31.妖精王さまと守り人の絆

 石碑へ向かう道の途中、旦那さまはポツリとウィルに話しかけました。


「妖精王、魔物から受けた苦痛を分けてくれたことを感謝する。精神力を消耗する代償を払ってまで我が魂を守ってくれたことを一生忘れない」

「え~? なんのことだかさっぱりわからんなぁ」


 気の抜けた声で返すウィル。後姿だからよくわかりませんが、後ろ首を掻いていてなんだか照れくさそうに見えなくもないです。


「旦那さまの身体に入っていたのってもしかして……旦那さまが痛い思いをしないために、ですか?」

「ちげぇよ。暇つぶしって言っただろ?」


 そんなに必死になって否定しなくてもいいですのに。

 振り返ったウィルは少し顔が赤くなっているんですが、夕焼けのせいにでもしてあげましょうか。


 石碑のところに着くころにはすっかり暗くなっていて、お屋敷の使用人たちで用意したカンテラが灯りをつけて森の中を照らしています。

 森の中にある、ぽっかりと開けた場所に、かつてウィルと親交を深めた当主さまが立てた石碑があるんです。

 妖精さんたちとの共生を誓って立てた石碑です。


「俺はあと何回、お前とこうやって誓いを立てられるんだろうな?」


 石碑を見たウィルはそう言うと、旦那さまの肩を叩きました。


「いつでもここに帰ってこい。俺ぐらい長く生きてるとお前と会える時間なんてほんの一瞬なんだってのによ、変な意地をはって無理して呆気なく死ぬんじゃねぇぞ」

「なんだ、やっぱり心配してくれていたんじゃないか」


 旦那さまとウィルは顔を見合って笑うと、お客さまたちが待つ石碑の前に足を進めました。

 2人が現れるとコンサート会場の如く黄色い声が上がって、旦那さま効果を感じてしまいます。

 こそっと会場に入ってその様子を見ていると。


「ユーリィちゃんが考えてくれた商品、飛ぶように売れたよ!」


 ベルネット商会の店主さんが見つけて声をかけてくれました。


「うちの奥さんも欲しがって買っていたよ」

「ふふ、喜んでもらえて良かったです」


「おやおや、ユーリィは転職してしまったのかい?」


 今や聞き慣れた団長さんの声も聞こえてきました。

 振り返るとすぐそばに立っていました。全く気配とかなかったんですけど。


「団長さん! その怪我ってさっきのですよね……」


 団長さんもご尊顔に擦り傷が……激戦をお察しします。


「お二人ともお強いんですから加減してください」

「ははは、久しぶりにエルと本気で戦えるからはりきっちゃったよ」


 壮絶なバトルをしていたというのに団長さんは楽しそうに笑っています。ちなみにどちらが勝ったのか聞いたら「俺」って胸を張って返されました。


「団長さんはウィルと手を組んでいましたよね?」

「鋭いねぇ~」

「妖精さんたちが妙に協力的でしたもの。メレンゲのお菓子だけじゃあんなに協力しないですからね」

「あの子たちは王さまの命令だから従ったんじゃないよ。ユーリィのことを想っているから協力してくれたんだ。君に記憶と魔法が戻ってくるようにね」


 団長さんは旦那さまの方を見ました。

 ウィルと向き合って呪文を唱えている旦那さまは厳かで、魔術師としての風格があって、目が離せなくなってしまいます。


「ユーリィ、君はエルにとって必要な存在なんだ」

「確かにこの聖属性の魔法はお役に立てそうですね」

「はは、そういう意味じゃないよ。エルは君がいると無茶をしないんだ。大切な君が無茶をしないように見守らないといけないからね。似た者同士だからこそ惹かれたんだろうねぇ」


 そんなことはありませんよ。

 旦那さまはなんでもそつなくこなすお方ですのに。それに、惹かれているだなんて、主人と使用人の間にあってはなりません。


「傍にいてあげて欲しいな?」

「しがないメイドには限界がありますよ。それに、主人と使用人に惹かれるだなん感情はよくないです」

「それって、身分のしがらみがなかったらエルの傍にいたいってこと?」

「なっ……! 何を言うんですか?!」


 団長さんの口からそんな言葉が出てくるなんて思いもよらなくて、驚いているとぱあっと辺りが明るくなりました。

 旦那さまとウィルの魔法が展開されていったんです。2人を中心に光が波紋を描いて広がっていく様子は幻想的で、ほうっと溜息が漏れるのが聞こえてきました。


「綺麗……」


 光に照らされる旦那さまを見ていると目が合って。

 途端になぜか視線を逸らせてしまったのは、団長さんが変なことを言ってきたせいです。



 ◇



 ”共生の誓い”が終わると、なぜか私は団長さんにつれられて、人だかりをかき分け旦那さまとウィルの前に出てきました。

 旦那さまは胸に手を当てて礼を取ると、ウィルの顔を真っすぐに見て。


「王よ、頼みがある。ユーリィの水晶を私にくれないか?」


 と、切り出しました。

 ウィルは腕を組んでなにやら考えています。「やだね」っていつもの軽いノリで返すもんだと思っていたのに、意外にも真剣な顔をしています。


「それなら俺の願いを聞いてもらおう。ユーリィが望む道を進ませてやってくれ。もう勝手に閉じ込めたり封じ込めたりなんてせずに2人で話し合って決めるようにな」


 しかもウィルが提示した条件は、彼にはこれといった利益のないもの。

 一体どうしてしまったのか、訳が分からないまま見守っていると、ウィルは懐から例の木箱を取り出して旦那さまに渡しました。


 どうして、いとも簡単に渡すのでしょうか。

 これも気まぐれ、なんでしょうかね。


「約束する。たとえ彼女がどんな道を選んだとしても」


 私の記憶が入っている箱をそっと撫でているのを見ていると、なんだかこそばゆいんですけど。

 それなのに旦那さまが振り向いて微笑みかけてくると心が落ち着かないです。


「おい、腰抜け。ちょっとは度胸を見せろ」


 ウィルはそう言って旦那さまの肩をバシッと叩きました。けっこう音、響きましたよ。旦那さまも痛そうにしています。怪我が治りきっていない人に対してなんてことをしてくれるんですか。


 それからウィルが指差すと、花たちが金色の光を灯して夜の森に1本の道を作ってくれました。


「ユーリィ、私は、君に伝えたいことがある」


 旦那さまは私の前に手を差し出してくれて、どうしたらいいのかわからなくて戸惑っていると、「手をのせて」と促してきました。

 言われるままにその掌に手をのせると、光る道の先へ、手を引かれました。


 もちろんメイドの私にはこんな紳士的なエスコートをされる経験なんて全くない物ですからとっても緊張してしまっていて、心臓が早鐘を打っているのが指先から振動で伝わってしまうんじゃないかと、心配してしまいました。


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