第二節 異世界での現実

 自由の身になった俺は、とりあえず外に出ることにした。


 その前にまずは、持っている荷物の整理。


 やたらと高そうな装飾のされた剣と盾、鎧だが、明らかに自分の体格と釣り合っていないと思う。

 鋼鉄製だからなのか、重くて動きづらいし、この剣は使いこなせないぐらい大きい。

 ロングソードってやつか?

 多分、見栄か何かで買ったのだろう。

 売れるかどうかわからないが、どこかで買い取ってくれたら、動きやすい自分の体に合う装備に替えよう。


 次に、この認識表ドッグタグ

 

 冒険者:駆け出し

 

 と書いてあり、烏の翼のような紋章が彫ってある。

 他に名前、番号、職業(戦士となっている)が書いてある。

 どうやら冒険者ギルドというのがあるらしい。

 ファンタジー系の話によく出てくる超便利な仕事の斡旋所だ。


 他には、小さな布の袋には銀、銅、鉄(鉛かな?)でできたコインが数枚入っている。

 よく見ると、細かいデザインが装され、中心には石に刺さった剣のようなものと反対面には城?のようなデザインだ。

 多分、これがこの世界(それとも今いる国?)の貨幣なのだろう。

 どのくらいの貨幣価値があるのかはわからないが、外を歩いてみれば大体の物価がわかるはずだ。


 後は、水筒代わりにしていると思われるだろう革の袋やロープなど旅で使う道具などがある。


 俺が目覚めた遺体安置所モルグには他に棺桶が3つ並んでいた。

 神父に聞いてみると、俺と一緒に倒れていたパーティーメンバーだったらしい。

 神父は、彼らもまだ若いのに、と残念そうに首を振っていた。

 俺は神父に冒険者ギルドの場所を聞き、ひとまず行ってみることにした。


 外に出てみると、日が傾きかけていて赤い夕焼けが綺麗で目に染みた。

 石造りの街並みに綺麗に舗装された石畳の地面、イメージ通りの中世(近世ぐらいかも)のヨーロッパらしい街並みだ。

 ヨーロッパの歴史地区に行っても、こんなに綺麗に現代文明の欠片も感じないなんてことはなかった。

 ここまで景観が変わると、どこの国に似ているのかすら分からない。


 本当にここは異世界なんだなあ。


 遺体安置所の隣にはやたらとでかくて、様々な彫刻や装飾が施された大聖堂が鎮座している。

 外観は、フランスのノートルダム大聖堂に少し似ているといえば似ている。

 ということは、ここはパリみたいな都市なのだろうか?


 大通りには、家路へと急ぐのか、それとも酒場へと繰り出そうとしているのか、様々な人々で溢れかえっている。

 俺は、ファッションは昔から興味がないので、着ている服装が見たこともないなぁ、ぐらいしか分からない。


 豪華にゴテゴテに装飾された馬車は、驚いたことに角の生えたユニコーンが引いている。


 へえ?

 あのユニコーンが馬代わりかよ、オシャレだねえ。

 駄女神は、モンスターがこの世界の動物とは言っていたけど、幻獣の類も普通の動物扱いなんだな。


 パッと見た感じだけだが、神父に聞いたとおり、ここはフランボワーズ王国という国の王都だけあって栄えているようだ。

 俺は田舎者のように、見るもの全てが珍しく、キョロキョロしながら歩いていた。


 俺は旅慣れてしまっていたと思っていたが、こうまで違う世界に浮足立っていた。

 明らかに、浮かれて調子に乗ってしまっている。

 どこからか、夕飯の支度をしているおいしそうな匂いが漂ってきて胃袋が刺激されてきた。


 そろそろ冒険者ギルドが近いのだろうか、宿屋や酒場などの密集した盛り場に入った。

 歩いていると、突然、世紀末のザコみたいな世界観の違う格好をした奴らに前を塞がれた。


「よう兄ちゃん、昨日はよくもやってくれたな?」


 と、そのうちの一人のモヒカンが前歯の抜けた気持ち悪い口を歪めた。

 どうやら、俺に対して言っているようだ。


「えっと、何のことかわからないので失礼します」


 これは間違いなく、この体の元の主がなにかやらかしたのだろう。

 やばい気配がピリピリ伝わってくる。

 だが、俺には知ったことではない。

 とっさに後ろを振り向いて逃げようとした。

 しかし、壁のようにでかいスキンヘッドの大男にぶつかり行く手を阻まれた。


「ひゃっはっは、兄ちゃんよ、どこ行くんだよ? ……おいおい、一人になったらずいぶんと弱気だな、え? 昨日はよくも4人がかりで囲んでくれたな? 今日はしっかりとお礼させてもらうぜ」


 俺は汚い路地裏に無理矢理連れていかれた。


 これは、ヤバイぞ。

 ここは、土下座でも何でもして切り抜けよう、うん。


「あべし!?」


 そう思って笑顔を作って振り返ったら、鼻に衝撃が走った。

 俺は前向きに倒れ込み、顔に手をやると鼻血が垂れてきた。


 今殴られたのか?

 え、いきなり?


「おいおい、こんなんで終わったと思うなよ? お楽しみはこれからだぜ。おい、鎧脱がすぞ!」


 モヒカンは下卑た笑いをしながら他の連中を呼んだ。

 他の連中も楽しそうに笑いながら囲んできた。


「ちょ、ちょっと、勘弁してくださ……ぎゃふん!?」


 俺が口を開くと、モヒカン共にまた殴られ、鎧をあっさりと脱がされた。

 そこからはボロ雑巾のようになるまで徹底的に蹴られ続けた。


 どれぐらい時間が経ったのかわからないが、ふいに攻撃が止まった。

 ああ、終わった、のか?

 ほっ、と一安心したせいか、何か涙が出てきた。


「よう、兄ちゃん、これで終わったと思ってんじゃねえだろうな? ひゃっはっは、残念だな、まだ仕上げが残ってるぜ」


 モヒカンは腰に下げていたバカでかいナイフを抜いて、俺の目の前に突きつけた。

 そして、ナイフの先が鼻に触れると、ひやりとした冷たさにビクッと震えた。


「ひっ!? な、何を?」

「何って、そうだなあ? 落とし前としちゃあ、目でもくり抜くか? 指でももらおうか? それとも、その男前なツラ刻んでもいいよなあ? ひゃはは、どうしよっかな~?」


 モヒカンはナイフの腹で俺の頬をペシペシと軽く叩きながら、まるでおどけたように笑いながら言っている。


 ただの脅しではなく、間違いなくやるだろう。

 ここは、平和な現代日本なんかじゃない。

 ファンタジー世界とはいえ、中世程度の文化レベル、人間の命なんて安いもんだ。

 ああ、これが現実なんだ。

 ここも、現実世界だったんだ。


「あ、ああ、す、すいません、もう、もう勘弁してください……」

「しょうがねえ、俺様はやさしいから、指で勘弁して、ん? うお! こいつ、ションベン漏らしやがったぜ! 汚えなあ、ヒャハハ!」


 モヒカンたちはみんな一緒になって俺を嘲笑っていた。

 俺にはプライドも何もなく、いつまでも縋り付いて命乞いをしていた。


「う、うう。か、勘弁、じでぐだざい~」

「ヒャッハー! だっせえなぁ! ……まあいいぜ、これに懲りたら二度と傭兵ギルドをナメるんじゃねえぞ!」


 俺の顔にツバを吐きかけて、モヒカンたちは俺の装備、荷物、有り金全て持ち抱えた。

 そして、モヒカンは去り際にゴミ箱の中身を俺にぶちまけて、全員で爆笑しながら消えた。


 俺は一人、文字通りボロボロの状態で捨てられていった。

 大通りの方から楽しげに笑い合う男女の声が聞こえてきて、余計に惨めな気分になった。


 ああ、ダセえなあ、何て情けねえんだ。

 それもそうだ。

 俺は、元の世界でもまともにケンカすらしたこと無いし、いつも口先だけで逃げてきた。

 何がチート能力はいらねえだ。

 自分の身も守れねえくせに。

 弱え、弱すぎるだろ、俺。

 あんな小物相手にションベン漏らしてまで命乞いして助けてもらって。

 何やってんだろ。

 ははは、こんな俺が世界の管理者? 

 マジで笑っちまうぜ。

 駄女神、お前ホントバカだよな。

 見る目なさすぎるぜ。

 この程度の俺なんかに何ができるっていうんだよ?

 無理無理、何を思い上がっていたんだか。

 あーあ、この世界終わったな。

 なんかもうどうでもいいや。

 俺はもう動く気力もなくなってそのまま地面に倒れ込んでいた。


 どれくらい時間が経ったのか、辺りは暗くなり、静かになっていた。


「よう、ボウズ。派手にやられたな?」

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