第十二節 魂の色

 レアのことがあり、やらないといけないことが山程できた。


 まずは、奴隷の登録。


 この登録証明のない獣人は、法律違反になり処分の対象になるらしい。

 罰則は厳しく、獣人は殺処分、所有者は金貨100枚以下の罰金、3年以下の懲役である。

 登録費は金貨1枚=1万円ほどで、俺からしたら安くはないが、これをケチってあのイカれた聖騎士ジル・ド・クランが家にやってくると思えば、払う方が利口だ。


 本来は、購入した奴隷商人とその場で手続をするのだが、レアの件はややこしい事情があるので、話のわかる商人のロチルドに相談した。

 これはそこまで難しくなく、王都の聖教会に登録証明の申請書を出し、タトゥーのような奴隷紋を入れるらしい。


 なぜ、奴隷登録の証明を聖教会が担当しているのか?

 という話になるのだが、これは聖教会(ルクス聖教という宗教が正式名称)の成り立ちが関係している。


 このルクスというのは、400年前に大魔王を倒した勇者の名前で、初代教皇は勇者パーティーの大賢者で開祖でもある。

 獣人や魔族は滅ぼすべきものである、という内容が神のお告げとして聖典に書いてある。

 俺も読んで確認しているから間違いない。


 初代教皇はかなり過激に獣人、魔族を弾圧したらしいが、当然抵抗も激しかったようで、再び大戦が起こってもおかしくなかったそうだ。

 それを、2代目教皇の時代に、獣人や魔族も奴隷としてなら生かしてもいいだろう、という妥協案に落ち着いたようだ。

 その名残で、奴隷の登録は聖教会ということだそうだ。


 だが、俺はこの神のお告げというのはかなり怪しい話だと思っている。

 実際、俺はこの世界の女神に会って、この世界に派遣されたのだ。

 頭は悪いが性格の良さそうな、あの女神がそんな事を言うはずがないことは確信している。

 神からしたら、好みがあっても、どの生物も自分の子供みたいなものだろうしな。


 ただの勘だが、おそらく初代教皇は個人的な恨みで神の名前を悪用しただけだと思う。

 伝説の勇者パーティーだった大賢者がなぜ?

 と思うが、今となっては知る由もない。

 それでも、このルクス聖教というのがこの世界に広まっているということは、400年前の大戦は余程凄惨な戦いだったのだろう。


 俺達は、ロチルドの紹介状を持って商業ギルドに行き、手続きの申請書類を書いた。

 この時に初めて、レアがまだ9歳だと知った。

 この事を後でロザリーに話したら、今まで何を話していたの? と呆れられてしまった。


 もちろん、行く前にレアを綺麗にしたのだが、俺が共同の水場の近くで洗ってあげようとしたら、ロザリーに止められた。

 なので、ロチルドに相談してみたら、ロチルドの屋敷の風呂を使わせてもらえることになり、ロザリーが一緒に入ってレアを洗った。

 この世界では、個人で風呂を持っているのは超金持ちしかいないので、知り合いにいて助かった。


 レアはネコの獣人なだけあって、風呂に入るのはかなり嫌がっていた。

 しかし、出てきたら何とも綺麗な毛並みの白ネコになっていた。

 艶のある白い毛並みと、キラリと光る薄い黄色の瞳が際立ち、何とも言えない美ニャンコにしている。

 この世界の獣人は、ケモノの部分が強いので、ほぼネコだ。


 申請書類を書き終わった後、レアの背中に奴隷紋を魔法のインクで入れた。

 これには俺の血をほんの少しだけ混ぜて、主である俺には危害を加えることができなくなる契約の魔法を込めて描くらしい。

 俺には、聞いても原理はよく意味がわからない。


 デザインは、基調となる魔法陣を描き、その中の部分は自由だったので、ダガーを咥えたネコのデザインをレアは注文した。

 今は亡き兄をイメージしたそうだ。

 その上には登録番号が振られ、下には俺の名前のイニシャルも入っている。

 そして、登録費の金貨1枚がロチルドの借金リストに増えた(泣)


 次は、部屋探し。


 冒険者は宿屋住まいが普通だと思っていたのだが、子供連れで大部屋にいつまでもいるわけにはいかないらしい。

 これにはロザリーが何故かついてきた。


「うん! これは部屋も広いし、間取りも良さそうね。でも、ちょっと高いわね」


 と言って、かなり真剣に部屋を選んでいる。

 俺は一緒にいるが、安くて寝れれば良いんじゃね?

 と思ってしまうほど、こだわりはない。


「お前、すごいな。そこまでこだわらなくてもいいんじゃないのか?」

「何言ってるの! 住むのはあなただけじゃないのよ。他にも女の子が二人も住むんだから!」

「二人? ……え? もしかして、ロザリーも一緒に住むの?」

「当たり前じゃない! アルみたいな無神経な男に、小さい女の子を任せられるわけ無いでしょ!」

「わーい! ロザ姉たまも一緒ニャ!」


 レアはぴんとしっぽを立てながら、ロザリーにすり寄っている。


 レアもやっと元気になったのか、それとも無理をしているだけなのかわからないが、笑顔が増えてきた。

 ロザリーによく懐いているし、俺にも懐いていると思う。


 でも、まだ人間が怖いのか、俺達冒険者ギルドの人間以外に会うことになると、すぐに俺の後ろに隠れる。

 俺の後をニャーニャーとどこに行くにもついてくるのだが、トイレにまでついてくるのは困ったものだ。

 ロザリーが一緒なら、人間社会の常識や女の子らしいことを教えることができると思うので、ロザリーも一緒に住むことは大歓迎だ。


「でも、私はレアと同じ部屋にするからね。変なことしちゃダメよ!」


 ロザリーは顔を赤くして、ツンツンしている。

 いくら今の俺が、10代の若い体で性欲が暴走しそうだからといっても、さすがに子供に手を出すほどではない。

 我慢できなくなる前に、自家発電するさ。

 余裕で笑いながら答えた。


「何言ってんだよ? 子供に手を出すわけ無いだろ」

「っ!? 誰が子供よ!」

「え? 誰って、レアだろ?」

「……あ、う、うん。そ、そうだったわね、うん」


 ロザリーは自分が子供と言われたのと勘違いしたのだろうか?

 恥ずかしそうに顔が真っ赤になった。

 レアは不思議そうに首をひねってロザリーを見上げていた。


 結局、俺達だけでは決めきれなかったので、ギルドへと戻り、オーズに相談した。

 この王都では、獣人はペットや家畜の扱いになるらしく、大狼ダイアウルフのユーリを連れているオーズなら、ペット可の部屋を知らないだろうかと思い、聞いてみたのだ。

 オーズは、体も大きく無口で強面な男だが、気は優しく、面倒見がいい。

 俺達の条件に合いそうな物件を紹介してくれた。


 場所は東の居住地区で、低所得者向けの移民街だ。

 スラムというほどの治安が悪いところではないが、国外からの出稼ぎ労働者や大家族、何かに夢見る若者、都会に仕事を求めて田舎から出てきた若い夫婦。

 そんな地区の半地下物件。

 昼間でも薄暗いが、部屋の中は2つの小部屋、共用部分を合わせてそこまで狭くはない。


 そもそも、俺達は冒険者だし、ロザリーは本来は学生だ。

 昼間はほとんど外に出て、帰ってくるのは暗くなる頃だ。

 それに、この世界には便利な魔法がある。

 ロザリーの風魔法の操風アウラで、風通しも悪くはなくなるだろう。

 夜はどうせ暗いし、明かりを点ければ問題はない。


 収入も少なく、しかも借金を背負っている俺には、元々贅沢は言えないのだ。

 俺達3人が住むのに不便はなさそうだ。

 ここに決めた!


 ちなみにこの世界、都合のいいことに元の俺がいた世界と単位が同じなのだ。

 長さや重さどころか、週や月の数え方まで同じだ。

 ここの家賃は、週:銀貨14枚

 つまり単純計算、3人で割れば、ギルドの大部屋と1泊とほぼ同じ値段だ!

 今週は、ロザリーに全額建て替えてもらった。

 情けない(泣)


 レアの服もどうにかする必要があったが、これはロザリーのお古の布の服で大丈夫そうだ。

 この時に、ロザリーが小さくて助かった、とうっかり口を滑らせたら、杖で殴られた。

 他にも、家財道具など色々と買うべきものがあったり、仕事を増やさないといけなかったり、やることはたくさんある。


 何よりも俺は、聖教会へ行って自分の魂の鑑定をしなければならない。

 ギュスターヴに稽古をつけてもらうことにはなったのだが、属性によって稽古の仕方が変わるそうだ。

 聖教会は、獣人は立入禁止なので、冒険者ギルドにレアを預けて、俺とロザリーの二人で聖教会へと向かった。


 聖教会は北側の神聖地区、大聖堂を中心に修道士や下級の教会騎士、聖騎士などが住む地区である。

 他にも教会関係の施設もあり、俺がこの世界で最初に目覚めたモルグもここだ。


「……何やってるのよ?」

「だって、あいつがいたらどうするんだよ」


 俺は物陰に隠れて大聖堂の中を覗き込んでいる。

 明らかに不審者だ。

 だが、あのジル・ド・クランがいたらと、考えるだけで恐ろしい。

 完全に俺はビビっていた。

 そんな俺に、ロザリーは呆れてため息をついた。


「……まったく! 聖騎士長が、そんな簡単に一般受付のあたりに来るわけ無いでしょ! ああ、恥ずかしい!」


 俺はロザリーに襟首を掴まれ、無理やり中に連れて行かれた。

 そんなやり取りを見て、クスクス笑う人たちや指をさして笑う子供たちがいた。


「……本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付のシスターはプロだ。

 アホなことをしている俺にも、営業スマイルを崩さない。


「はい、魂の鑑定をお願いします」


 ロザリーは丁寧に答えた。

 しかし、シスターは少し怪訝な表情を浮かべた。


「えっと? ご一緒のお子様が見えないのですが……?」

「お子様は、この男です!」


 ロザリーは、不機嫌に俺を指さした。

 シスターは、意味がわからず混乱しているように見える。

 ロザリーは、財布から銀貨を5枚出してお布施を払った。

 俺はまたロザリーに立て替えてもらった。

 もはやヒモだな、俺は(泣)


 シスターはお布施を受け取ると、平静を取り戻し、俺達を待合室へと案内した。

 待合室では俺は明らかに浮いていた。

 ここにいるのは、みんな5歳の子供を連れた家族連れのみ。

 15歳の大きい子供なんて俺だけだ。

 七五三に参加している高校生がいると想像すればわかりやすい。


「ねえねえ、おじさんの子供どこ?」


 鼻水の垂らした生意気そうなガキが話しかけてきた。

 俺も待っている間、暇だったから相手をしてやった。


「おじさんじゃないぞ、お兄さんだからな」

「ええ? だって子供いたらみんなおじさんでしょ?」

「子供はいないぞ。だから、お兄さんだ」

「なんでおじさん、子供いないのに来たの?」

「それは、お兄さんが鑑定を受けるからだ」

「なんで? だって……」

「こら、やめなさい!」


 母親が来て、生意気なガキを連れて行った。

 二人は何か話しているようだが、小声でヒソヒソ話している。

 どうやら、俺が痛い人だから話しかけちゃダメだ、というようなことを言っているようだ。

 ロザリーはこの場で俺と一緒にいるのが、いたたまれないようだ。

 俺の順番が来ると、ロザリーはホッとした顔を見せた。


「それでは、お待たせいたしました。本日は魂の鑑定ということでよろしいですね?」


 中にはCTスキャンのような魔道具が置いてあり、その隣には水晶を机の上においた初老の修道士がいた。

 ちなみに、この魔道具は初代教皇が考案し、歴代の教皇にしか作り方は継承されていない、かなり貴重なものらしい。


「15歳の成人男性の鑑定は、滅多にないめずらしいことですからねえ」


 修道士はにこやかに話しているが、俺を見る目は実験動物を見ているようだ。

 少し不安になったので、俺は質問してみた。


「えっと、大人になってからでは何か問題でもあるのですか?」

「いえ、問題はありませんよ。何か事情があるようですが、そこは聞かないでおきましょう。どちらにしても、魂というのは不変のものです。大人になっても変わりませんよ」


 修道士は無知な俺に、子供を諭すように説明してくれた。

 俺としても、問題が無いなら言うことは何もあるまい。


 俺達はやり方の説明を受けた。

 そんなに難しいことはなさそうで、俺は診察台の上に仰向けで横になっているだけでいいそうだ。

 CTのようなものが俺の上に光を当てていた。

 この光で俺を解析して、あの水晶に俺の魂の形が映し出されるのだろうか?


「ん? んん?? んんん???」


 修道士が何かうんうんうなっている。

 俺はかなり不安になってきた。

 そして、修道士はぽそっとつぶやいた。


「……これは、ありませんね」

「は? ありませんって、何が?」


 俺は、何を言っているのか意味がわからなかった。


「いえ、何でもないです! もう一回やりましょう! うん、そうに決まっている!」


 修道士は一人で勝手に納得して俺をもう一度鑑定した。


 しかし


「お、おかしい! こんな、バカな!? 魔道具の故障、か? そうだ! お連れの方、あなたも試しにやってみてください!」


 修道士が叫ぶと、今度はロザリーを呼んで鑑定した。

 俺は何が起こっているのか、わけがわからずただ不安だった。


 これって、マジでどうなってんの?


「うん、これは見事な空色だ! まるで、アクアマリンのようだ! お嬢さん、あなたはいい魔術師になれますよ。」


 修道士に満面の笑みでそう言われ、ロザリーは嬉しそうにはにかんでいた。

 そして、修道士は今度は迷いのない顔で俺の方を向いた。


「これで、鑑定の結果が出ました。あなたの魂の色は、ありません!」

「……は? ありませんって、どういうことですか?」


 多分鏡を見たら、俺はどうしようもないほどの間抜け面をしていると思う。

 それぐらい、修道士の言っている意味がわからなかった。


「ええ。私自身、長年この仕事をやっているのですが、こんなこと初めてで戸惑いました。見たこともないですし、聞いたこともないです。間違いなく、文献にも載っていませんよ。おそらく、この400年で初めてでしょう。そして、この前代未聞の鑑定結果は、無色透明です!」


 ドン! という音が聞こえそうなほど、修道士はキメ顔で断言した。

 そう言われても、俺はまだ意味がわからなかった。


「……えっと? 前代未聞とか無色透明とか、あの、それって結局、どういうことです?」

「大っ変、申し上げにくいのですが……あなたには属性がありません!」

「属性がないとどうなるんですか?」

「ええ、属性というのはその人の魂の資質ということになります。その資質によって属性の魔法や準ずるスキルが発動するのです。つまり、属性がないということはその下地が存在しないのです。魔法を使える可能性も特別なスキルを使う事も皆無です!」


 修道士は、ズバリと断言した。

 さすがの俺もやっとわかった。

 わかったけど……


 ええ~!?

 この魔法のあるファンタジー世界で、まさかのマグルなの、俺?

 マジで!?


「で、でも! 魔道具の故障とか、実は見えにくい光属性ってことは?」


 なぜか、ロザリーが焦って俺のフォローをしている。

 これも、修道士は首を横に振ってきっぱりと否定した。


「それは、ありえませんね。魔道具の故障はあってはならないことですし、あなたの属性が現れたということは故障の線は消えます。光属性については、聖騎士様の主属性なので、一番注意深く研究されている分野です。これを見間違うということはまずありえません!」


 これで、俺は聖教会直々に無能の烙印を押されたわけだ。


「ただし! これほど貴重なケースは存在しませんよ! 存在しているだけで奇跡です! ぜひとも、我々に未来のための研究に、ご協力ください!」


 修道士の瞳孔が開いて、鼻息が荒くなっている。

 俺の背筋に冷や汗が流れた。


 あ、やべえな、これ。


 何だかマッドサイエンティストの気配を感じる。

 俺は、モルモットにされる危険を感じ、ロザリーの手を取って急いでこの場から逃げ去った。

 修道士が何かを叫んでいたが、とてもじゃないがこれ以上聞く気にはなれなかった。


 帰り道、ロザリーは何か俺に慰めの言葉をかけたいのだろうか、チラチラ俺の方を見ていた。

 ツンツンしてるけど、やっぱり性格は優しい子なんだな。


「なあ、ロザリー?」

「ひゃ、ひゃい!」


 何だかロザリーの狼狽える仕草が可愛くて笑ってしまった。

 ロザリーは、ちょっと照れながら、いつも通りツンとした感じになった。


「な、何よ、もう!」

「ハハハ。大丈夫だよ、気にしなくて。ちょっとはショックだったけど、落ち込んでないからさ。才能はないらしいけど、地道に鍛えていくよ。まあ、やればなんとかなるさ!」


 俺は強がって笑い飛ばした。

 別に世界最強を目指すわけじゃないし、無いものは仕方がないと思った。

 この時の俺はそれでもいいかと思っていた。

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