第十一節 レア

 王都へと帰ってきた次の日、俺たちは依頼主だった商人ロチルドの商店へと顔を出した。

 昨日のこと、今後のこと、そして獣人の少女のこと、話をしなければいけないことは山程あった。

 ロチルドの妻だろうか、俺達のついている席に紅茶の入ったカップを置いていった。


「さて、本日はお越しいただきありがとうございます!」


 この恰幅のいい商人は、昨日のことなどまるでなかったかのように、相変わらず元気がいい。

 そうでなければ、商人など出来はしないのだろう。

 俺にはそんな元気はなかったが、挨拶を返して握手をした。


「昨日は散々でしたな!」


 というところを皮切りに、昨日起こったことを話し合った。


 戻ってきてすぐに、傭兵の死体を傭兵ギルドへと運び届けた。

 傭兵ギルドの連中は、死体を見ると色めき立ったが、奴隷商人の説明とギュスターヴの存在で特に手を出してくることはなかった。

 下手人も死んでしまっているし、聖騎士まで出てきてしまったので、事を荒立てることはないようだ。


 その後は、ロチルドの商店へと向かい、奴隷商人は約束通り金貨300枚を受け取ると帰って行った。

 ひとまずはそこで解散をして、俺達は冒険者ギルドへとトボトボと帰って行った。

 獣人の少女は、兄を目の前で斬り捨てられたのを見た後、気を失ってしまったままだったので、その日はロチルドの屋敷に寝かされた。


「昨日は本当に申し訳ありませんでした。私が余計なことを言ってしまったばかりに。あのお金は返させていただきます」


 ロザリーは申し訳なさそうに俯いている。

 俺は、ロザリーが悪いとは思わない。

 もし、ロザリーが何も言わなかったら、あの獣人の少女はもう殺されていたかもしれない。


「何、そのようなこと些事な話です! 利子も取りませんので、少しずつ無理しない程度に返していただければ結構ですぞ!」


 ロチルドは太っ腹な腹を揺らして、笑っている。

 本当に予想外だった。

 この依頼主が助け舟を出してくれるとは、全く思いもしなかった。


「それにだ、あの場はそうでもしなければ、ロザリーちゃんがあのイカレ野郎に斬られてもおかしくなかったんだ」


 ギュスターヴが、冷静に物騒な事を言った。 

 ロザリーはその発言に顔を青ざめている。


「うむ、そうですな! 言い値で買わされたのは少々悔しいですが、あの奴隷商人の発言次第ではそうなってましたな! ロザリー殿は、金のことなど気にしなくていいですぞ! ロザリー殿を死なせてしまっては、申し訳ないで済む話ではないのですぞ!」

「ああ、そういうこった。奴は教義を拡大解釈して殺しを楽しむようなやつだ。どんな言いがかりをつけてくるかわかったもんじゃねえ」

「な、何でそんな人が聖騎士に!?」


 困惑したロザリーの発言はもっともだ。

 元の世界ではロザリーの方が正論だろうが、ここでは違う。

 ギュスターヴたちの平然とした態度でよく分かる。

 異世界なんだから、常識や善悪の基準が違って当然だ。


「いいか、聖騎士ってのは一騎当千の化物だ。文字通り、常識の通用しない化物がゴロゴロいる。特に聖騎士の上位者は単騎でドラゴンすら倒せる、人族の最高戦力だ。ヤツみたいに性格が破綻してたって、教義さえ守ってれば誰も文句は言えないんだよ」


 ギュスターヴは不快そうな顔で、吐き捨てるように教えてくれた。

 部屋には少しの間、沈黙が流れた。


「それでは、過ぎてしまったことは仕方がないのでこれからの事の話をしますかな?」


 ロチルドが口を開いて、沈黙を破った。

 ギュスターヴは同意したのか、話をし始めた。


「まあそうだな。まずは、金の返済か。3人で3等分しても金貨100枚ずつか。俺様達にとっちゃ安くはねえな。気合い入れて稼がねえとな」

「え!? 何を言っているんですか? 私が勝手にやったことですよ。私が払います!」

「……いや、俺が払う」


 ずっと黙って話を聞いていた俺が口を開いた。


 ロザリーとギュスターヴは、バッと俺の方に顔を向けた。

 二人共、何をバカなことを言っているんだ、という顔をしている。

 まあ、それは間違ってはいない。

 俺は自分でもバカだと思う。


「二人共、何も言わないで聞いてくれ。ロザリーは元々学生だろ? 学校が始まったら働けなくなるし、自分の生活費だけで精一杯だ。ギュスさんは初めから反対していた、払う必要はない。だから、俺しか払うやつはいないだろ?」


 二人共何か言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。

 俺が今までにないほど真剣な目をしていたからだろう。

 元の世界でも、今ほどしたことはないはずだ。


「ふむ、話はまとまったようですな! 良い決断だと思いますぞ!」

「いいんですか? 俺なんか信用して?」

「侮ってもらっては困りますな! 私も商人の端くれですぞ! ただの慈善事業だと思ってはいけませんよ! 商人にとって大事なのは、人、商品、物事を見極める目に、損得を嗅ぎ分ける嗅覚! 私は、これ以上の利益をもたらすという、あなたの将来に投資をしたのですぞ!」


 ロチルドは、手放しで断言した。

 だが、買いかぶりすぎだ。

 俺なんかには、そんな価値はない。

 きっと、ロチルドが照れ隠しに言っただけに過ぎないだろう。

 しかし、俺の覚悟がより固くなったことは事実だ。


 俺達は、話題の中心であった獣人の少女の眠っている部屋へと案内された。

 屋敷にある客室で、清潔なシーツで整えられたベッドだった。

 この世界では、獣人なんて人族の敵、物としか扱われていないのに、これほど丁寧な扱いをしているロチルドに礼を言い、敬意を表して頭を下げた。


 その少女は、昨日のことをおそらく覚えているのだろう。

 呆然とし、虚ろな目でベッドに体を起こして座っていた。

 俺は近づいて、手を差し出そうとした。

 しかし、少女はビクッと震え上がり、恐怖に満ちた目で震えながら、俺を見ていた。


 当然だ。

 この子から見たら、俺だって、親、兄弟を殺した同じ人族の悪魔なんだ。

 俺のやっていることなんてただの自己満足だし、少女からしたら知ったことではない話なのだ。


 だけど俺は、生まれて初めて責任のあることをしようとしている。

 本当の俺は、こんなことをするやつなんかじゃない。

 もっと冷めた、他人のことなんて見て見ぬふりをするやつだったはずだ。

 でも、どうにかしたかった。

 どうすればいいのかわからなかった。


 俺は、震える少女をそっとできるだけ優しく、傷つける意思はないということを分かってもらえるように抱きしめた。

 少女は俺の腕の中で震えながら、俺の腕に爪を立てていた。

 俺の腕から、血が滲んで、真っ白いシーツの上にポタポタと赤黒いシミを作った。

 俺は構わず、抱きしめ続けた。


 気がついたら、俺の胸のあたりが濡れ始めた。

 そして、少女は張り裂けんばかりの声で泣き始めた。


 いつからだったのだろうか?

 俺の目からも涙がこぼれていた。

 少女は泣きつかれたのか、また眠ってしまった。


 俺は少女を背負い、俺達は冒険者ギルドへと戻っていった。

 ギルドのみんなには昨日、ある程度説明はしていたので、獣人の子供を連れて帰っても何も言わなかった。


 俺は、少女を大部屋のベッドに寝かせると階下へと降りていった。

 借金の返済のために、少しでも多く金を稼ごうと仕事の予約をするためだ。


「おお! 待っておりましたぞ!」


 ついさっき別れたばかりのロチルドが来ていた。

 マリーを混じえて、ロザリーとギュスターヴと話をしていた。


「あれ? どうしたんですか?」

「ふむ、早速ですが、仕事の依頼ですぞ!」

「え!? どういう、ことですか?」


 俺には、何を言っているのかさっぱり理解はできなかった。

 それは、マリーが説明してくれた。


「昨日の依頼はキャンセル扱いにしてくれて、全く同じ依頼を今してもらったのです! これで依頼失敗の記録はつかないし、同じ依頼料も払ってもらえてありがたい話ですよ!」

「ハッハッハ! 私にとっては同じことですからな! 仕事をしてもらえれば、それでいいのですよ!」

「すみません、ロチルド様。こんなに気を使ってもらって。俺は……」

「気にしないでくだされ! それではまた明日会いましょうぞ!」


 ロチルドは大笑いしながら帰っていった。

 俺は、ロチルドの姿が見えなくなるまで深々と頭を下げた。


 俺達は少し、明日の打ち合わせをして、俺は少女の様子を見に行った。

 少女は起きていて、俺が入ってくると少し怯えたような顔をしたが、目をそらして俯いた。

 まだ怖いのだろうかと思っていると、少女のお腹がぐうっと鳴った。

 少女はハッとして、殴られると思ったのか手で頭をかばうように抱えた。

 俺は軽く笑って、少女の頭に軽く手をおいた。


「さて、飯でも食べるか!」

「……え、でも……ふにゃ!?」


 少女は遠慮しているようだったので、俺は少女を抱きかかえて、食堂へと降りていき、席につかせた。


 獣人が何を食べるかわからなかったので、マリーにお任せした。

 料理が出てくると、つばを飲み込み、少女の目が輝いたが、手を付けようとはしなかった。

 俺が遠慮しないで食べるように言い、俺が食べ始めると少女はすごい勢いで食べ始めた。

 すると、食べる手が止まって咳き込み、すすり泣き始めた。


「どうした? 口に合わなかったか?」

「ひっく、ち、違うニャ。うっく、す、すんごく、お、美味しいニャ」


 また、少女は大きく泣き出した。

 いつの間にか、ギルドのみんなが俺達のテーブルを囲んで座っていた。

 大狼ダイアウルフのユーリが少女の顔をなめ、慰めているようだ。


「そういえば、名前聞いてなかったな。何ていうんだい?」

「……レア……ですニャ。ご主人、たま」

「ああ、よろしくな、レア。俺は、アルセーヌだ」


 次の日、俺達は商業馬車の運搬の護衛の仕事を再開した。

 レアだけ置いていくわけには行かなかったので、一緒に連れてきた。

 途中、レアの兄が亡くなったあたりで馬車を止め、もう何も残されてはいないが、石で形だけの墓を作った。

 今回は、何の問題もなく、順調に仕事が運んだ。


「あの、ギュスさん。俺に戦い方を教えてくれませんか?」


 俺は、初めて本気で強くなりたかった。

 こんな悲しいことが、目の前で二度と起こってほしくなかった。

 ギュスターヴは俺の方を見て、何かを考えているようだった。


「……俺様は、甘くねえぞ。まあ、金貨100枚分は教えてやるよ」

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