありえません。ジャックさんはギュスターヴさんと事前に決めていました。あの仕込は、事前に絶対にバレてはいけないので、役を演じるメアリー王妃様、証拠を管理する宰相様以外には、誰にも言ってはいけないと。彼らを捕まえた俺だって、証人として登場することは知りませんでした。ましてや、誰が聞いているかわからない、牢獄の中にいるリシャール王子様に、どうして話す危険を犯すのですか?」

「それは、話をきいたのは裁判が終わってからに決まっているではありませんか。どうして僕が嘘を付く必要があるのです?」


 リシャールは、俺の疑問を首をひねって笑いながら返してきた。

 平気な顔でシラを切ってきた。

 俺はもう感情を出すこともなく、機械的に論破していくことにした。


「それは、ジャックさんが屋敷に戻ってくる直前、アンヌが脱走したからですよ。しかも、シャルロットを殺してからね」

「ええ、本当にひどい話です。口封じなのかどうかはわかりかねますが、怖い話です。まだ捕まっていないのですよね?」


 リシャールはため息をついて、やれやれというように首を振った。

 俺は、これにもまた反論できた。


「はい。ですが、この話についても、その時に離宮にいた人間にしかわからないことなのです。ジャックさんが帰ってくるまで、俺達は恥ずかしながら、恐慌状態になりました。俺達は所詮、こういったことは素人の烏合の衆なのです。ジャックさんはこの件についても口外してはならないと。あの人はわかっていたようですね、アンヌは真の黒幕のもとに戻ると。それがまさか……」


 俺はそこで言葉を区切った。

 リシャールは、元々歪んでいる顔を軽く歪めただけで、小さく笑った。


「それが、僕か。ハハハ、全く警戒してなかった君が気づくとは。本当にみんなが言うように不思議な人だね。もっと頭が悪いと思っていたよ」


 口調の変わったリシャールは、呆然としている俺を見て、さらに笑った。


「うん、正解。僕が全てを仕組んだ黒幕だよ」

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